病院でたまをコロコロされ気絶寸前だった犬の話
六月二十三日、火曜日。
僕が散歩をしながら思い出していたのは前日の出来事だった。
先日、きゅうちゃんを抱っこした時、たまたま手がきゅうちゃんの「たま」に当たった。その時に小さな違和感を覚えたので、改めて調べてみたところ、一ミリほどの小さな出来物のようなものを見つけてしまった。
以前も、じゅん坊のお腹を触っていて「なんか出来物がある!」と慌てて病院へ駆け込んだら、先生に「これ、おへそですよ」と言われて、僕もじゅん坊も恥ずかしい思いをした前科がある。
だから今回も気にしすぎかもしれない。しかし、何もなければそれでいいのだ。もう八歳だし、念のため診てもらおうと思った。
ところが、病院へ連れて行こうとした瞬間から大騒ぎになった。
まず廊下ではじゅん坊が「

にゃーにゃー」と鳴きながら反対運動を始める。
続いて玄関へ向かうと、今度は茶太郎がドアの前に立ちふさがり、
「きゅうのおばさんを連れて行くんじゃない!」

と言わんばかりの勢いで抗議していた。
みんなに反対されたが、連れて行かないわけにはいかない。なんとかきゅうちゃんを車に乗せた。
ところが当の本人は、自分だけ特別なお出かけに行けると思ったらしい。
車の中では大喜びである。

「きゅうちゃん…病院なんだけどな」
そう思いながら運転していたのだが、病院の駐車場に到着した瞬間、きゅうちゃんはすべてを察した。
さっきまでウキウキしていた犬が、一瞬で固まったのである。
さらに、自分のたまをこっそり隠そうとして縮こまっていた。
どうやら、
「今日は僕のたまを転がされる日だ」
と気付いたらしい。
「大丈夫だよ。ちょっと見てもらうだけだから」
そう言っても、きゅうちゃんは完全に歩行拒否である。
仕方がないので抱っこして診察室へ連れて行った。
診察台の上でブルブル震えるきゅうちゃん。
先生に
「今日はどうされました?」
と聞かれたので、
「たまのところに小さな出来物みたいなのがありまして」
と説明した。
すると先生が診察を始めたのだが、手を伸ばした瞬間、
「うーっ!」
ときゅうちゃんが唸った。
普段はそんな声を出さないのに、
「僕のたまに触るな!」
と言わんばかりである。
それでも診察は続く。
先生はコロコロ、コロコロと触りながら探していた。
そして一言。
「あ、きゅうちゃんのたま、ひんやりしますね」
いや先生、そこじゃないんです。
問題はそこではないんです。
しかし出来物は一ミリほどしかない。
なかなか見つからないので、先生は延々とコロコロし続ける。
その間きゅうちゃんは、
「いつまでコロコロしてるんだ!」
と言いたげな顔で怒っていた。
一分ほど経った頃だった。
先生が、
「あ、あった」
と声を上げた。
そして確認した結果、
「細胞を取って検査した方がいいですね」
ということになった。
その瞬間、先生が注射針を持ってきた。
僕も内心では覚悟していたのだが、やはり実際に見ると驚く。
一方のきゅうちゃんは、針を見た瞬間に顔が引きつった。
そして、たまも限界まで縮こまっていた。
どう見ても、
「針だけはやめてください」
という顔である。
しかし診察なので仕方がない。
細胞採取が始まった。
きゅうちゃんは終始、
「
たまが!たまが!」
と言わんばかりに大騒ぎだった。
見ている僕まで気絶しそうだったが、なんとか無事に終了した。
結果が出るまで十日から二週間ほどかかるらしい。
帰りの車の中では、きゅうちゃんがずっと文句を言っていた。
「あのヤブ医者、僕のたまをコロコロコロコロしやがって!」
「最後には針まで刺しやがった!」
相当納得がいかなかったらしい。
しばらくすると急に黙り込んだので、
「きゅうちゃん、大丈夫か?」
と聞いてみた。
すると、
「大丈夫なわけないだろう。たまに針を刺されたんだぞ」
と、たいそうご立腹である。
まあ、きゅうちゃんの立場になれば無理もない。
家に帰ると、真っ先にはっちゃんがやって来た。
そして、きゅうちゃんの股ぐらをくんくんと念入りに検査し始める。
続いてじゅん坊もやって来て、やはりくんくん。
どうやらみんな心配していたらしい。
無事に帰宅したお祝いに、全員にちゅーるをあげた。
その夜は、はっちゃんがきゅうちゃんに寄り添うように一緒に寝ていた。
そして翌朝。
目を覚ましたきゅうちゃんの第一声は、
「僕のたまがない!」
だった。
「いや、あるよ」
と僕が言っても、
「ない!」
と言い張る。
どうやら昨日の診察で、完全に覚悟を決めてしまったらしい。
幸い食欲もあり、元気もある。
あとは検査結果を待つだけだ。
何事もなければ、それが一番である。
つづく。

