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ジャッジをジャッジ

ヘッダー画像作成 酒匂晴比古



採点&勝ち点表

縦枠のファイターが横枠のジャッジを採点しています。



Aグループ




中川マルカ

「あいはむ」


 
今年のテーマは、「愛」とする。
今回設けたのは「愛の評価」──外道から至高に至る5段階の「愛」の尺度である。「愛」とは、あまりにも濫用され、ときに軽薄とされがちな言葉であろう。けれども、これをBFCという場に差し向けるとき、「愛」は決して甘美で曖昧な感情にとどまらない。ここでの「愛」は、作品と向き合い、心の奥底に宿る何かを掴み取ろうとする真剣勝負の魂を指す。BFCにおける作品評価は、優しさや共感を超え、ファイターの情熱、作品の放つ力、他者への深い共鳴と理解の試されるものであってほしい。どれだけ言葉が響き、読む者の心を打つか、それを「愛」の深度を示す指標とし、ジャッジへのジャッジをくだす。
 
【指標】
1. 愛の外道
愛の真髄を踏みにじる者。偽りの仮面を纏い、その実、愛とは程遠い欺瞞と自己満足に終始する。
2. 愛の徒(あいのともがら)|愛を語りながらも、その実態は未熟。浅薄な理解と自己中心的な姿勢が、愛の深淵を遠ざけている。
3. 愛の探索者|愛の在処を求め、暗闇を手探りで進む者。不器用ながらも誠実さを宿し、愛の可能性を模索し始めた段階。
4. 愛の求道者|愛の道を真摯に追い求める者。他者への共感と自己を超えた視点が現れ、愛の本質に迫る思想を築きつつある。
5. 愛の名匠|独自の愛の哲学を持ち、深みのある愛の表現を自在に操る。周囲に感銘を与える存在。
 
点数及びコメントを表1に示し、決勝ジャッジに「斑目規至」氏を推す。



 


深澤うろこ

「あそこで鳩が燃えています」


ジャッジのみなさん、お疲れ様です。これだけたくさんの、ジャンルも書き方も異なる作品を捌く困難は計り知れないと思います。心からみなさんを尊敬します。

まず初めに、ひとこと。

今回私の作品に関する評価は対象外としました。どうしても思い入れが入ってしまうので。その上で申し上げたいのは、私の作品を評価してくださった方もそうでない方も、読んで考えてくださってありがとうございますなのですが、今作は文芸をこえて、実世界と結びつけたくて書いたものでありますので、願わくばジャッジのみなさんの今後にもなんらかの影響があればうれしいと思います。私もこれを書いただけで終わらせたくないです。

さて採点基準ですが、各作品の解釈の正しさみたいな点については特に見ていません。「評価ロジック、文章としての面白さ(美しさ)」を基準としました。当然ながらめちゃくちゃ主観の上、短文に留めますが、ご容赦ください。

斑目規至

自らの読みを自信を持って提示する潔さが良いです。高評価、低評価のものについてロジカルに展開されているとも思います。端的で小気味良いですが味気ない印象も受けました(しかし時々エモーションがのぞく)。また、3点の作品についての評はやや納得感に欠ける感じがしました。※吉田棒一評、かなりよかったです
3点

RNオンリー・イエスタデイ

与えられた紙幅のなかで端的に評して、あまり自分の考えを開陳しない抑制が好印象でした。なので特に減点対象も思い浮かばなかったですが、一番に推した作品(『綴る躰』)だけは他と差別化して、もうちょっとエモーションが見えてほしかった気がしました。
3点

☆松本勝手口 (勝ち抜け)

前置きの文章、「3点」という評価についての想いがよかったです。
個別評では特に吉田棒一『友達』評がよかったです。この小説をナンセンスさ以外の観点から評しているのが読みたかったので。あと文章がかっこいいです。
5点

水嶋いみず

文章が上手かったです。とても読みやすい。作中のモチーフを中心として読み解来つつ、そこにわずかに評者自身の想いかま垣間見える感じ。特に和泉真弓『棄子』評が秀逸です。ですが個人的に、点数の低かったものの評も見たかったです。
3 点

関寧花

文章がかっこいいです。評としての白眉はやはり『畜魂機についてお話しします』の「畜」の字についてですかね。そこから始まる考察は短いですが、スリリングでした。
『砂を送る』、『トランクルーム』評も見事。(おそらく)評者の専門分野ゆえ、的確で勉強になりました。
5点

ササキリ ユウイチ

やわらかくていつまでも読んでいたい文章でよかったです。個別評はやや冗長のような気もしますが、自分が感じた違和感とシンクロするところなどもあって興味深く読めました。加点/減点のロジックが分かりやすく、ファイターが納得しやすい気がします。
4点

子鹿白介

並んだ作品の相互への影響も含めたジャッジという点が面白いと思いました(賛否ありそうですが)。ですが評価として中庸な印象があり、個人的にはもっとメリハリをつけて良いような気がしました。どうしても点数が真ん中の辺りにかたまっていたので。
個別評について、理解しやすいですが、やや踏み込みが甘いような気も(だから点数に差が出なかったのか)します。
2点




両目洞窟人間

「YEAHHHHH!!!!!」



 ジャッジの皆様、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。大変なことであったと思います。
 そもそも丁寧に読んでくださることのありがたさをとても噛み締めています。
「コメントをくれるのは全体の1%だ」と言っていたのは星野源氏でありました。
そして「ラッパーを含めて何十年も活動しているけども、評論の評論ほど怖いものはないよ」と言ったのはRHYMESTER宇多丸氏でした。
 今回ジャッジであったとはいえ、全体の1%に当たる方々に、ジャッジをジャッジをするのはとても心苦しく思いました。
 私、個人の考えとしては「評論の評論」はしたくありません。その上で、これをするのが「ブンゲイファイトクラブ」であるので、そのリングには乗ります。そして乗るからには私もシャツと靴を脱ごうと思います。とはいえやっぱり恐ろしいことをしているという気持ちは忘れずにいたいです。
 
斑目規至
 このジャッジのジャッジはどうなのか?と問われそうだけども、評の分量をオーバーした部分、磯崎愛氏、吉田棒一氏への話が印象に残りました。
 磯崎愛氏への作品に対し、ジャッジとしての作品評を書いた後にそれでも思うことを書いています
「わたしたちのしておくべきことは、対峙したときに思い出せるようにしておくことだ。」
 それからの逡巡に、磯崎愛氏への思いも重なり、これもジャッジのジャッジとしてはあまり良くない言葉なのかもしれませんが「そうだよなあ」と思ってしまったのです。
 理想論と現実をぐるぐる回ることで、解決しないものを断じるだけでなく、悩むことでしか何かを語ることってできないのかなとも思いました。
 吉田棒一氏の『友達』から始める「ギャグ小説」についての論は、お笑いを小説でやることの問い、そしてそれをやる吉田棒一氏へのエール、強いては「文芸の未来」へ繋げていくエモーショナルな文章であったと思いました。(その上で、オチが弱いと言い切る、オチの強さもありました)
 ジャッジから離れたこの文章を評価するのもいかがなものか?という意見もあると思うけども、この延長戦における文章こそ、斑目氏のジャッジの白眉だったと思います。
 エモーショナルからしか生まれ得ないものがあるとしたら、それはこの部分だったように思います。私は理知を越えて、エモーショナルなものから生まれるものが好きです。
 全体的な評も丁寧かつ端的なもので良いと思いました。
 
RNオンリー・イエスタディ
 それぞれの評が端的にまとめられていてとても良かったです。
特に『綴る躰』と『あそこで鳩が燃えています』を並べて“鍵括弧”と”丸括弧”の勝負に持ち込むところにジャッジとしての面白さ、なんならば興行性を高めるような書きっぷりに面白さを感じました。このBFCの格闘技性を高める評であったように思えます。その一方で、その興行性を煽る部分に引っかかりも感じたのも事実です。
 
松本勝手口
「私のように、わざわざ別名義を用いてまで死に場所に舞い戻ってくる恥知らずな亡霊をこれ以上増やさないこと。それが今回、ジャッジを務める私に課されたいちばんの責務だと勝手に感じている。」この前口上が響くのが紙文「いつまでも手をふる」の評だと思いました。
 小説内の登場人物の行動をそうじゃないだろうともっと足掻けよと、まるで実在の人物に語りかけるような評に、鬼気迫るものと、勝手な思い込みと、でもそれが生むやさしさのようなものを感じました。
「たかだかその程度のことで、創作をやめないでほしい。続けるんだ。あなたの歌を、切実なその作品を、一人でも多くの読み手のもとに届けてくれ。やめないでくれ。大切なんだったら、書き続けてくれ。すべてが倒れ、体が消えても、亡霊としてリングに立ち続けるんだ。」
 ジャッジと自分の言葉がないまぜになっていて、それを疑問視する人もいるかもしれませんが、やはりエモーショナルなものからしか生まれえないものはあると思います。
 
水島いみず
初めに提示する6つの採点基準でおおっと引き込まれました。このように読むと言われるのはなかなか緊張感があります。ただ、評になると、そういった基準が前に出てこないのは少し残念に思いました。その採点基準がもっと反映された評が読みたかった気持ちもあります。
 どの評も短くまとめられていたのはとても好感がもてました。その短い中に、過去作品との繋がり、近年のニュースとの対比等を盛り込むところに、作品の外側の空気が持ち込まれるようで、興味をより掻き立てられる評になっていました。
 
関寧花
 全体的に端的に評をまとめていくのには好感がもてました。ただ“「あそこで鳩が燃えています」を読みはじめたら頭の中でトーキング・ヘッズの「バーニング・ダウン・ザ・ハウス」が流れて、よいはじまりだと思った”に少し引っかかりを感じてしまいました。読書中に個人記憶と繋がり高揚感を覚えることはありますが、ジャッジとしては危うい文章であると思いました。
 
ササキリュウイチ
「ジャッジのジャッジにおける評価対象である評文では、作品に美点がある場合は美点を、傷がある場合は傷を提示します。」と書かれていたように、作品を精緻に観察するかのような読みが印象的でした。ショット単位で映画を論じていくような、文章単位で切り分けて論じていくのがとてもスリリングでした。
 ただその美点と傷という視点に全体的な読みが引きずられている気もしました。
 
子鹿白介
各作品を丁寧に読まれているなと感じました。視点がまず優しい。美点をストレートに伝えるのは誰にでもできることではないと思います。そして他作品との繋がりを見出す読みが良いなと思いました。その上で『あそこで鳩が燃えています』の温そばの扱いに「私たちは官民なにかしらの形で軍需産業の経済的な恩恵を受けていて、この営みや血肉にも、戦争の影が落ちることからは避け得ないので。」と評し『不審な刃物』では実際の地図との不一致を見出すなど、優しさだけでなく緊張感を持ち込む読みをしているのもジャッジの視点として良いなと感じました。
 これは貶し言葉ではなく子鹿氏は「普通」の読みをしていると思いました。一般的な、ごく普通の人々の読み。「ブンゲイファイトクラブ」は高度化させた戦い(もしくは遊び)であるからこそ、この視座は大事だと思うのです。
 
