見出し画像

「楠」第二章

   風聞(一)
 
「一昨年七月に横浜市内で起きた、二歳児放置餓死事件の裁判員裁判の第一回公判が、昨日横浜地裁で行われました。法廷に現れた被告人夏川梨沙は、肩まで伸ばした髪を背中で一つに束ね、俯き加減で裁判室に入って来ると、延吏に促されて被告席に着席、そのまま定まらぬ視線を目の前の床に投じているかのようでした。
本日はこの事件を取り上げ、何がこの事件を引き起こしたのかの背景等について、番組を通じて探って行きたいと思います。
コメンテーターを紹介します。まず児童虐待問題に詳しい、コラムニストの猪俣文子氏、弁護士で、自身も過去に虐待当事者の弁護人を務めたこともある、加藤みどり氏、そして社会倫理学がご専門の、東京東雲大学の太田健一郎氏にお越しいただきました。皆様よろしくお願いします」
「お願いします」「お願いします」「お願いします」 
「それではまずこの事件に対するSNSでの反響について、矢中アナウンサー、報告をお願いします」
「はい。この事件の被告人はしばしばインスタグラムに自身や子どもと一緒の写真を投稿していましたが、それに対する書き込みを中心に、こちらにまとめてあります。
『鬼畜母、再び現る!』『鬼女!、子どもを何だと思ってるんだ!』『母の資格なき性の奴隷!』『こんな可愛い子がいるのに!』『いい母親面した狂女!』『狂女狂女!』『産むな、馬鹿!』『命が安すぎる!』『十日もよく放って置かれるよ!』『身代わりになれ!』『死んで償って貰おう!』『殺人罪大有り!』・・・・・
これらはほんの一部です。他にもツイッターに多くの投稿が寄せられています」
「ありがとうございました。犯罪を犯した被告人を断罪する声が殆どですが、そこに何があったのかを探ることが、実は社会に取って最も重要なことではないかと思います。
猪俣さん、これらの声を聞いて、また児童虐待問題に関して、どういった思いをお持ちでしょうか」
「はい。児童虐待事件は、ここのところ毎年のように増加しています。厚労省子ども家庭局の統計でも、令和2年度に全国で行政が対応した児童虐待件数は、20万件を越えています。2000年の一桁台、つまり2000年(平成十二年度)から2009年(平成二十年度)までの間は、まだ1万件台、例えば2009年、平成二十年度に全国の児童相談所が虐待対応した件数は、42、664件となっていますから、この二十年の間に異常な増加を示しています。尤も、西暦2000年に児童虐待防止法が成立し、その後も度重なる改正が行われ、通告の義務がより厳しくなっていますから、数字の増加は、そのせいもあるかとは思われます」
「そのうち虐待されて死に至った児童の数は、一体どれ程だったのでしょうか」
「はい。2008年度の例で、128人となっています。この中には心中による数も含まれていますから、純粋に虐待で亡くなった児童の数は、67人という数字が出ています」
「ありがとうございます。続けてください」
「序に付言しておきますが、これらの児童死者数はあくまで事件が警察に届けられた上でカウントされたものです。病院での死亡結果の判定が曖昧で、実際に虐待かどうか不明だったものや、産まれてすぐに警察に届けずに処理されてしまったものや、或いは以前NHKの番組でも放送されたように、戸籍はあるが、いつの間にかこの社会から『消え(てしまっ)た子どもたち』の数を入れると、この時期、年間百人は下らないと、私は見ています」
「年間百人とすると、2000年から2020年までの間に、ほぼ二千人の幼い命が奪われているという計算になりますね。過疎の村にはこの程度の人口の自治体はあるわけですから、20年の間に過疎の村一つ分の人口が消えた、そういうことになりますね。由々しき事態ですね」
「そうです。決して放って置いていいという問題ではないと思います。で、今回のことに戻りますが、今回も若年の母親というケースです。今回の虐待の場合は、いわゆるネグレクト(育児放棄)ですが、暴力による虐待にしろ、育児放棄にしろ、当事者が若くして産んだ、とりわけ望まない形で産んでしまったといった場合に、多くの問題が発生しています。育児の知識が乏しい中で、親など周囲からの援助が十分でなく、なおかつ行政にも頼れないという事情で、事態が悪化の一途を辿ってしまったというケースが多く、今回のもその典型と思われるような事件です」
「加藤さん、いかがでしょうか」
