爆死の魔術師 11話『2人の武装形態』
本編
放課後、ユウトとリョウヤは第2訓練場に集まっていた。
「それじゃあ、リョウヤのアレはまだ知られてないんだ?」
「おうよ。知らない前提で考えて良いと思うぜ」
主語をボカした会話をする2人に、小さな影が走り寄る。
「す、すみません! お、お、遅れました……!」
つい先日ユウトたちとチームを組んだ、期待の新人――コトネである。
すでに汗だくの彼女に、ユウトとリョウヤは2人して苦笑する。
「お疲れさん。そんなに慌てなくても大丈夫だぜ?」
「ウォーミングアップは必要なさそうだね。息が整ったら始めようか」
「は、はい……!」
快く許してくれた2人に感謝して、コトネは深呼吸をしつつ辺りを見渡した。
第2訓練場の面積はかなり広い。多くの学生たちが集っているものの、狭さを感じることはなかった。どうやら多くのチームは自修室では狭くて行えない、チーム練習をしているようだった。
地を舐めるように燃え盛る炎。空を舞う半透明な暴風。地面からは岩石が盛り上がり、その硬い岩肌を容易く切り裂く水の刃。
目の前に広がる光景は、現実とは程遠い幻想に満ちた景色だった。思わず息をするのも忘れて、コトネはその光景を眺める。
(私、本当に魔術師への道に立ってるんだ)
じんわりと広がる実感に、コトネの胸がざわついて止まらない。
「……おーい、コトネ。もう大丈夫そうか?」
ボーッと眺めていると、不意にリョウヤの顔がドアップで映る。
「えッ!? あ! う、うん!」
驚きから体を小さく跳ねて、コトネは我に返った。それを見ていたユウトは小さく笑うと、2人に向き直る。
「それじゃあ、まず初めにチームのリーダーを決めようか」
「ユウト。この話終わり」
逡巡の様子も見せず即答するリョウヤに、ユウトは困り眉でコトネの方へ視線を向けた。
「ってリョウヤは言ってるけど、コトネさんもそれで問題ないかな?」
「あ、は、はい! 大丈夫です!」
ユウトは頷くと、改めて2人の前へと立つ。
「じゃあ僭越ながら、俺がリーダーをさせてもらうよ」
そのままコトネへと視線を向けた。
「まず確認だけど、コトネさんは練習でも良いから戦ったことはあるかい?」
「え、えっと……はい。授業で行う程度の軽いものなら」
時期は4月末。まだ武装形態すら使えないことを想定していたため、その答えはユウトにとって嬉しい誤算だった。
「それなら、今すぐ始めても問題なさそうだね」
「……? なにを、ですか?」
首を傾げたコトネに、ユウトはゆっくりと2人から背を向けて歩き始める。
「俺たちに必要なのは相互理解。どんな精霊と契約しているのか。どんな戦闘タイプなのか。どんな武装形態を使うのか。他にも色々とね」
多種多様な人々が集い研鑽し合うフィールドの中を、ユウトは悠々と歩みを進めた。
「だからまずは――」
そのまま2人から少し離れた場所で足を止めると、リョウヤ達へと笑いかける。
「――俺と戦え」
「……ッ!」
ゾクリ。
その笑みを見た瞬間、コトネは強烈な悪寒を感じた。目の前の相手は危険だと、本能がそう叫んでいる。
(この人は……誰?)