まとめ
勝ちはどの方のジャッジを読みたいかを考えました。斑目規至氏の筆力のあるジャッジを読みたいという気持ちもありましたが、丁寧な読み解き、そして作品への視座にこの方のジャッジを読みたいと思い、勝ちは子鹿白介氏にします。
 
斑目規至 5
RNオンリー・イエスタディ 3
松本勝手口 4
水島いみず 4
関寧花 3
ササキリュウイチ 3
子鹿白介 5(勝ち)
 



紙文

「いつまでも手をふる」


<ジャッジをジャッジ>

それが感想であれば表現力と正直さを、それが批評であれば作品に対する態度および解像度の高さに加え、背景知識の豊かさを評価します。なお、点数は相対評価とします。

・斑目規至さん
読書のあいだ、読者は様々なことを考えます。単なる思いつきであったり、連想であったり、理解であったり。残念ながら、斑目規至さんの評は一読者によるメモ書きとしか感じられませんでした。書評であるなら、読書体験から得られたものをばらばらではないひとつの体系に組み立てて、(たとえそれがありふれた内容だったとしても)斑目規至さん独自の読み方というかたちで表現してほしかったです。一方で、作品に対して一定の距離を保とうとする誠実かつ理性的な態度には好感がもてました。3点。

・RNオンリー・イエスタデイさん
簡潔で、具体的で、非常に読みやすい評でした。評というものの役割を考えれば、読みやすいことは大きな美点です。また、作者に向かって「ちゃんと伝わったからね」と目配せしつつも、物足りないと感じたところは遠慮なく指摘していること、作品に瑕疵と思しき部分を見つけた際に「しかしそれが実は瑕疵ではなく、意図的に書かれたのだとしたら」と立ち止まる慎重さは、(作者側から見て)とても信頼できる態度だと感じました。以上に加え、今回の決勝進出作品を両者揃って選出していることからも、決勝戦のジャッジに最も相応しいと考えます。5点(勝ち)。

・松本勝手口さん
作品に新規性を求めているのかと思いきや、そうとも言いきれない部分もあり、正直なところ困惑しました。参考文献が提示されてはいるものの、それとの関係性が検討されている評とも読めず、採点を見るに、良くも悪くも松本勝手口さんの趣味に合うか合わないかに大きく左右されすぎている印象を受けました。そのため、批評というよりは感想として理解しました。もちろん、この傾向は松本勝手口さんによるジャッジの価値を毀損しません。なぜなら一般の読者とはそのような存在であるからです。しかし、それでも、まるで決めつけるような読み方だけは、作者としてどうしても歓迎できませんでした。2点。
【注:以下は私信です。読み飛ばしてください】
ジャッジ評のなかで、拙作「いつまでも手をふる」の改稿案をご提案をいただいたので、作者としてはきちんとお返事をしなければなりません。長い文章になりますが、お付き合いください。
登場人物「先輩」の人物像を作中の描写より以下の2点にまとめました。
1.〈作者の立場を明言できない手段:紙幣〉で和歌をばらまいている。
2.有名になったせいでばらまくのが大変だから、紙幣和歌をやめようかと悩んでいる。
すなわち、「先輩」は自身の和歌で有名になることや作者の立場を主張することには興味がない、ただ和歌をばらまきたいだけの人物だとわかります。この時点で、例えば作家になりたくて小説を書いているような人物とはまるで異なる行動原理に基づいているのだとご理解いただけるかと思います。そして、そんな「先輩」にとって和歌とは一体何を意味するのか、ばらまこうとするのはなぜなのか、この2点についてを冒頭の和歌と、物語の最後に挿入された台詞が補完している、「いつまでも手をふる」はそのような構成の小説です。
物語の終盤、紙幣和歌の作者の正体について誤った認識がひろまってしまった場面で、「先輩」がネガティブな心境にあることが示唆されていますが、それが一体どのような心境なのかは作中では明らかにされていません(一応、想像はできるように材料は配置してあるつもりです)。これについては読み手に解釈が委ねられていますので、自由に想像していただいて構わないのですが、ここの解釈を軸に組み立てたアイデアを改稿案として提案されてしまうと、「自由に想像」などとは言えなくなってしまいます。というのも、松本勝手口さんの解釈を採用した場合、上で述べた「自身の和歌で有名になることや作者の立場を主張することには興味がない」という「先輩」の人物像と矛盾してしまうからです。
ところで、「いつまでも手をふる」は語り手である「わたし」の物語でもあります。「わたし」は主に「先輩」との〈ふたりだけの場所〉を維持するために行動しますが、冒頭でインターネット上の反響を割と好意的に受け取っていることからもわかるように、「わたし」は「先輩」とは異なる価値観をもった人物だと言えます。そんな「わたし」が、物語の最後に「先輩」の台詞を思い出す場面は、ようやく「先輩」と同じ価値観を共有できたのだとする解釈を支えています。松本勝手口さんは「残念ながら完全に蛇足である。書き手のこの小説にたいする過剰な方向付けが明らかになっただけだった」と捨ててしまいましたが、その判断は以上の理由からも支持できません。
結論として、「先輩は今すぐこのインフルエンサーに連絡をとるべきだ。ゴーストライター契約を結んで、建前上は知名度も影響力もあるその人の作としながら自身の切実な歌を世に広く知らしめる方向へと舵をとるべきである」という松本勝手口さんの改稿案は、作中の「先輩」の人物像からはかけ離れており、これを採用した場合は登場人物ひとりを完全な別人に作り替えることになります(当然、物語自体も丸ごと変更しなければなりません)。松本勝手口さんは「そうしたほうが~この小説じたいもより水準の高いものになる」と仰いましたが、私がそれに納得できるだけの論拠は乏しいように感じました。
なお、松本勝手口さんは評の終わりで貨幣損傷等取締法について言及されていますが、どうやら作中の「先輩」が学校に通っている学生であることを失念しておられるように思います。ですが、松本勝手口さんが評全体を通して「先輩」の将来を案じてくださっているのは十分伝わりましたので、それに関しては胸が温かくなりました。

・水嶋いみずさん
一読者としての主観を軸としながらも、常に客観的な視座を忘れない理性的な評だと感じました。一方で、採点はその他大勢におもねらない潔い判断を下しており、責任を引き受けなければならないジャッジの態度としては理想的であると言えそうです。評では「語の取捨選択が作品全体の雰囲気および没入感を如何に左右するか」に関する言及が目立ちました。採点の結果を見るに、この観点を特に重視されていたように受け取れるのですが、しかし、「砂を送る 川柳二十句」に対してはこの観点が反転してしまいます。全体を通して優れた評ばかりなのですが、上記の点においてのみ一貫性が気になりました。もちろん、一貫性に配慮しない評も許されて然るべきなのですが、水嶋いみずさん自らが一律の基準が設けられていたこともあり、以上の点が際立って感じられてしまいました。4点。

・関寧花さん
作品の構造に注目した非常に優れた評で、ついジャッジのジャッジをしなければならないことも忘れて読み耽ってしまいました。文芸のジャンルを問わないその審美眼はBFCに最も求められているものでしょう。ジャッジ評として物足りない部分があったとすれば、採点の根拠が評からは読み解けないことです。例えば、勝ち抜け作品に選ばれ、唯一の最高点でもある「深く暗い森のなかにあらわれては消える湖があったそれはわたしの湖だった」についてもそれがどのように優れていたのかまでは語られていません。単なる批評家に留まらないジャッジとしての性格が十分に表現された評であるとは言いがたいです。この点が決勝戦のジャッジに推しきれない理由となりました。5点。

・ササキリ ユウイチさん
文体について徹底的な検討を重ねていくスタイルは膨大な文字数を要するので、ササキリ ユウイチさんがこれを貫徹した事実に驚嘆しました。まずは称賛させてください。たいへん贅沢な評でした。私は「なるほど、そういう物さしを使うのか」と感心するばかりで、その仕事ぶりに口を挟めるほどの見識を持ち合わせてはいません。ですが、それでも疑問は生じてしまうわけです。
小説のなかで文章への美意識が損なわれていると感じたとき、読者としての私は真っ先に可読性の事情を疑います。というのも、例えば、作者としての私は常に最大公約数的な読者を想定し、場合によっては自身の美意識は肝心な一部分のみに抑え、それ以外の全体はすっかりわかりやすくしてしまう、といった操作を行うことがめずらしくないためです(もちろん、読みやすくするだけが可読性の操作ではないことは改めて説明するまでもないでしょう)。可読性をめぐる議論において厄介なのは、可読性は文章単体、あるいは段落単位だけ抜き出して語ることが難しい点です。全く同じ文字の並びだとしても、それが長編小説の一節なのか、それとも短編小説の一節なのかに依って、可読性の考え方は大きく変わります。特に、今回のような原稿用紙6枚という形式の場合、その議論がまだ十分に尽くされていないせいもあって、意見は個人によって大きく異なるでしょう(実際に、「わたしが七歳だったころ」評では一部これに触れていますが、何を是とするかまでは明言できていないように見えます)。ようするに、「原稿用紙6枚における可読性を考慮したとき、文章への意識がきちんと行き届いているか否かを検討する読者のまなざしは、それだけで作品の良し悪しを見極められるほどの(つまりは採点に結びつけられるほどの)共通の認識が得られているのか」というのが、わたしの疑問点になります。
しかし、以上の疑問が生じたとして、語と文章のひとつひとつを検討する評そのものの価値が損なわれたわけではありません。5点。

・子鹿白介さん
アイドルオタク界隈には「箱推し」という概念があるそうです。アイドルグループに所属する特定のメンバーを推すのではなく、グループ全体を推すことを指すのだとか。だとすれば、子鹿白介さんの評は冒頭でそう宣言されているように、BFC箱推し評と呼べそうです(担当作品の枠を越えてしまうところなんて特に!)。そして、その評から感じられたのは、作品を値踏みする批評家の視線ではなく、作品を存分に楽しんでやろうとするまさにファンの視線でした。また、正直な感想は作者が最も欲しているものの一つで、丁寧に読み込まれているとなれば尚更です。一方で、ジャッジ評として考えた場合は、評の軸足が定まっていないことが弱点になります。作品同士の関係に注目し、そこにより多くの字数を割けていたなら、その独自性が評価できたかもしれません。4点。

<採点結果>
斑目規至(3点)
RNオンリー・イエスタデイ(5点)★勝ち
松本勝手口(2点)
水嶋いみず(4点)
関寧花(5点)
ササキリ ユウイチ(5点)
子鹿白介(4点)