「はい、今猪俣さんがおっしゃられたように、若年で母親になるといった場合、多くの養育上の問題が表面化しがちです。私がかつて弁護を担当したAさんも、高校生の身で長男を出産しましたが、子育てが上手く行かず、虐待を繰り返すようになり、結局傷害罪で起訴され、服役しました」
「ちょっといいですか」
「あ、猪俣さんどうぞ」
「加藤さんにお聞きしますが、その時加藤さんが弁護を担当された、被告のAさんは、シングルマザーの方でしたか」
「いえ、Aさんの場合、若い夫がいました。しかし実の父親ではありません」
「ああ、それで子どもに暴力的な振る舞いを行うようになってしまったケースですね」
「ええ。相手は実の父親ではない。するとどうしても懐かない場合が出て来る。しかし母親は夫を引き留めておくために、必要以上に手を挙げる。時には夫と一緒になって暴力を振るう。当時のAさんの場合、夫も傷害罪で起訴されました。但し母親よりは刑が軽くされましたが・・・」
「横槍を入れて済みませんでした。先程の私の話の中で、シングルマザーのことが抜けておりましたので、ここで補足させていただきます。実はシングルマザーの世帯数も、1990年から2010年にかけて、40%近く増加しています。2010年から2020年にかけては逆に減少していますが、65万世帯ほどあり、これは全世帯数の約1パーセントに当たります。この数字を多く見るか少なく見るかは見方によるかと思いますが、とにかくこれだけの母子家庭があるわけです。一般に母子世帯の所得が少ないことは夙に知られていますが、もちろんひとり親だと言って、子育てが叶わないとかいうわけでは決してなく、立派にお子さんを育てていらっしゃる家庭は幾らでもあります。しかしながら虐待に走ってしまう家庭の場合、得てして母親がシングルマザーであるケースも少なくないわけです。今回の事件はもとより、2010年7月に起きた、大阪ミナミの二児置き去り死事件の場合や、2013年と2014年に嬰児二人を殺害した、静岡県下田市の事件、さらには、こちらは母子家庭ではなく、父子家庭ですが、2007年に厚木で飢餓のため死に追いやった長男を、以後7年もそのままにし、白骨化させた事件など、ひとり親家庭が虐待に関わった例が多く見られます」
「猪俣さんご自身は、旦那さんがいて、仕事をされながらきちんとお子さんを育てていらっしゃるわけですね」
「ええ、夫の協力は欠かせないと思っています」
「加藤さんも結婚してお子さんを育てていらっしゃる」
「ええ、うちもありがたいことに、夫に協力して貰ってるお陰で、こうして仕事に従事できています」
「やっぱり、両親が揃っているということは、子育てには重要なことなのでしょうかね。私などは家では何もしない方ですけどね」
「いや、そんなことはないでしょう。私らの世代と違って、今の男性は積極的に家事や育児に関わっているように見えます」
「太田さんの世代は、まだ男は家の中のことにあまり口出ししない方が多かったでしょうかね。ところで太田さん、社会学者の視点から見た場合、今回の事件はどう見たらよいのでしょうか」
「今回の事件そのものについては、今猪俣さんや加藤さんがおっしゃられたように、若年での出産とか、ひとり親世帯、といった背景が存在するのでしょうが、私が今注目しているのは、もっと広範囲な社会的背景ということです。つまり今回は児童虐待の問題が取り上げられているわけですが、もしかしたらそれは、大きな社会的な変化の、一つの表れとして見るべき事象なのではないかと、思われるわけです」
「大きな変化と言いますと?」
「児童虐待問題に関して、私がこれまでに注目している数字は、次のものです。先程猪俣さんが引用をされた、全国の児童相談所が対応した虐待の件数ですが、2000年以前の、1990年度は約1、000件に対し、2000年度は約18、800件と、実に18倍に伸びています。この間一体何があったのか。もちろん児童虐待防止法が成立する2000年以前は、行政や保育園、学校など教育機関にも虐待の報告の義務はなく、統計として上がる数字が低かったという事実を差し引いても、この間の伸びはあまりにも突出しています。逆に言えば、1990年から2000年の間に児童虐待の事例が一般に頻出するようになったため、その動きに合わせて、2000年に児童虐待防止法が成立した、という流れと見る方が私は正しいと思います」
「なるほど、その間に何か大きな社会的な変化があったと、太田さんは見るわけですね。