いま目の前に立つ黒髪の少年は、もはやコトネの知る者ではない。柔らかな雰囲気が、まるで抜き身の刃のようになって全身へ突き刺してくる。
何か外見が変わったわけではない。ただ好戦的な笑みを浮かべているだけ。
それだけ。たったそれだけで、コトネの中の『ユウト』という存在は瓦解した。
(そうか。今の彼こそが”本当”なんだ)
同時にコトネは確信する。
これが”白騎士”と戦い、勝利した魔術師の――黒井悠隼の本性なのだと。
「アリナ、武装形態、開始」
だがそんな本性を見せたのはほんの一瞬。すぐさま優しげな笑みへと戻ったユウトは、自らの精霊に呼び掛ける。
『……はぁ。了解しました』
口にしかけた文句を全て押し殺したアリナは、ため息混じりで了承した。それと同時に│武装形態《アームズ》となり、ユウトの手のひらに収まる。
「さぁ、2人も構えて。始めるよ」
言いながら、ユウトは片手剣を眼前に構えた。慌ててコトネも武装形態を喚び出そうとして……ふと気づく。
「俺と戦えって、もしかして」
横並びで立つコトネとリョウヤと、ユウトの立つ位置。2人に対して放ったユウトの言葉。それらが意味するものはつまり、
「2対1ってこと……?」
溢れた言葉を聞いて、リョウヤは苦笑しながら左耳のピアスに手を触れる。
「行くぜ、フウカ。武装形態、開始」
『おっけーっ!』
瞬間、ピアスに嵌め込まれた青色の宝石が瞬いて、多量の水が吹き出した。その水は不純物ひとつ見当たらないほどに澄んでいて、まるで鏡のように美しい。
リョウヤを守護するように囲っていた純水は、やがてひとつの形へと圧縮されていき……主の両手へと収まる。
「いつ見ても綺麗な武装だね。”水鏡”の魔術師って呼ばれるだけはある」
「褒めても何もでねーかんな」
そう言って笑うリョウヤの手にあるのは、古式の騎兵銃だった。フォルムが洗礼されており、白を基調とした銃身に蒼色の装飾が施されている。
リョウヤは騎兵銃の銃口をユウトへと向けると、流れるようにセーフティを外し、引き金に指をかける。油断の欠片もない、綺麗な射撃体勢への移り方だった。
「コトネ、構えろ。コイツはマジで俺ら2人と戦り合うつもりだよ」
「で、でも」
先に構えたリョウヤの言葉に、しかしコトネは迷いを振り切れない。
「2対1なんて卑怯……とか考えてるなら、それはお門違いってもんだぜ」
リョウヤはカービンを構えながら続ける。
「なにせアイツは――あの”白騎士”に勝ったんだからな」
「……!」
その言葉を聞いて、コトネは先ほどの教室での会話を思い出した。
『”Aランク”であるボクでも勝つのが難しい相手を、低ランク――しかも最弱の”Fランク”が倒す? ……ありえないよ』
無意識に拳を握りしめて、相対するユウトを視界に映す。
(知りたい)
心の内から湧いてくるのは、純粋な興味だった。
どうして”爆死”と言われても戦い続けるのか。どうして”白騎士”を倒せたのか。
(――この人は、本当に”神童”だったのか)
彼がかつて”神童”であったことを、コトネは何となく察していた。
今や日本でも珍しい純粋な黒髪黒目。使用する武装が片手剣。神業に等しいほどの技量。そしてなにより、先の試合で最後に見せたあの傍若無人な姿。
それだけで彼が何者かを察するには十分すぎた。
(確かめたい)
一種の誓いに似た想いと共に、コトネは右腕につけているバングルへと手を伸ばす。指先で触れるのは、バングルに嵌め込まれた緑色の宝石。
(だからお願い、力を貸して)
軽く瞳を閉じて、『世界の外』へと意識を向ける。そこに漂うこの世界ならざる物質、魔素を意識にて手繰り寄せた。
例えるならば、それは手で水を掬って運ぶようなもの。零さないように、離さないように、慎重に世界の壁を越えて魔素をこの世界に手繰り寄せる。
グッと、自身の中が濃密な力で溢れるのを感じた。魔素が世界の壁を超え、この世界に無色の力……つまり魔力となって現れた証拠である。それを指先で触れる宝石へと移していく。
煌めきを感じた。故に叫ぶ。
「武装形態、開始!」
――瞬間、烈風。
コトネを中心として、極小の台風がその姿を現した。普通ならありえない緑色の風は、やがて1つに固まっていき……彼女が掲げた両手へと収まっていく。
「これ、は」
突然吹き荒れた強風に、周りの人々さえも特訓を辞めてコトネを見つめた。そして……思わず呟く。
「でっか……」
それは『巨大な剣』。
身の丈を大きく超えた刀身は、優に2メートルは超えていた。幅もかなり太く、巨躯の男でさえ持ち上げられないだろう。
だがその巨剣ともいうべき武器を、身長150センチにも満たない少女が軽々と持ち上げていた。
「力を貸して、空狐!」
少女の声に呼応して、巨剣へと変化した精霊は強烈な風が巻き起こす。
「……これが”編入生”の精霊」
この場にいる誰もが、彼女の力に驚きを隠せなかった。今まで戦いとは無縁だった少女が、成し得る芸当ではない。
それを成し得る理由は、ただひとつ。
「軽く見積もって”Aランク”ってとこかな。……笑えないね」
『笑ってますよ、このマゾマスター』
予想以上の才能を見せつけられ、ユウトは堪えきれないと笑みを浮かべた。
(俺の精霊は史上最弱の”Fランク”。対する相手は……”Aランク”が2人)
「――上等」
体中に熱が回っていく。これから始まる戦いの予感に歓喜で打ち震えてしまいそうだ。だから、衝動が体を突き動かす前にユウトは声を張り上げる。
「さぁ……行くよッ!」
「おうよ!」
「は、はいっ!」
”Fランク”1人と”Aランク”2人の対決が今、始まった――。