吉美駿一郎

「遅かれ早かれ」


斑目規至 1
RNオンリー・イエスタデイ 1
松本勝手口 5
水嶋いみず 1
関寧花 1
ササキリ ユウイチ 1
子鹿白介 1

勝ち抜けは、松本勝手口

 決勝ジャッジに推しを進めるため、推しジャッジを5点にし、他は一律で1点としました。

 最後まで迷ったのは、斑目規至さんと松本勝手口さんのどちらを勝ち抜けにするかでした。ぼくは今回、時間がなくて本戦作品を一度しか読めていませんでした。そこで、一度目に読んだ印象を、がばっと変えてくれるような評があれば、その人を勝ち抜けにしようと思っていました。
 で、そう考えて班目さんのジャッジを読んだら、磯崎愛さんの『「診断されない病」の話をするためにここに来た』の評で、めちゃめちゃやられました。熱に完全に押し流されてしまいました。もうこれだけで決めちゃってもいいんじゃないの、とさえ思いました。それくらい良かった。今読めて良かった。
 と思っていたんですが、同じく磯崎愛さんの『「診断されない病」の話をするためにここに来た』で、松本勝手口さんの評もめちゃめちゃ良くて。
〈患者の感じている痛みが正確に知れないことは、専門家である医師や看護師にとっても悩ましい問題だという。〉とか〈きっと何べんも何べんも他人に説明をし、わかってもらえなさにその都度歯噛みしながら、言葉を選んできた結果であろうと想像する。〉とか素晴らしいじゃないですか。
 それで最後にこうくるんですよ。
〈ゆえに私は、この作品はフィクションなどではなく、書き手の積んだ言葉の錬磨は紛れもなく文学的意義のある営みだったと断言する。〉
 ここには人を説得するための誠意と、そうせずにはいられないという熱がある。
 結果として5点にしているのも、ぼくはとてもとても好みでした。
 結果的に、場外で情熱をぶちまけた班目さんと、リング内できっちり採点した松本さん、という対比となり、本当に選び難かったんですが、決勝ジャッジは場外戦はできないため、本当に選び難かったんですが、松本勝手口さんを勝ち抜けとしました。

 RNオンリー・イエスタデイさんによる藤崎ほつまさん「綴る躰」評はすべてのジャッジの中で一番好きでした。勝ち抜けを決めて、相手を決めるという評価法にもオリジナル性があり、好感を持ちました。好感しかない。本当は4点だったんですが、戦略として1点にしました。

 子鹿白介さんによる深澤うろこ「あそこで鳩が燃えています」評で最もしびれたのは、この一文です。
〈私たちは官民なにかしらの形で軍需産業の経済的な恩恵を受けていて、この営みや血肉にも、戦争の影が落ちることからは避け得ないので。〉
 日本の厚生労働省とそこから委託を受けて年金を運用する独立行政法人GPIFは、イスラエルの最大の軍需企業エルビット・システムズ社や、イスラエル軍に装甲ブルドーザーを納品するアメリカのキャタピラー社に投資していることなどを、きちんと踏まえた一文で、とても意義深いものだと思いました。あと、両目洞窟人間 「YEAHHHHH!!!!!」評は、短いながらも愛が感じられて、もっと長いバージョンを読んでみたくなりました。本当は4点だったんですが、戦略として1点としました。

 水嶋いみずさんは、どの作品評もバランスよく、読み心地も良かった。特に短詩系の評は、なんというか、腑に落ちる感じがあって、とても好きでした。ですが、〈侵略者をただ非難すれば正しいかというとそれほど単純ではない〉という文章は批判しなければならないと感じました。というのも、侵略をいわゆる「二級市民」に行わせる、というのはずっと続いている侵略パターンだからです。現に、イスラエルもロシアなどで差別されたユダヤ人を受け入れ、ガザに投入しています。原爆ドーム前で、そのことを語ったロシア系ユダヤ人がいました。しかし、そこで〈侵略者をただ非難すれば正しいかというとそれほど単純ではない〉という結論にしてしまうと、植民地主義を覆い隠すことに加担してしまいます。都合よく、国家に利用されてしまうことになるんです。〈相対的視点を文芸として成立させる筆力〉が国家の植民地主義を覆い隠す役割を果たしてしまうというのは、考えうる限り最低の選択だとぼくは考えます。そもそも、侵略者を非難するのではないはずです。侵略者を侵略者足らしめた国家や植民地主義こそを糾弾すべきなのに、国と人との問題を、人と人との問題にすり替えてしまうのは、詭弁であり、問題の矮小化です。
 PACBI:イスラエルの国際的文化ボイコットガイドラインから、少しだけ引用します。
〈抑圧する側と抑圧される側の唯一正常な、かつ歓迎される関係は、国際法上の抑圧される側の基本的権利を認め、抑圧に対する共闘を伴う関係のみであり、以下の2つの条件を満たす共同事業はノーマライゼーションとは見なされず、ボイコットの対象外となる:
(a) 事業のイスラエル側の当事者が、国際法上の包括的なパレスチナの権利(BDSの呼びかけにある3つの権利に相当)を認めていること。
(b)文化的成果物やイベントが、共存ではなく「共闘」を目的としたものであること。〉
 ここに書かれているのはパレスチナとイスラエルの関係においてですが、あらゆる植民地主義にも応用可能です。共存のための理路を探すのではなく、共闘を目的とした理路を探すこと。
 北海道やパレスチナのようなセトラー・コロニアリズムを扱うのであれば、最低限、そこは押さえなければならないはずだと、ぼくは考えます。
 本当は3点ですが、戦略的に1点としました。

 関寧花さんの評は、感覚に頼っているところが強く、おそらく同じ感覚を有する人にははまるのでしょうが、そうではないぼくのようなタイプには、評との間を冷たいガラスで遮断されているような感じがしました。少なくとも、誰かを説得しようとする情熱はまるで感じず、評としてのサイズが小さく思えました。しかし、文章はずば抜けてうまいので、ついつい読まされてしまうという美点がありました。エッセイとか読んでみたくなりましたね。本当は2点ですが、戦略的に1点としました。
 
 ササキリ ユウイチさんは、一文を詳しく分析し、そこに意外性があるかどうかや、次の文章との関係性に飛躍があるかなどを考える手法を取っていますが、これは川柳の解釈方法です。川柳では論理的に繋がっている句は「ずん胴」と呼ばれ、評価されません。しかし、小説はそうではない。「ずん胴」の文章も必要とするのが小説です。そこのところがわかってらっしゃらないため、評も滑っていて、独りよがりでした。何より、違うジャンルに対する敬意を感じなかったので1点とします。




井中昭一

「鍵穴の乙女」


御挨拶に引き続き、不肖、井中昭一に代わりまして、私、井中のイマジナリフレンド、丼中昭がジャッジのジャッジを務めさせていただきます。というのも、ジャッジの皆様の批評文を拝読した井中は、俺にはジャッジのジャッジなんてできないと弱音を吐き、あまつさえ、そんなことはできないから辞退するなどと自暴自棄になり、布団にくるまり始めたのでした。私は何とかなだめすかして評を書かせようとしましたが、臆病者の奴はうずくまったままうんともすんとも言わなくなりました。そこで私はついに、書かない方が失礼に当たるぞ、と言ってやりました。ここにいる方々はがっぷり四つに組み合う覚悟を持っていらしている、その覚悟に背を向けて立ち去るなんて恥ずかしいとは思わないのか、と言ってやりました。すると奴はボソッと、じゃあ君が書いてくれ、と残して沈黙しました。奴の貧弱な精神については呆れるばかりであります。というわけで、井中の代わりに私、丼中が書かせていただきますことをお許しください。

さて前置きが長くなってしまいましたが、まず勝ち抜けのジャッジの方について書かせていただきます。
勝ち抜けはRNオンリー・イエスタデイ様とさせていただきます。
こちら明確な基準がございまして、というのも、私もジャッジの皆様の批評を拝読いたしまして、勝ち負けをつけることの困難さに直面したのでした。ジャッジ文の熱意、そして読みの深さ、甲乙つけがたく悩みに悩んだ結果、何か一つの物差しを導入しなければ判断がつかぬという結論に至りました。というわけで、私が導入した尺度というのが、どなたが一番公平なジャッジを決勝に下せるかというものでした。その基準に照らした際、決勝進出の二作品を勝ち抜けと指定していたRNオンリー・イエスタデイ様が、この決勝進出作品の真価というものを間違いなく買っていた、そうした方が決勝の最も公平なジャッジにふさわしいのではないか、と考えました。繰り返しになりますが、ジャッジの皆様に勝ち負けをつけるという行為は困難をきわめほとんど不可能に近い苦行でございました。

では、次に採点に入らせていただきます。こちらも同じく不可能に近かったのは言うまでもありますまい。しかしながらそのような言い訳ばかり連ねていたのでは奴の二の舞になりますので、今回は加点方式を採用することによって解決を試みました。つまり、1点からスタートし、個人的に拍手を送りたい文章に出会うたびに1点ずつ加点していくという手法でございます。この手法には弱点があり、選評が長ければ長いほど有利になる傾向がございます。ご理解くださいますようお願い申し上げます。というわけで以下各ジャッジの方について触れさせていただきます。


斑目規至様

「十月の缶コーヒー」についての選評、俳句について漠然と感じていたものを言語化していただいたような気分になりました。+1ポイント。
最後の「友達」に関する論考、きわめて強度の高いユーモア論であり興味深く拝読しました。+1ポイント。

RNオンリー・イエスタデイ様

「あそこで鳩が燃えています」の選評、「これの意味するところはとどのつまり文芸そのものの否定ではないかと推察した」と書きつつ、そしてそれを勝ちに推した部分にしびれました。+1ポイント。

松本勝手口様

3点はつけないという決意表明、何というかっこよさでしょう。+1ポイント。
「不審な刃物」についての選評、実際の事件と結びつけて考える部分に、私が作品を拝読した時に感じた絶妙なリアリティについて、説明していただいたような気分になりました。+1ポイント。

水嶋いみず様

「鍵穴の乙女」の選評でシリン・ネザマフィの『白い紙』をあげていただき、寡聞にしてその作品を知らなかったので、非常に勉強になりました。+1ポイント。
評価基準が明確で、細分化したポイント表を添付していただいている、これはファイターにとって自分の作品をさらに客観的に分析できるありがたいものになっていると思います。+1ポイント。

関寧花様

「不審な刃物」についての選評、山野浩一「X電車で行こう」を引いてくださっており、なるほどニューウェーブと関連付けて読むと、また新しい読み方ができそうだ、という気づきを与えてくださいました。+1ポイント。

ササキリ ユウイチ様

「YEAHHHHH!!!!!」についての前半部分、私が読んでいた時の感情を実況していただいたような選評でした。+1ポイント。

子鹿白介様

担当外作品につきましても一口短評を書かれている、これは非常にファイターにとってありがたいことと思います。+1ポイント。
さらにそこで作品どうしの関連性について論じておられる。例えばこの大会を一つのアンソロジーと考えた際、何が見えてくるのか、そんな部分を考えさせられました。+1ポイント。


