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癇癪持ちアスペモラハラ男と5年付き合って1年で離婚して20代前半をパアにした話

20代前半の話をする。

付き合って5年、結婚して1年で離婚した話。我ながらひどいな、と思う。でもまあ、起きたことだから仕方ない。今となってはいい思い出。かなあ〜。。。


専門学校で出会った同級生と、なりゆきで付き合い始めた。

ノリと勢いで付き合った感じではあったけど、本当に仲良かったんですよ。笑いのツボがおんなじで、身体の相性もよくて、何するにも一緒で。波長が合う、って感覚が初めてあった相手だったと思う。まじで楽しかった。

ただ、癇癪持ちだった。

これさえ治れば。その一点でずっと踏ん張ってたわけです。孤軍奮闘。癇癪を起こしてる最中、彼がわたしを見る目が完全に冷め切ってて、なんか怖くて「そのときどう思ってるの」って聞いたら「あのモードに入るとお前のこと下等生物だとしか思えなくなる」って言われた。

普通に言葉を失ったんですけど、そのときのわたしはまだ「でも普段は優しいし」って思ってたんです。

ある夜また癇癪を起こされて、ペアリングを投げつけられた。そのまま彼が飛び出して、わたしは寝巻きのまま追いかけた。

で、メガネごしの顔面を殴った。

人生で初めて手が出た瞬間。これっきり。わたしが殴ったんかい。いや本当にあのときは頭が真っ白だったんですよね〜〜〜。

ほんで癇癪の後は基本優しくなる。ケーキ買ってくるか、置き手紙して出かけるか。これもまあそれはそれで怖いんだけど。


で、そのまま結婚した

式は挙げず、義両親ともずっと仲良しだったし、同居スタートで籍を入れた。

籍を入れて3ヶ月で、彼は勝手に仕事を辞めてきた。

実家暮らしで貯金300万ある彼は、のんびり暮らし始めた。起きたらゲームして、基本寝てる。家事もしない。何もしない。

かたやわたしは転職したてで手取り18万、一人暮らし、貯金ゼロ。

ある日、わたしがスマホを見ながら少し休憩してたら、急にブチギレてきた。ライターを床に叩きつけて割った。特に理由はなかった(少なくともわたしには理解できなかった)。「何どうしたの」って聞いたら、いつもの「お前が俺を怒らせたんだろ」。ほう???????

もうダメだと思ってプチ家出した。2月の深夜、近所の公園のブランコで時間を潰しながら、LINEでひたすら文句を言われ続けた。落ち着いた頃に家に帰ったらチェーンがかかってて入れなかった。電話したら「帰ってくんな」って言われた。

寒空の下30分歩いて一駅先のすき家に駆け込んだ。お金が本当になくて、味噌汁一杯で一晩を明かしたわけです。(すき家ありがとう味噌汁80円でごめん)

翌朝戻ってもチェーンがかかってたので、彼の実家へ向かった。電車で1時間半。「いきなりすみません仮眠取らせてください」で少し寝かせてもらって、起きてから義母に全部報告した。放任主義の家庭だったので根本的な解決はしなかったけど、義母はわたしの味方でいてくれた。これが後々ものすごくありがたくなるわけなんですが。


その後も癇癪とモラハラが続いて、いよいよわたしの限界が来た。

いつものように癇癪とモラハラが起きたとき、そのとき私の中でぷつんと何かが切れて、即スーツケースに荷物をまとめて、近所に住んでた職場の先輩宅に転がり込んだ。「今から家行っていいですか」をリアルでやった。「もしかしたらしばらく泊めさせていただくかもしれません」っていう無茶なお願いを快諾してくれた。(先輩は一軒家に一人暮らしだった)
先輩は猫を飼っていて、わたしは猫アレルギーなので毎日鼻水とくしゃみが止まらなかったけど、本当にありがとうしかない。マジでありがとうございます。今でも思ってる。

わたしの職場の近くで同居してたので、昼休みのタイミングでちょっと荷物を取りに戻ったら、壁に貼ってあった夫婦円満のお札がビリビリに破かれてゴミ袋に放り込まれてた。もうダメだった。私の中で全部全部終わった。


