【体験談】場面緘黙症だった私が、文章を書くことを好きになった理由
こんにちは、わらびです。
先日、ふと「なんで私って文章を書くことが好きなんだろう?」と疑問に感じました。
「Webライターの仕事がしたい!」と思ったのはつい最近。
だけど、今思えば、昔から作文を書くことが好きだったり、小学生の頃からブログを始めて、途中何度か移転はしつつも10年ほど運営していたり。
子供のときから長年「文章を書くこと」に触れてきたな、と思いました。
自分の今までの人生を思い返してみると、もしかしてこれが理由だったのかも?というルーツに辿り着きました。
場面緘黙症だった幼少期
皆さんは「場面緘黙症」という言葉を聞いたことがありますか?
簡単に説明すると、
家庭内などでは問題なく会話ができるのに、学校など特定の場面では一切会話することができないという症状で、不安障害の一種です。
もしかしたら皆さんの学生時代や、お子様の同級生にも同じ症状の方がいたりするんじゃないでしょうか。
私は、物心ついたときから小学校を卒業するまで「場面緘黙症」で学校や同級生の前では一言も話すことができませんでした。
場面緘黙症の苦悩
場面緘黙症は知名度の低さから、あまり周りに理解されませんでした。
小学生のとき、クラスの男子に「なんで喋らないの?」「喋れないと大人になったとき仕事できないよ?」などと言われ、とても辛かったです。
今思うとその男の子からしたら、一言も喋らないクラスメイトがいたら疑問に思うのは当たり前です。
ただ、そのときの私は自分でもなんで喋れないのか分かりませんでした。
言語能力がないわけではなく、学校に行くと、喉をギューっと締め付けられているような感覚になって、言葉が発せなかったです。
社会不安障害の診断を受ける
環境が変われば喋れるようになるのではないかと思い、小学生のとき私立中学の受験をし、誰も知っている子がいない中学校に入学しました。
中学生になったら学校で喋れるように「は」なりました。
でもそれは、
「おはよう」と言われたら「おはよう」と返す。
音読の授業で教科書に書かれた文章を声に出して読む。
授業で当てられたら答えを答える。
その程度のことしかできませんでした。
同級生に雑談を振られても、また喉がギューっと締め付けられる感覚に襲われ、うまく返事ができず、笑って誤魔化す日々でした。
そんな生活を送っていると友達も出来ず、いつしかクラスメイトに陰口を叩かれるようになり、どんどん人間不信になっていきました。
同じクラスになったことすらない顔も名前も知らない同級生の男子に陰口を言われたこともあり、「なんで関わったことすらない人に悪く言われなきゃいけないんだろう」と怒りを覚えたこともあります。
でも、どんなに悲しくても悔しくても言い返すことができなくて、そんな自分が大嫌いでした。
当時の私は「場面緘黙症」という言葉を知らず、自分の症状をインターネットで調べるうちに「社会不安障害」という病気の存在を知りました。
その病気の症状を調べれば調べるほど自分の症状にぴったり当てはまっていて、15歳のときに心療内科を受診し、医者からその病気の診断を受けました。
診断を受けたときはショックとか悲しいとかそういう気持ちは一切なく、「ああ、そうか、自分は病気だったのか」と腑に落ちるような感覚でした。
不登校の日々
また環境が変わったら、今度こそちゃんと喋れるようになるんじゃないか。
そんな期待を込めて入学した高校。
でも、そんな簡単に変わることはできなくて。
高校生になっても今までと同様、学校に行くと喉が締め付けられて、うまく喋れませんでした。
高校生になっても自分は変われないのか。
心がボキっと折れてしまって、ある日の朝、ベッドから起きることができなくなってしまって、そのまま不登校になってしまいました。
その後、せめて高卒認定は取ろうと通信制の高校に転入しました。
その高校は全日制の学校で、毎日開校はしているけど、課題を出したり試験で点数取れれば卒業できるよ〜って高校でした。
最初は毎日通おうと頑張っていましたが、うまく喋れないことが辛かったり、学校に行くと動機がしたり、その頃には不安症状が悪化していて人前でご飯を食べることもできなくなっていたりで、学校にいるのが2時限目までが限界でした。
ブログで交流をして救われていた
まともに学校に通えなかった私は、必然的に家で過ごすことが多い日々を送っていました。
学校に通えない分、家で自主的に勉強はしていましたが、みんなが当たり前にできている「学校に通う」ということをできない自分にもどかしさを感じていました。
当時、好きなアニメについて語るブログを運営していました。
ただ自分の好きな作品やキャラについてベラベラ語っているだけだったんですが、ありがたいことにたくさんの人に閲覧していただいて、記事によくコメントもいただいていました。
友達もいなければ学校に通うこともできなかった私にとっては、ブログが唯一の人と交流できる場所でした。
喋れない私でも、「文字で交流」することは大好きだったんです。
高校生の頃に運営していたブログでは、活発に交流をしていて、こちらもコメントをくださった方のブログに訪問してコメントをよく残していました。
いわゆる「ネッ友」という関係性でした。
連絡先も知らなければ本名も知らない方達で、今はもう連絡手段はないけれど、相手のハンドルネームやどんなやり取りをしていたか、10年以上経った今でも思い出せます。
そんなネッ友の皆さんの存在にたくさん救われていました。
「コメント来てるかな?」とブログを覗くのが毎日の楽しみでした。
まとめ
そんな日々を思い返して、私が文章を書くことが好きなのって、もしかして喋れなかったからなのかな〜なんて思ったりしました。
初めてブログを開設した小学生の時。
なんでブログをやりたいって思ったのかもう覚えていないけど、学校で喋れないからこそ好きなことを話せる場が欲しかったのかもしれません。
話すことが苦手な私でも、文章なら自分の気持ちを落ち着いて伝えられる。
だから今、ライターという仕事に惹かれているのかもしれません。
ちなみに今は、社会不安障害は寛解し、人前で喋ることができるようになりました。
ほんとはね、場面緘黙症や社会不安障害を克服した実体験も記事にして、今悩んでいる方の助けになれたらなーって、数年前にネットで発信しようと思ったことがあるんですよね。
でも当時のことを思い出すとどうしても辛くなって文章を書き続けることができなくて。
実はこの記事も書いてる途中、何度も涙が溢れてきて、タイピングする手を止めてます…。笑
いつか自分の中で消化することができて、書けるようになればいいなぁ。