集計の結果、以下のようになりました。

斑目規至 3
RNオンリー・イエスタデイ 2(勝ち)
松本勝手口 3
水嶋いみず 3
関寧花 2
ササキリ ユウイチ 2
子鹿白介 3

最後に、この場を借りて、実作以外のほとんどを請け負うこととなった私を、常に励まし続けてくださった、井中君の御母様に感謝申し上げます。ありがとうございました。




西川口圭

「記憶に値しない人々」


【評】
ジャッジありがとうございました。と言いたいところだが、自分の作品について言えば、とにかく満遍なく点数が低く、誰からも推されてなく、かわいそうである。
「地元ではちやほやされてたけど、街に出てみたらみんな自分よりイケてた」みたいな気持ちだ。
「ごめん、好きじゃない」とフラれた時点でこれ以上何を言ったところでみっともない。でも何か言わなくてはならない(そういうルールなので)。
せっかくだから、なるべくみっともなくわめいて、ジャッジのみなさんには、嫌な気持ちになってもらおうと思う。

斑目規至
評は明快。気持ちのいい文章。文体を真似したくなる。ただ、吉田棒一「友達」についての長文は別にいらなかったと思います。こんなふうにいっぱい褒めているだけの文章を読む時間があったら「友達」を読んだ方がいいからです。

RNオンリー・イエスタデイ
変な名前の割に生真面目な文章を書く人だなあと思った。どの評にも納得感がある。ソリッドな文章。ただ、「検品」しているような退屈さもある。この人には2点をつけられているので、評されなくてよかったです。

松本勝手口
私が書いた「記憶に値しない人々」の評で、「国木田独歩『忘れえぬ人々』を意識して書かれたことは一読して明らか」とか言(ゆ)ってるが、読んだことないから!これを言(ゆ)うことで、おれの無知が白日の下に晒されるし。こういう渡部直己みたいな遣り口、ウチは好かん!
他にもどうしても必要とは思えないタイミングでルソーの『告白』やら『ハマータウンの野郎ども』やらがネームドロップされるし。かっこつけてないですか?「YEAHHHHH!!!!!」と「いつまでも手をふる」の評もマジかって感じです。「1点か5点のどちらかしかつけられないと思った」みたいなのもジャッジであることの全能感に酔いすぎ。
めちゃくちゃおせっかいかもしれないですけど、BFCにファイターで出てたことの未練があるならファイターで出ましょうよ。「わざわざ別名義を用いてまで死に場所に舞い戻ってくる恥知らずな亡霊をこれ以上増やさないこと」が「責務」とおっしゃいますが、あなた以外にそんな人あんまりいなくないですか?「いつまでも手をふる」の評とか、ファイターとしての未練が残る余り、ジャッジとしての冷静な判断力を欠いているように思えます。あなたは亡霊になるどころか、まだ死んでもいませんよ。ていうか、書き続ける限り、死なんかないです。
酷いこと書いたけど、会って話してみたらわかりあえるかもしれないので、そのときはお詫びとして飲み物の一杯でも奢りますよ。

水嶋いみず
なにやら複雑な評価基準があるらしいですが、よくわかりません。それもあってか、作品によって読解の深さにばらつきがあります。「あいはむ」や「棄子」には力が入ってますが、「誰も愛さなかったから」や「わたしが七歳だったころ」については「評者にはハマらなかった」と言っているだけに読めます。「友達」も高い点つけてる割には評の内容が薄い。作品を解体するための手持ちの道具が少なく、素手で取り扱っている印象です(松本勝手口は要らない道具を使い過ぎ)。
あと、作品が発表されたあとでTwitterフォローされたんですが、素行を見られてるみたいで落ち着かなかったです。ある著者の「自分は優勝する予定なのに打ち上げ行けないよ」的な投稿に「では落として差し上げねば。(うそです)」と引用していたのも、引きました。冗談でもそういうことは言わないものです(だってあなたには実際に低い点をつける権力があるんだから)。こうやって素行を見る陰険な人もいるので気をつけてくださいね。あら、こんなところに埃が溜まっていてよ。

関寧花
評については、この方特有の美学を感じられてよいです。「せっかく思い切り吸うなら脱法のビーチであってほしい」とか「読み手の私が欲したのは、はだしの足の裏が土を踏む感触」とか、作品がより良いものになる可能性を見出してくれています。ただ、いかんせん点の付け方が保守的すぎる。芥川賞の選評で、堀江敏幸が美しい文章を書くけど結局なにを上げてて、なにを下げてるのかわからないのと似てます。嬉しくない3点をいただきました。

ササキリ ユウイチ
作品内からフレーズを取り出して、それを根拠に作品全体を切り崩していく手法が、性格悪いけど、かっこいいです。ただ、長くて読むのがしんどいのと、一人称を「ササキリ」という自分の名字にしているのがYAZAWAみたいで嫌です。したがって、西川口はササキリ ユウイチを3点とします。

子鹿白介
読解の際に作品同士を関連させるというのが、とてもありがたく感じました。評価の低い作品も浮かばれます。これは他の人にはあまりなかった視点だと思うので、勝ちとしました。「生徒から人気がある学校の先生」って感じのジャッジです。文句を言いづらい。

【採点】
斑目規至 4
RNオンリー・イエスタデイ 3
松本勝手口 1
水嶋いみず 2
関寧花 2
ササキリ ユウイチ 3
子鹿白介 4

【勝ち】
子鹿白介



和泉眞弓

「棄子(きし)」


ジャッジそれぞれの良さがあり悩んだ。悩んだ末に、下記の軸を設けることにした。

「評価を述べるにあたり、批評性が感じられるもの。かつ、作品の美点、作者の持つ能力及び可能性をみいだそうとする目を持って評価したもの」

を高評価とした。自作への評価は上記のものさしの一つとして用いた。


斑目規至 4点

技倆重視だが技倆以外の固有の魅力も拾う目がよい。作者の今後の可能性についても目配せされている。自作への評価は技術面への指摘には納得できる。一方、一つの仮定の上で「いかように言ってはいけない」という強い言葉を用いている。いいぶりのためらいのなさが自身への批評性としてどうかという点で評価軸に少々ひっかかる。なお、最後に磯崎氏吉田氏へ追加メッセージを送らないでいられないさまには、胸が熱くなった。


RNオンリー・イエスタデイ 2点

勝ち抜けを推す理由に説得力がある。ほか、評を読んで読みが広がったものがいくつもあった。一方、全体的に評が薄味な印象は否めない。個人的に気になった点を挙げているが、それを作品の瑕疵と捉えてよいかについてもう一段階吟味する動きが見えなかった。


松本勝手口 2点

何を考えながら読んだか、について明らかにしながら評をすすめていき、そのプロセスに読み手が伴走する。固有の軌跡で深く潜り、知らない海底へと連れていってくれる。作品を松本氏がどう読んだかについてはよく伝わった一方、作品や作者の可能性をみいだそうとする姿勢があるかという点ではわたしの評価軸には合致しなかった。


水嶋いみず 4点

評文であるが、筆致がどこか生き生きとしており読み物として楽しい。作品の美点を見つけそれをあまさずに感じることに秀でている。自作の評価については感謝しかなく、ことが単純でない点に言及してくださったのが特に嬉しい。一方、作品の評価を差別化する根拠(特に、マイナス面の根拠)に乏しいのは否めない。


関寧花 4点

こちらもどう読んだかを追体験する形の評。いつまでも読んでいたい、流れるようなまばゆい文章。解像度の上がる細やかな読みが光る。自身のアティチュードと異なる要素にも自覚的に評を置いている。指摘点にも筆を割いており好感が持てる。ただ、指摘が、〜してほしかった、という読者としての要望にのみ映る点は、もう少し批評性があって良いと思う。


ササキリ ユウイチ 5点 ⭐︎勝ち

美点と傷を合わせて総合評価する形の評。ことばへのこだわりを隠さない。日本語をどう組み立てるかについて、その美しさや瑕疵について、とりわけ緻密な意識があり、評価軸の一つとなっている。また、作家の未来についての視点もある。自作については、国語力の評価を嬉しく思った。ササキリ氏のことばにこだわった美点と傷のチョイスは独特であり、そのものさしが必ずしも賛同を得られるものかどうかはわからないと思う。個人的には応援したい。よって勝ちとします。


子鹿白介 4点

緩急自在の語りにイメージが喚起され、読んでいて心地よい。視点にバランスのよさがあり、安心して読める。そして全作に短評を寄せてくださったことに心から感謝したい。他の作品との繋がりを想起させる力が一つの基準になっているのは、若干疑問を持った。しばしば我々は時代を捉えた複数の良作の間に呼応があるかのような経験をするが、それとは別に、今回は評者の連想の域を出ないように思った。




鯵野三志美

「十月の缶コーヒー」


【はじめに】

ファイター26人分の『ジャッジをジャッジ』を合わせるだけでも大変な文量になると思うので、なるべく簡潔に書きたいと思います。

【ジャッジをジャッジ】

・斑目規至

今回のジャッジの中で際立って個性的な文が書かれている点が高評価の対象となった。が、あまりにもセミプロかのように言葉をうまく使いこなせすぎている点が気になったので、マイナス一点。4点

・RNオンリー・イエスタデイ

ジャッジの中でゆいいつAグループBグループの推しが決勝にそのまま進んでいるので、決勝ジャッジに相応しいとも言える。ジャッジの文がもう少し対象作品に踏み込んだものでもあってよかったかもしれない。3点

・松本勝手口

対象作品への踏み込んだ熱量と作品に沿ったニュートラルな記述のバランス感が心地よく感じられるジャッジ文だった。随所に書かれた「エモい」記述が必要だったのか気になってしまった。4点

・水嶋いみず

はじめに評価基準をはっきりと提示してるだけあり、なるべく対象作品に沿って書かれたきわめてジャッジらしいジャッジ文という印象を受けた。文そのものに無理がなく、それでいて私性も感じられたので高評価。5点

・関寧花

冒頭のトーキング・ヘッズの曲が流れるくだりからもっと私性が溢れたジャッジが読めるのかと期待してしまったが、ジャッジに臨む際の姿勢(「なにをどう評価するか」等)が固定できていなかったからなのか、後半につれキレを失ってしまったように思えた。2点

・ササキリ ユウイチ

もっとも作中の文を引用したうえで、自身の読みを提示したジャッジとなり、文そのものも微に入り細に入り作品を読み込んだ跡が見られ、それだけ真剣度も伝わった。決勝ジャッジでも異論はない。5点

・子鹿白介

おそらく限られた枠の中で文を書くという作業においてはかなり手練れの書き手なのではないか。作品の読みもそれを記述する際の言葉使いも無理なく、安心して読めるジャッジ文だった。が、BFC6というこの一回性の催し(お祭り?)の決勝ジャッジに相応しいかといえば、新聞に載る書評っぽいその“安心感”が相対的に低い評価に繋がった。3点