 ・・・ところでその時期は振り返ってみると昭和が終わって平成の時代が始まった時期と重なるのでは、と思われるのですが、また一方経済的にはバブルが崩壊した時期に当たると思われるのですが、太田さん、その変化というのは、年号が変わってバブルも崩壊したという、日本独自のものなんでしょうか。それとも世界的な変化なんでしょうか」
「ええ、そこがポイントですね。確かにベルリンの壁崩壊や、9・11同時多発テロ事件など、世界情勢の変化はこの時期少なからず起こっていますが、今日は児童虐待、その背景に関する変化に限って、お話させていただこうと思います。
 ここにアメリカの児童虐待に関する統計資料があります。事前に番組のスタッフにパネルに起してもらっていますが、アメリカでは虐待に関する調査/統計は公的機関であるCPS(Child Protective Services=子ども保護機関)というところが管轄をしているのですが、1974年に初めて全米としての児童虐待に関する数値を公表していて、それは約70万件です。アメリカと日本では統計の取り方に違いがあり、一概に比較することはできませんが、この数値は、2020年度で約300万件、伸び率で言うと4倍と少しです。つまり1974年から2020年までのほぼ50年近くの間でも、アメリカでの伸び率はせいぜい4倍ほどなのです。一方は50年で4倍、他方は10年で18倍と、その違いは歴然です。虐待が増える理由としては、おそらくこの間の経済的環境の変化による、相対的な下層階級の増加や、個人の倫理観の欠如など、日米で共通の因子があるかとは思われますが、日本での増加の理由は、明らかにそのような、謂わば漸進的な社会の変化とは異質な何か、と言わざるを得ないと私は思っています」
「なるほど、日本独自の社会的な変化がその間に、つまり1990年から2000年の間にあったのでは、と太田さんはおっしゃるのですね。それは年号が昭和から平成に変わり、バブルが崩壊したということと関連はあるのでしょうか」
「ええ、表面上はまさにその変化、と言ってよいかとは思いますが、ではその変化の実質は何なのか、というところが大きなポイントかと思います。単に日本の年号が昭和から平成に変わった、あるいはバブルが崩壊した、という社会、経済環境の底で、一体日本では何が起こっていたのか。
 こちらのパネルを見てください。これは戦後の日本の世代を大きく三つに分ける図表になっています。便宜的に戦後第一世代、第二世代、第三世代と表示していますが、第一世代は1946年(昭和二十一年)から1960年(昭和三十五年)頃までに生まれた世代、第二世代はそれぞれ25年を足した、1971年(昭和四十六年)から1985年(昭和六十年)頃までに生まれた第二世代、さらにそれぞれに25年を足した、1996年(平成八年)から2010年(平成二十三年)頃までに生まれた世代を、第三世代としています」
「世代間の25年、というのは、おそらく世代の移り変わりに要する年数、という意味でよろしいですか。人が生まれて、成長し、次の世代の子を生み、育てるようになるまでが約25年――」
「はい。この頃は一般に晩婚化が著しくなっていますので、25年という数字が世代の切り分けに有効な数字かどうかは、かなり疑問になっていますが、少なくともここに挙げた三世代については、ある程度25年という数字は当てはまるのではと、私は思っています」
「これで言うと、私は1971年生まれですから、辛うじて第二世代に属することになりますか。猪俣さんも、加藤さんもこの世代に入るんじゃないですか、失礼ですが」
「そうです。私は1981年生まれですから」
「私もぎりぎり第二世代です」
「加藤さんのおっしゃるぎりぎりは、若い方のぎりぎりですね。失礼ながら1985年のお生まれ? 私は上の方のぎりぎりです。この中で第一世代は太田さんのみですね」
「ええ、もう私は70近いおっさんですからね。1955年の生まれです」
「いやいや、太田さんはまだ若々しいですよ。・・・ええと、で、この世代の切り分けと、虐待に関しての社会的な変化とは、一体どういう関係になるのでしょうか。いよいよ本題に入りそうですね」
 
  (第三章に続く)https://note.com/oyoyo_note9096/n/neb21d9b53bd3
 
 
 
 
 
 
 

いいなと思ったら応援しよう!