そっから離婚するまでが長い

何回か話し合いをして、離婚の方向へ。財産分与と慰謝料の話も進んで、あとはハンコだけ、という状態まで来た。2週に1回くらいのペースで会って話し合いを進めてた。

そこで急に「慰謝料払えなくなった」って言い出した。

「貯金300万全部スイスの銀行に死亡保険として入れた、受取人は弟」

意味がわからなかったけど、今考えても本当に本当に理解できないけど、本当に意味がわからないけど、話し合ってなんとか色々と条件をまとめた。

でそのあと、ある日「別居中に別の男と寝た?」って聞いてきた。もともと寝取られフェチだったんです、この人。わたしは正直に答えた。

そしたら、次に会ったとき、「あの会話録音してある」「不倫で慰謝料請求する」「お前の会社の玄関で「ほしのと不倫したのあなたですか?」って全員に聞いてまわってやる」「東京に居られなくしてやる」「弁護士にも相談済み」って言われた。

当時の私は法律の知識がほぼゼロで、飲むしかなかった。今ならわかる。別居中は慰謝料不要らしい。でもそのときは全然わからなかった。

「二人分わたしが払うから、仕事には響かないようにしてほしい」って言ったら「じゃあ今月末までに260万払え」って返ってきた。10日もなかった。

実家に帰って、父に土下座して、260万を一括で払った。

財産分与としてわたしの一人暮らし用の家具家電は彼持ち、という条件でおさまったわけです。ほんでわたしが買ってた家具家電を彼が持っていく形で「分与」ということになった。


ほんで、現実逃避でTinderを使ってたら弁護士に遭遇した。すごい。すごいタイミング。
普通に仲良くなって、話聞いてもらって、ごめんちょっと込み入った相談なんだけどって電話したらわたしの希望を全部盛り込んだ離婚協議書を無料で作ってくれた。本当にありがとう。

ほんで離婚届を提出して、離婚成立。

その後数ヶ月、元旦那から「メシ行こう」「また会いたい」ってLINEが来たけど意味わかんなくて即ブロックしました。はい。

ただ、義母だけはずっと味方でいてくれた。離婚後も1年間、お金の援助をしてくれた。他人なのに。もう他人になったのに。心底感謝している。ほんとうに。


これブログに書く内容じゃないかもしれん。まあいいか。

で、結局何が言いたいかというと。

まず、「これさえ治れば」は治らない。他人は基本変えられない。
次に、モラハラに洗脳されてても「自分の感情の直感をちゃんと意識する」こと。

5年かけて学んだのそれ。他人は変えられないし、変わらないし、わたしが頑張れば頑張るほど消耗するだけだった。早く逃げてよかった。逃げるのは超遅かったとも思うけど、まあそのタイミングでしか気づけなかった、逃げられなかったから仕方ない。

ちなみに、モラハラって書いたけど人格否定とかは多分されてなくて、ただただ癇癪がひどくて、そして記憶力がえげつなかったんですよね。自分の仕事の売り場に並んでる商品(数百くらいある)の型番を全部記憶してたり、趣味の遊戯王カードの効果を全部丸暗記してたり。あーアスペか、って離婚後に気づいたので、「あれはモラハラじゃなくてただの癇癪だったのでは?」って思うこともしばしば。でも私は完全にカサンドラ状態だったので、モラハラなのは間違いないかもしれない。わからん。もうしらん。とにかく最悪だった。

自分のことを大事にしな、って過去のわたしに言いたい。でも当時のわたしには届かないんですよね、そういう言葉って。依存してるときって耳に入らないから。

だから今これ読んでる誰かに届けばいいなとは思う。「これさえ治れば」って言い聞かせながら頑張ってる人。逃げていいです。マジで。逃げたあとに助けてくれる人は絶対にいる。わたしには先輩がいたし、義母がいたし、ため息つきながらもお金出してくれた両親がいたし、謎にTinderで知り合った弁護士がいた。

一応なんとかなった。これに尽きる。
まあ、今でも後遺症に苦しめられてるときはありますが。ゴミカスがよ。不幸になれって心底思います。

おわり。

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ほしの よろこびます。