【結論】

ジャッジとしての役割を全うするように抑制的な文を書きながら、かつ文中にもっとも覚悟と熱を感じられた水嶋いみず氏を決勝ファイターに推します。

【終わりに】

今回読んだすべてのジャッジが自分には到底こんなものは書けないと思うに充分な文章でした。なので、偉そうに『ジャッジをジャッジ』してしまって気恥ずかしいです。毎回ですが、BFCはジャッジありきの大会だと思うので、改めてこの7名の方々に敬意を表します。みなさま、本当にどうもありがとうございました。




磯崎 愛

「診断されない病い」の話しをするためにここに来た。


「ここに来てよかった。」 磯崎愛
 
 四年前、あるオンライン懇親会に参加した。途中、重い難病の診断を受けた直後の中年男性が飛び込んできた。単身赴任で妻子に連絡を取るに取れず、今後迷惑をかけるなら首を吊ろうとして出来ず、病気の情報を探してこの懇親会に辿り着いたと泣きながら話す彼に、命に別状はないとわかったばかりの自分は何も声をかけられなかった。他の参加者は自身の経験から病院や会社、そして家族への対応、保険の話しなどした。その男性はいつしか泣きやみ頭がごちゃごちゃだったのがすっきりしたと言って、懇親会はおひらきになった。今でも、あの時の己の至らなさを思い出す。
 拙文に対してのリアクションへの感謝を、ここでは敢えて記さない。障害を持つ者とそうでない(可能性のある)者の不均衡、つまり己の苦痛を理解して「もらいたい」と一方的に願わなければならない者の不断の努力、さらには口にすることすら叶わない者の悲嘆について、文章を書いて発表することができる者たちは常に心に留めておくべきだと考える。
 いっぽう我ながら甘えているのは百も承知だが、「ブンゲイ」に親しむひとたちなら、拙文をもっとよいものにするための具体的なアドバイスをくれると期待していた。ハンセン病文学や作家の闘病記等に比べて全然なっていないと、こういう創意工夫をすればよいと、文芸の強いちからに導かれるのを待っていた。重ねて言うが、客観性のある他者の視点から見た瑕瑾、今後のヒントなどを教えてほしかった。今の自分、いわゆる「当事者」にそれはなかなか困難だからだ。
 代わってここで与えられたのは、いつまでも眺めていたいほど親身であたたかな言葉の数々だった。それに救われたのは紛れもなく事実で、本当に何度も涙を流しながらも、そういう己を含めて素朴(ナイーヴ)に過ぎるとも考えていた。
 言葉なぞ、関節を押し潰し肌を灼く、いつ終わるとも知れぬ痛みの前では何の役にも立たないと知ってしまった。
 この世には、言論を弾圧し人間ですら躊躇なく焼くものたちがいる。
 ほんの少し行政が見える場所に潜り込むだけで「自助」と「共助」に何でも押し付ける様子がうかがい知れる。僕は首を吊ろうとするひとをもう二度と見たくない。痛みで寝たきりで自裁するしかない未来を想像したことがあるからこそ、誰もがあんな告白をしなくていい世界を望んでいる。
 あの場に辿り着けないひともいるだろう。そのひとたちと出逢う言葉も探している。
 ここに来てよかった。少し、「届く」とわかったから。
 
 
 さて、ここでよっこらしょと革甲冑的なものを脱いで素に戻る。根が真面目なよい子ちゃんなので(自分で言うな!)、道場破りみたいに推して参った僕(ここへ来た。だからね)を温かく迎え入れてくれたみなさんにお礼以外を言うの、わりとマジでしんどいよ。
 ジャッジをジャッジ、けっこうなストレスだったね。でも言わない選択肢も選べないんだよ、真面目だから!(つらい)
 疲労困憊なので、個別の評はときめいたかどうかを指標にした。なお文章に点数をつけるのが生理的に嫌すぎたので戦いの場に相応しくないが全員同点とした。拙作自体、BFCとしては何やら異物めいていたようなので許されたい。
 
斑目規至 5点
RNオンリー・イエスタデイ 5点
松本勝手口 5点(勝ち抜け)
水嶋いみず 5点
関寧花 5点
ササキリ ユウイチ 5点
子鹿白介 5点

・斑目規至さん
 まず経緯説明の親切さに1キュン、ジャッジの全体像を掴めるようにしてくれたのは本当にありがたかった。つづいて「うまくいわないまま書いて、伝えた。それが強さ」に2キュン、「年長者の語りもあったら徹底的」に3キュン、「危なっかしくて」に4キュン、「『友達』の達成」の話しで5キュン。他にもキュンキュンした。応答、心に深く染み入りました。

・RNオンリー・イエスタデイさん 
 「()を付けた理由」について頷きまくり。なおかつスマートでわかりやすい文章にわくわくしながら読んだ。そのためこの調子で書いてくれているかと胸を高鳴らせて拙作の評を読みにいきショボンとした。評に値しないと思われたなら致し方ないが、お茶を濁されたと感じてしまった。ビシバシ言われたかったな。

・松本勝手口さん
 語り口の朗々としたエンターテイナーである。決め手となったのは『いつまでも手をふる』の評だ。自分も「書き続けてくれ」と願ったし、作中人物だけでなく、これを読むすべての人への熱い語りかけに聞こえた。作品を評しながらそこに留まらず、書く人と読む人を巻き込んで世界を変えていく訴えのつよさに歓声をあげたくなるほどときめいた。よって勝ち抜けとする。

・水嶋いみずさん
 はじめに基準を示してくれてうれしい。丁寧な説明でジャッジ文自体に不慣れな人間にもわかりやすい。『十月の缶コーヒー』の読みにたいへん助けられ、『砂を送る 川柳二十句』のそれに首を捻りながらも、自分は持ちえなかった発想で作品にペーソスを覚えてキュンとした。たくさん色んな読みを見せてほしい。
 
・関寧花さん
 『畜魂機についてお話しします』の読みにより、それまでは未来の博物館の学芸員的なものかと思っていた語り手が300年以上生きている「邪悪」な上位存在としてきゅうに立ち上ってきて、ギュッてなった。ギュッ。『ひとりじゃないなら』の「そういう体温がもっと欲しかった」に完全同意。わかる~と握手したかった。
 
・ササキリ ユウイチさん
 そこここで、僕もそう思いました!てなりながらふむふむと読んでいて、実は個人的な経験により一番胸に残った『YEAHHHHH!!!!!』について、「この長さに対してのパンチラインの数が足りない」と言われて急激にワカラセられてきゅーーって胸がしぼんでからふいにアガった。よい後味でした。その他も明晰なジャッジでもっと読みたかった。

・子鹿白介さん
「他作品の読み解きを広げ、寄与したことも加点」する心意気が素敵でキュン。いっぽう文字数制限のためか散漫な印象を受けて功を奏したか疑問もあった。しかし比較することにより再読を促されもした。また『鍵穴の乙女』の歪みについて「歪んでいることそのものが本来のかたち」とするところや、『誰も愛さなかったから』の語り手を「静かで愛嬌がある」と評するあたり、対象を慰撫し寄り添う評者のやさしさを感じてキュンとした。




太代祐一

「砂を送る 川柳二十句」


・斑目規至(4点)

個々の作品が「技芸」としてどこまで達成しているか、もしくはしていないか、評価が説得力を伴って書かれていて読み手である私は頷くことができました。

・RNオンリー・イエスタデイ(3点)

評者が作品に要求することがらを支える理由が判然としなくて、その点に歯がゆさを感じました。

・松本勝手口(4点)

作品において納得できない点をしっかり書かれているのと、語り口が惹きつけられるものであったため、好印象でした。

・水嶋いみず(5点)

知識に裏打ちされた読解が嫌味なく読めました。そして、そんな読みができるのかと目を開かされた感覚を最ももたらしてくれる文章でした。

・関寧花(3点)

作品に対して覚えた感触を、飾り気のない言葉で素直に伝えているところが美質だと思いました。

・ササキリ ユウイチ(3点)

評者の美意識が評の文章そのものに色濃く表れていて、その点は読みごたえがありました。

・子鹿白介(4点)

評者の読み解くことへの熱量が伝わってきて、ジャッジとして参加してくださって、素朴なうれしさを抱きました。


・勝ち

水嶋いみずさんを推します。




文月悠光

「すべての庭のために」

私のジャッジ方針について、まず軽く説明させてください。
個々の作品にどのような美点や欠点を見出したか。私自身の好みと相違があっても、その主張に説得力を感じたかどうか。
加えて、既存の文芸時評や文芸誌に近い価値観も避けたいという思いがありました。
賞の対象となる中編小説が中心の文芸誌に対して、短篇を競わせるBFC。その対照的な在り方が、私は面白いと思っています。そこに意識的かつポジティブな姿勢の方を決勝ジャッジに選びたいと考えます。
 
斑目規至 3点
作品の解釈は自分と明らかに違うし、後半は冗長に感じる部分もあったが、最終的に必要な長さだと思えた。誠実に作品と向き合った結果だと思う。何より、吉田棒一「友達」への分析に説得力を感じた。
 
RNオンリー・イエスタデイ 4点
かなり的確。作品を読みながらぼんやり引っかかっていた部分が、続々と可視化される。痒いところに手が届く。
おそらく作品紹介や解説の書き手として、すでに技術をお持ちの方。
だから他のジャッジの方々のように「わからない」とは口にしない。既存の文芸時評の形に近い。それゆえに、もう少し個人的な凸凹も欲しい。
 
松本勝手口 5点(★勝ち抜け)
「3」を禁じて敢えて自分を追い込み、作品内容に深く踏み込んで言及する姿勢に好感。
紙文「いつまでも手をふる」評など、自分自身を登場人物に重ねすぎの感もあるが、むしろこの熱がいい、と思った。
熱でそのまま突っ切るのかなあと思ったら、国内外の文学・人文書を広く読んできた素養も。「不審な刃物」の読み方、好きです。読んでいて楽しい。一作一作に対してコストがかかっていて、また読みたくなりました。
 
水嶋いみず 3点
評価基準を細かく設定することで、どの作品からも美点を見出そうとしている。破綻がない。
(個人的には、自分が感想を残すときにも近い書き方をするので、親近感を持ちました)
「〜かもしれない」「〜だろうか」といった着地が多く、気持ちはわかる(すごくわかる)のだが、今回はジャッジなので、もう少し思い切った判断を見たかったところ。
 
関寧花 2点
ご自身の読み心地を率直に伝えてくれる、作者にとってありがたい評ではあるものの、「自分はどう受け取ったか」という域をなかなか出ないため、少し退屈さを感じました。
おそらくですが、ご自身の書きたいものや目指したいものが明確にあって、その中で判断されている気がします。今回のジャッジでは、一番作家寄りの方だと思いました。ファイターのお姿も見てみたいです。
 
ササキリ ユウイチ 1点
「傷」と言われる箇所に首を傾げてしまった(すみません。以下は拙作への評を除いての感想です)。詩歌の言葉選びの厳密さから見たときに、小説の文章は甘く感じることが多い。しかしそれは傷ではなく、言葉にのせるべき情報や優先度が違うからではないかと思う。主語がねじれたような、奇妙に思える書き方にも作家の狙いがある。作家の狙いに対してもう少し素直に身を任せてくれる方がBFCジャッジとしてはありがたい。しかし分析的な、あえて普通に読まない方向を探るような、レポートや論文形式なら、この形でもハマると思う。
 
子鹿白介 5点
他の候補作品と結びつけながら読む視点が多くて新鮮でした。作品が交差する読み方はBFCならでは。バランスも良く、説得力がある。
この評のおかげで、春泥「誰も愛さなかったから」の良さが理解できました。
 
採点まとめ
 
斑目規至 3点
RNオンリー・イエスタデイ 4点
松本勝手口 5点(★勝ち抜け)
水嶋いみず 3点
関寧花 2点
ササキリ ユウイチ 1点
子鹿白介 5点




結城熊雄

「園部さんのこと」


さま、この度は拙作を読んでいただき、またジャッジしていただきありがとうございました!僕の評価の基準としては、ジャッジがいかに平等に評価しているか(そう感じるか)に焦点をあてています。あくまでも僕の印象ですので悪しからず。
 
斑目規至(2点)
RNオンリー・イエスタデイ(4点)
松本勝手口(4点)
水嶋いみず(5点)
関寧花(4点)
ササキリ ユウイチ(1点)
子鹿白介(5点)★勝ち★
 
斑目規至
自分用のメモをそのまま書いたような評で、すみません個人的には読みづらさを感じてしまいました…。もちろんブンゲイに対する愛と熱量はひしひしと伝わってきました。きっと許すことならいつまでも書き続けてしまうのだろうというような。
 
RNオンリー・イエスタデイ
端的でわかりやすかったです。一人一人の評が長いわけではないのに、その中でハッとさせられるような考察があり、参考になったとともにとても楽しめました。また、文章量もうまく調整しており公平にジャッジしようという思いが感じられました。
 
松本勝手口
3点をつけないというのは勇気がいると思いますがジャッジとしては素晴らしい。キングオブコントで他の審査員がほとんど同じ点数ばかりつける中、ちゃんと点差をつける東京03飯塚さんを思い出します。しかしそのせいか採点基準に若干ブレがあるようにも見えました。
 
水嶋いみず
最初に明確に基準を示している点がよいです。その評価軸に乗っ取って平等に評価している印象がありました。点数を低くつけている作品でも、?の部分の指摘だけではなくその作品の良さを探そうとする努力が見受けられ好印象でした。
 
関寧花
良い悪いで語るというよりも、どちらかというと自分はこういう風に読んだという思考の流れを中心に書かれていて、頭にすっと入ってくる感じがありました。ひとつひとつしっかり分量があるのにサクサク読めてしまうのはそのおかげだと思いました。
 
ササキリ ユウイチ
申し訳ないですが、一読した印象で語っているのではないかと感じました。良いと思った作品の深堀や考察はすばらしいですが、わからないと感じる作品に対してはなにがいいのかをもう少し考えてみた方がよいのでは。傷も見方を変えれば美点になるかもしれません。
 
子鹿白介
作品のいいところを焦点に当て、言葉を丁寧に選んでいるようで好感が持てました。加点方式なので全体として読んでいて心地がよいです。随所に子鹿さんのやさしさが溢れ出ていました。賞レースと同じで美点に着目する方が盛り上がると思い、子鹿さんを推します。 


Bグループ




春泥

「誰も愛さなかったから」


ジャッジのジャッジを、以下の基準に従い行った。

評価:高↑
・各作品への評価が自分と同じ、あるいは近しい
・自分とは異なる評価だったとしても、評により重大な気付きがあった

評価:低↓
・重要な部分で同意しかねる

【各ジャッジに対する評価(5点満点)】

3 斑目規至
3 RNオンリー・イエスタデイ
2 松本勝手口
1 水嶋いみず
5 関寧花
2 ササキリ ユウイチ
5 子鹿白介 (勝ち) 

私は自分の書いた作品が大好きなので、自作を高く評価したジャッジを勝ちとするのは当然である。ただ、自分とは異なる意見の方が主流だという現実は概ね受け入れているつもりで、厳しい批評もありがたかった。

しかしながら、拙作「誰も愛さなかったから」に対するジャッジ水嶋の「ただ一般には、淡くて深みに引きずり込まない幻想小説というものを好む人の方が多いのかも知れない。」という一文は捨て置けないため、殴り返しておこうと思う。

評の最後で唐突に「淡くて深みに引きずり込まない幻想小説」の大勢の読者が提起され驚いたが、こういう場合、一般論にすり替えたジャッジ自身の本音と考えてよいだろう。即ち、この種の深みに欠けた幻想文学でも好きな人は結構いるのかもね私は全然評価しないけど、と。これは、ただの悪口。批評と悪口のの違いは何か。拙作を「淡くて深みに引きずり込まない幻想小説」と明らかにネガティブな文脈で語るのは批評の範疇だが、それを拡大して多くの幻想小説ファンにまで適用したらば、悪口。私は幻想小説ファンで、恐らくジャッジ水嶋が「淡くて深みに引きずり込まない幻想小説」として低い点をつけるような作品も含めて好きである。だが自分を「淡くて深みに引きずり込まない幻想小説」のファンだとは思っておらず、そんな呼ばれ方をされるいわれはない。私はジャッジ水嶋には見えないものを見ているのであり、無理に同じものを見よとはいわないが、入口で引き返すあなたを尻目に、深みに向かって踏み出す読者の存在を一切想定しない上記の発言は、驚くほど傲慢である。

恨み事はこのくらいにして。
そもそも文学は、読み手が自由に解釈してよいものだ。だから自作への評にも、これが正解というものはない(ついさっきまで切れ散らかしていたのは、あくまでも読者としての私だ)。とはいえ、このように読んでもらえたら嬉しいという作者なりの感情はあり、ジャッジ子鹿の評を読み終えた後には「噓でしょう?」と思わず声が出るほど、嬉しくて涙ぐみさえした。俯瞰的視野から個々の作品(点)を結び付けて、新たな見方を提示し、いっそう興味深いものにするという評価の手法にも感服した。決勝戦でどのようなジャッジをするのか見たくなり、ジャッジ子鹿を勝ちとした。

ジャッジ関寧花の「畜魂機についてお話しします」評、「蓄音機に対して「畜」魂機の表記」が異なるという指摘にはっとした。拙作に対する「きっとハッピーエンドなのだろう。」という評も嬉しかった。詩歌が全くわからないので、俳句の評を「ほおお」と頷きながら読んだ。

ジャッジ斑目、トップバッターということで「全体のここまでの経緯」を説明、ありがたい。
ジャッジRN、「友達」が3という評価に共感。
ジャッジ松本、「棄子(きし)」が1ですか、えええええ。 
ジャッジササキリ 私のイチオシ「みっちゃん」の2には同意しかねる。

「綴る躰」が強いことは予想通りであった。とはいえ、技術点のぶっちぎりの高さや完成度に比べ、この特殊な語りで綴られるのは、ほんのりヘンタイ染みた(バ)カップルの戯れの記録である。田山花袋「布団」を読んだ後のようないたたまれなさを覚え、苦手な作品であった。構造の見事さと釣り合わない些末で超個人的な物語、そのアンバランスさは魅力にも瑕にもなるはずで、評価にばらつきが出れば面白いと密かに期待していた。その結果、ジャッジ子鹿とジャッジ関への評点が高くなり、ジャッジ水嶋に振り上げた拳をそっと仕舞う。

ある作品への評価が高くなかったことを好意的に評価するとは我ながら性格が悪いと思う。「友達」の評価の高さにある種の危機感を覚えるのは、これが26作品中で最高得点を獲得し、もしかしたら「綴る躰」を破って決勝に進出していたかもしれないからだ。いかにも強そうな「あいはむ」や「あそこで鳩が燃えています」でさえ、ほぼ満点で勝ち抜けとはいかないなかで、面白いが、驚愕の結末が用意されているわけでも、バカSFとして突出しているわけでもない作品を、7人中4人のジャッジが5点としたのは異様ではないか。ぼり彦か。この作者だから凄いに違いないというバイアスがかかっているようにも見え、あるいは、部外者には理解できない内輪のジョークなのだろうか。あくまでも総合的に見るとちとへんではないか、という疑問であり、「友達」を熱く支持する個々のジャッジがおかしいという話ではない。一読者ではなくジャッジであるならば、少し落ち着け、とは思うけども。
 
以上、決勝ファイターの選出結果に不満はないぼり。




伊藤なむあひ

「畜魂機についてお話しします」


 今回、伊藤なむあひがジャッジのジャッジ(通称ジャッジッジ)を行うにあたり第一回ブンゲイファイトクラブで自分が使用した基準を採用することとした。なおbfc運営からのメールにより採点は5段階(数字が大きいほど良い評価)とする。

a.採点の基準が明確か(配点2)
b.対象作品を読みたくなるか(配点1)
c.芸になっているか(配点2)
*自作含み一回戦の各作品へのジャッジによる評価と採点は上記の配点に影響しない
*オール0だと合計0点となり6段階評価にになってしまうがそれはないと信じる

 cについてだけ説明する。
 ブンゲイファイトクラブは小さなリングでファイターとジャッジがぽかぽかやる。トムとジェリー風に言うならば仲良くケンカする。もちろん武器として使用するのは作品であり、つまりは言葉だ(余談だがときには運営や観客もリングに上がることになるのは、その全員が等しく言葉を使うからである)。なので当然、ジャッジの言葉も芸であり一つの作品であるべきだというのがこのcの意味だ。
 第一回のときはbが2点、cが1点という配点にしていたが、今回はそれを入れ替えた。理由は上記の通りだ。ではさっそく各ジャッジをジャッジ、つまり、ジャッジッジしていく。

・斑目規至
 各作品の良い点を挙げている。また、こちらが作品を読んだときに気付かなかった読みも提示してくれている。反面、例えば両眼洞窟人間氏の作品に対する評などでは著者の高揚は伝わるものの曖昧な評価になってしまっていることが気になった。自身と作品を結びつける文章も多く見られ、蛇足と感じつつもジャッジ文に魅力を生み出しているのも確か。
a.採点の基準が明確か…1
b.対象作品を読みたくなるか…1
c.芸になっているか…1
 合計3点

・RNオンリー・イエスタデイ
 両グループの勝ち抜け作品に対しての明確な評価の理由、またそれ以外の作品に対しても端的な評を記している。評価基準が明確であるが、作品の魅力を伝えるという点では弱く、このブンゲイのお祭りのジャッジとしてはやや物足りないと思ってしまった。
a.採点の基準が明確か…2
b.対象作品を読みたくなるか…1
c.芸になっているか…0
 合計3点

・松本勝手口
 3点はつけないという冒頭の宣言に非常に好感を持った。また、低い点を付けた作品に対しても高得点の作品と同等かそれ以上の熱量を持って理由を説明している点も良い。小説に限らず映画など別ジャンルからの援用も知識の幅広さを感じさせる。自らを『BFCの亡霊』と呼ぶくだりはあまりにも著者がジャッジ文の前面に出過ぎだとは思うが、それを加味しても読み物としての面白さがあった。
a.採点の基準が明確か…2
b.対象作品を読みたくなるか…1
c.芸になっているか…1
 合計4点

・水嶋いみず
 小説のみならず詩歌にも細かい部分までの読みを示しており採点の基準も明確。が、唯一太代祐一氏の川柳に対する評だけが曖昧なものになってしまいブルース・リーのセリフからの引用もややがっくりきてしまう。苦手分野はどのジャッジにもあるだろうしそれが当たるという不運もあったと思うが、他の作品の評が良かったこともありこの部分がどうしても目立ってしまった。
a.採点の基準が明確か…2
b.対象作品を読みたくなるか…1
c.芸になっているか…0
 合計3点とする

・関寧花
 冒頭の一文で、やや読者を置いてけぼりにしていないだろうかと心配になる。トーキング・ヘッズを脳内再生できる読者は限られるからだ。ジャッジ文が自分のなかで完結しているようにも見えるところがあり、評価の基準が曖昧に感じられる。ただ「深い森の中に〜」の評において見せるようなイメージの喚起力があり、このジャッジ特有の景色を見せてくれる点が面白かった。
a.採点の基準が明確か…0
b.対象作品を読みたくなるか…1
c.芸になっているか…1
 合計2点

・ササキリ ユウイチ
 文章の読みにおいて最も細かく、最も信頼できるジャッジだと感じた。僕が読んでいて違和感を感じたりなんとなく良いなと思って終わりだった部分に対して、「え、ここまで掘るの?」というところまで掘り下げており、その執拗なまでの読みが芸になっている。弱点としては文章全体への掘り下げの深さが目立ち小説への添削のように思えてしまうかもしれないところがあるが、そのような傷は圧倒的な美点の前では無いに等しい。僕はこのジャッジの前に自分の文章を晒すのが恐ろしいし、この人の文章をもっと読みたいと思う。その意味で伊藤なむあひは、ササキリ ユウイチを決勝戦のジャッジに推す。
a.採点の基準が明確か…2
b.対象作品を読みたくなるか…1
c.芸になっているか…2
 合計5点(★勝ち抜け)

・子鹿白介
『作品同士の競い合いだけでなく、他作品の読み解きを広げ、寄与したことも加点としてあります』という発想が面白い。ジャッジには自分にはなかった読みを求める。各作品への評にそれは確かにあったが、ジャッジ文全体から曖昧さや自信のなさが感じられどうしても没入することができなかった。
a.採点の基準が明確か(配点1)
b.対象作品を読みたくなるか(配点0)
c.芸になっているか(配点1)
 合計2点

 最後に。ジャッジとして作品を評するということは、僕を含むほとんどの人間が気が付かない読みや視点を提示できなくてはいけない。今回ジャッジのジャッジをさせていただいた7名は皆が皆、少なくとも僕が読めなかった部分を提示してくれており、どの文章も楽しく、ときに怖くなりながら読ませてもらった。
 そんななかで誰かを決勝戦のジャッジに推すということは、どうしても比較し、優劣をつける必要が出てくる。どのジャッジの方も真摯に作品と向き合い言葉を尽くしてくれたなかであれこれケチをつけるようで申し訳ない気持ちがあったが、えいやっと楽しくケンカさせてもらったつもりだ。
 ファイターもジャッジも読んでくれた人たちも、普段は全然交わらない方が多くそれが年に一回のこのブンゲイファイトクラブでわっと集まりぽかぽかやり合うことを僕はとても愛しく思っている。願わくばまた来年も、できればリングの上で会いたいね。おしまい。




藤崎ほつま

  「綴る躰」


斑目規至 4点
RNオンリー・イエスタデイ 4点 勝ち抜け
松本勝手口 3点
水嶋いみず 1点
関寧花 2点
ササキリユウイチ 3点
子鹿白介 2点

前回と前々回、ファイターとして出場した際(BFC3および4)と同様に以下のように判定した。
①拙作「綴る躰」への各氏の点数を「基準値」とする。
②私が採点した他のファイターの作品への点数から、各氏が付けた点数を差し引き、各作品毎に絶対値を取得。
④それを合計して全作品で割り(切り捨て)私の評価との「差異値(平均)」とする。
⑤ ①「基準値」から④「差異値」を差し引いた点数を各氏への評価点とする。
※この判定方法では拙作「綴る躰」への評価が高いジャッジが有利になるが、当然だよね!
今回は全26作品が対象となったので、点数がばらけて比較しやすい結果となった。
斑目規至が4.2点、RNオンリー・イエスタデイ氏が4.3点のため、RNオンリー・イエスタデイ氏を勝ち抜けとする。
毎回、この方法で手を抜いているようだが、ジャッジ文を全て読んだ上でも、全然違和感のない結果になるので、かなり信憑性は高い。
この判定方法は、私の他ファイターの作品に対する採点と、ジャッジの採点が、より近しい者が高得点になる仕組みである。 つまり私と趣味の合う人(気持ち悪い表現で申し訳ない)が勝ち抜けるため、比較対象たる私の採点が必須となる。
前回は5作品での比較だったので、寸評も付けてみたが、今回は26作品(拙作は省く)のため、点数のみを公開することにする。 一応、全ての作品に寸評を書いたのだけれどもね。長々しいのは嫌なので割愛。

中川マルカ「あいはむ」 5点
深澤うろこ「あそこで鳩が燃えています」 4点
両目洞窟人間「YEAHHHHH!!!!!」 3点
紙文「いつまでも手をふる」 3点
吉美駿一郎「遅かれ早かれ」 3点
井中昭一「鍵穴の乙女」 2点
西川口圭「記憶に値しない人々」 2点
和泉眞弓「棄子(きし)」 4点
鯵野三志美「十月の缶コーヒー」 4点
磯崎 愛 「診断されない病い」の話しをするためにここに来た。2点
太代祐一「砂を送る 川柳二十句」 3点
文月悠光「すべての庭のために」 3点
結城熊雄「園部さんのこと」 2点
春泥「誰も愛さなかったから」 3点
伊藤なむあひ「畜魂機についてお話しします」 3点
永瀬 辻「天蓋に貼り付く」 1点
吉田棒一「友達」 4点
由井 堰「トランクルーム」 4点
和生吉音「ひとりじゃないなら ─ Neanderthal girl meets CroMagnon boy ─」 1点
若山香帆「深く暗い森のなかにあらわれては消える湖があった それはわたしの湖だった」 3点
大竹竜平「不審な刃物」 2点
岸波 龍「窓」 3点
岩月すみか「まゆ子なんか嫌い」 2点
飯野文彦「みっちゃん」 2点
酒匂晴比古「わたしが七歳だったころ」 4点

この「ジャッジをジャッジ」、本当はファイターとジャッジの戦いの場になるはずなのに、私の場合だけ何故か、私と他のファイターとの戦いの場になってしまうのである。
そして毎回言っているが、私はジャッジには全く興味がないのである。
ただ、今回、ファイターとして優勝したなら、ジャッジでの優勝も狙いたくなるので、以降はジャッジとしてこのイベントに参加するかも知れない(しないかも知れない。面倒なので)。
優勝できなければファイターのまま継続。
以上、藤崎ほつまでした。




永瀬 辻

「天蓋に貼り付く」


私はジャッジ文を「お気持ち表明」でも「作品」でもなく「批評」として読みました。批評の王道プロセス「分析→解釈→批評」のどこに注力し、どこでつまずいているのかをなるべく意識したつもりです。
また、応募文も評価の参考にしています。
 
斑目規至 3点
応募文の印象はかなり悪かったのですが、ジャッジ文は割と好みです。分析能力が高いと思います。作品を各要素に解体し、注目すべき要素とそうでない要素を的確に選別する力を感じました。ただ、解釈がややおざなりなまま批評に走っているように見えました。BFCウケは良さそうですが、余計な情報も多いですね。この少ない文字数では批評の精度を不用意に下げているだけだと思うので、長い評論を読んでみたいです。
 
RNオンリー・イエスタデイ 3点
作品のことよりも「俺」の内面の方が強く伝わってくる応募文の印象は最悪でした。でもジャッジ文は好きです。テクストの分析は最小限ですが、解釈→批評の流れがスムーズだと思います。シャープな文章から要点が簡潔に伝わってきました。あと、拙作をジャッジしていただきありがとうございました。酸素問題、ちゃんと「彩林」「彩林警護」ってヒントは出したつもりでしたが、さすがに無理あったか。
 
松本勝手口 5点
応募文は作品批評・総括としてきちんと読めるので好きです。ジャッジ文ですが、豊富な知識と興味深い問いの立て方が魅力だと思いました。新しい読みを提示する能力もあり、しかもみんなが感じていることも鋭く的確にまとめてくれる万能タイプという印象です。基礎的な批評能力が高いのだと思います。羨ましいですねー。最後に、私は普通に1点より3点の方が嬉しい。
 
水嶋いみず 3点
応募文について。これは単なる決意表明ですね。これだけではジャッジの能力・適性を読み解けないので、ジャッジの選考には疑問があります。私が選考なら真っ先に落とす(失礼な意見申し訳ございません)。しかし、6つの基準やジャッジ評は素敵でした。挙げている議題が分かりやすい。丁寧に作品を分析し、解釈している証左だと思います。批評の根拠もきっちり伝わりました(上手く読めなかった作品への白旗もめっちゃ伝わりました)。等身大で信頼できます。
 
関寧花 1点
応募文もジャッジ文も読書感想文型だと思いました。他ジャッジにも共通しますが特にこの方に見受けられる点として、分かりにくいものや曖昧なものを「〜だろうか」と放置しないでほしい。例えば、「記憶に値しない人々」評の「あざけりととらえるか連帯ととらえるか」で終わるとことか。「あざけり」なのか「連帯」なのか「両方」なのか、そう思った根拠は何なのか、そしてその根拠は表現として的確だと思うか、が知りたい。批評を求めるとそうなってしまう。読書感想文としては興味深く読めました。
 
ササキリユウイチ 4点
応募文は、ポケモンで言うとノーマルタイプな印象でした。ジャッジ文、長いですね。規定上問題はないですが、この方の場合短く書いた方が輝くと思います。解釈→批評の流れがやや雑なので、論が間延びしない=隙を作らないためにも短く刈り込んだ方が絶対良いと思うのです。最初に拾った表現やモチーフを起点に作品全体を処理してしまう癖が見受けられました。分析能力と批評センスがあるから辛うじて成り立っていますが、脆い読解だと思います。あと拙作のジャッジありがとうございました。着眼点がマジで的確ですね。
 
子鹿白介 5点 ★勝ち
去年はお世話になりました。さて、まず応募文が洗練されていると思いました。ジャッジ文は読書感想文っぽさが気になったものの、解釈が慎重なところに批評としての魅力を感じました。一足飛びに結論に飛びつかず、自身の考えを検証されている姿勢に好感が持てます。また、作品同士を比較検討している点も好印象です。しかし、論考自体は良くも悪くもオーソドックスで、慎重で丁寧だからこそ「みんなが頷ける批評」を高レベルで達成するに留まっており、この方でしか読めないジャッジが読みたい! と思いました。私はこの方を決勝ジャッジに選びます。まだ底力を隠しているはず。実力の上限を見たいです。それから拙作のジャッジありがとうございました。応募文読んだ時から子鹿さまの高評価は絶対欲しいと感じていたので普通に落ち込みました。精進します。




吉田棒一

「友達」


自分では気づかなかった視点に気づかせてくれたり、自分では言語化できなかったことが言語化されていたり、総じて「脳が最も喜んだ」ジャッジを選択した結果、ササキリユウイチ氏を勝ちとします。

斑目規至(3点)
本来、点数がつけられないものに点数をつけるにあたり、可能な限り客観的・分析的であろうとする姿勢が良いと思いました。相性かも知れませんが、納得が多かった一方で驚きは少なく感じられたため、3点としました。 「友達」に向けていただいた長文については好意的に受け取っています。ありがとうございます。何か書こうと思ったのですが自分の話は照れ臭いのでご容赦ください。 「仮想敵」がいるとは思わないけど「小説を書いているというのに小説を書いてどうする」みたいな性分であることは確かです。

RNオンリー・イエスタデイ(2点)
「診断されない病い」に「物語としては抱えるマイナスの大きさが全てプラスに働くというわけではない」とコメントするのは自分には無理だと思いました(加点要素)。他方「天蓋に貼り付く」「ひとりじゃないなら」評などで作品世界の広がりを狭めてしまうようなコメントが気になり、2点とします。

松本勝手口(1点)
「3点はつけない」宣言に熱いものを感じましたが「いつまでも手をふる」評は作品というより作中人物への難癖のように読め、自己表現の要素も気になったので1点とします。「友達」の不良への言及は、普段から「不良はキャラを書き分けない方が不良っぽくなる」と考えていたので当たりです。

水嶋いみず(3点)
しっかり1点を用いて緩急をつけている(ジャッジ7人中、最多の7個)のが良いと思いました。他方、言及の深さ、鋭さ、熱量は勝ちとしたササキリユウイチ氏に及ばないものと感じ、3点としました。

関寧花(5点)
「深く暗い森のなかに~それはわたしの湖だった」の「湖」と「すべての庭のために」の「庭」との対比や、「畜魂機についてお話しします」の「今話しているこの人は、ほんとうに生きているのだろうか」など、画期的な視点の提示が複数あり、作品を読み返したくなる良いジャッジだと思いました。点数はササキリユウイチ氏と同じ5点としたうえで「決勝で読みたいジャッジはどちらか」と逡巡を重ねた結果、1点を用いなかった氏より鉄火場の似合いそうなササキリユウイチ氏を勝ちとしました。

ササキリユウイチ(5点)
驚きの頻度と震度が最も多く/強く、結果的に決勝進出となった「あそこで鳩が燃えています」を勝ちとしつつ弱点(傷)の提示もあり、それがどれも鋭く納得のいくものであった点、1点をつけた「遅かれ早かれ」「園部さんのこと」へのスリリングな言及など、BFCジャッジに必要な要素を備えていると考え、決勝ジャッジに推挙します。ぜひ「友達」評も聞きたい(5点なので)。

子鹿白介(3点)
「他作品の読み解きを広げ、寄与したことも加点」がユニークだと思いました。「なるほど」と思わされた頻度もササキリユウイチ氏、関寧花氏に次いで多かったのですが、2点とした「鍵穴の乙女」「天蓋に貼り付く」評が2点の割にディフェンシブに感じてしまい(なお、氏は1点を用いておらず2点もこの二作だけ)3点としました。

普通ですみません。



由井 堰

「トランクルーム」


関寧花さんの評が、あくまでひとりの読む体験を叙述しながら、そのなかで作品のよいところや瑕疵がしぜんと透かしだされていると思って、読んでいてどきどきしました。体感と判断とそれらの根拠をすばやくゆきかえりし圧縮するような文体なのでしょうか。川柳や短歌への評がよかったこともあり、このかたが決勝ジャッジだとすごくうれしいと思いました。みなさんの評がおもしろくて、ほかの方のなされる決勝ジャッジもきっとよいものになると思いましたが、そのなかでもふたつにわけて、ぜんたいとしてA-/A+/Sの3段階評価になりました。低くしてしまった方について説明したいです。松本勝手口さんの評は、紙文「いつまでも手をふる」への評がただみずからの信条の開示のようにみえてしまい、また西川口圭「記憶に値しない人々」を「40年以上前に書かれた柄谷の論考の裏側をただなぞるような作品」で片付けているのは(この文章だけでは)作品を読まずに済ませている印象を受けました。水嶋いみずさんの評は、太代祐一「砂を送る 川柳二十句」への評が評にはなっていないかなと思ったのと、和泉眞弓「棄子」は「相対的視点」を描けているという点で高く評価していらっしゃると理解したのですが、安易な相対主義は責任の否認やバックラッシュとしてよくもちいられているので、どのような「相対的視点」なのかを判断してほしいと思いました。斑目規至さんはそれをなさっていたと思います。ササキリ ユウイチさんの評は、たとえば結城熊雄「園部さんのこと」における、語り手自身が「つまらない」と形容したのと同質な描写に満ちている点を短所とされていますが、そのような言動を「つまらない」と思いながら「して」しまうのがこの語り手ではないか、その「つまらな」さはほんとうにそのまま作品としてのつまらなさになっているのだろうか、など作品の「傷」の指摘へ納得がゆききらなかったほか、やはり和泉眞弓「棄子」への、「みどり(例えば、痩せていない土地)」が「決して必須ではなく、なにはともあれ青=言葉・文化を発露しなければならない」という読みには、作品においてみどりはアイヌ文化、青は日本(和人)文化へ明白に関連づけられていると自分が読んだこともあり、多少でも日本によるアイヌへの支配を評に組みこんでほしいと思いました。
まだ触れられていない方でいうと、斑目規至さんや子鹿白介さんの評からはあきらかな愛が感じられて、それは言葉を尽くすことに由来していると思うのですが、はんたいにRNオンリー・イエスタデイさんの評は言葉を必要十分にすることをめざしているように思えて、わたしはそちらに惹かれました。そして、関寧花さんの評がその優れた実現だと思いました。それは、目の前のだれかへ自らを尽くすのではなく、ここにいる自他を共存させながらここにいないだれかへの余地roomをも残すことにかかわっているのかもしれません。

採点
斑目規至 3点
RNオンリー・イエスタデイ 3点
松本勝手口 1点
水嶋いみず 1点
関寧花 5点
ササキリ ユウイチ 1点
子鹿白介 3点

勝ち
関寧花




和生吉音

「ひとりじゃないなら ─ Neanderthal girl meets CroMagnon boy ─」


ジャッジの皆様、お疲れ様&ありがとうございました。 大変なお仕事に対する心からの敬意を込めて御礼申し上げます。
今回、自分なりの判断基準作りに悩んだのですが、ジャッジ自身もジャッジされるというBFCならではの「評」の強みを考えたとき、自分にとっては、その方独自のジャッジの基準が好みや勢いやエモーションといったものだけではなく、説得力のある論の筋道や知識(その方にとっての外的な要素)に裏打ちされたものとして読ませてもらえるところかなと思いました。
ので、その点を重視しての評価になります。


・斑目規至さん
好感を持たれた作品への「好き」が伝わってくる、素直で誠実な評だと思いました。
ジャッジ後の長いレビューは愛に溢れていてたいへん面白く読ませていただいたのですが、評者自身の内省的なくだりもあり、この場に出すにおいてはもう少し整理されていてもよかったのかなと思いました。


・RNオンリー・イエスタデイさん
()と「」に着眼しての「綴る躰」と「あそこで鳩が燃えています」の対比が面白かったです。各作品の考察には、それぞれもう少し踏み込みが欲しい印象でした。


・松本勝手口さん
3点はつけない。その覚悟と心意気に感銘を受けたので、自分のジャッジジャッジも頑張って3をなくしてみました!
各評価に至る経緯が順序立てて書かれていて説得力がありました(と同時に手元が狂う事もある正直さも好印象)。
全体的な評価には自分と好みの異なる部分も多かったのですが、それぞれに観客として読んでいても学べる点が大きいと思ったのでこちらを決勝ジャッジに推しました。


・水嶋いみずさん
とくに「棄子」「トランクルーム」などの評に頷くことしきりでした。その他にも丁寧で納得できる評が多く、自分では読解が足りなかった作品たちに対する読み解きの参考になりました。


・関寧花さん
それぞれの評にはっと息を飲むような気づきがありました。自作にいただいた評には、長くなった話をごっそり削って無理矢理6枚に押し込んだ作業を見破られたようで恥入るばかり。
(それとジャッジ応募作の「船の話」のレビューは自分が思わなかった点について書かれていたのでとても興味深かったです)


・ササキリ ユウイチさん
言葉についての厳密な感覚を活かした評には読み応えがありました。各作品への詳細な言及でディテールが照らされていく感覚がありました。
他方で「言葉」に引っ張られて、大きな視点からの作品の魅力を捉え損ねている面もあるのでは・・・という気がする評も。


・子鹿白介さん
文芸の未来についての視点の及んだ評に信頼感がありました。また、他作品との関連も織り込んで読んでいくというジャッジ方法の試みもオリジナリティがあって面白いと思いました。
とくに「不審な刃」の読み解きを興味深く読みました。


〈 採点 〉
・斑目規至さん 2
・RNオンリー・イエスタデイさん 2
・松本勝手口さん 5(★勝抜け)
・水嶋いみず さん 4
・関寧花 さん 4
・ササキリ ユウイチさん 2
・子鹿白介さん 4




若山香帆

「深く暗い森のなかにあらわれては消える湖があった それはわたしの湖だった」


作品について語る文章は、大きく「紹介」「感想」「分析」「敷衍」に分けられるという。
 「紹介」は作品のことを伝え、「感想」は作品を読んでどう感じたかを伝える。「分析」は感想より客観的に作品を捉え、「敷衍」は分析を超えてより広範な事象への跳躍が ある。ではどこからが批評であるか。語り手と聞き手の関係性によって、主観にとどまる か客観性を持つ批評たりえるかが決まるのではないか。
 ここで、語り手と聞き手はBFCにおいてはファイターとジャッジという勾配があり、他人の文章を読んでジャッジするからには、それは客観的な「批評」たりえてほしいと思う。「批評」の「批」も「評」も「良し悪しを公平に判断して述べる」という意味だ。ま た、批評を意味するcritique の語源はギリシア語のクリノ krinō (裁く、判断する)に由来する。
 他者を裁くからには客観がなくてはならない。決勝のジャッジには、わからないものや自身を超えるものに対峙したとき、強い客観を保ってそれを咀嚼し、いくらかでも自分のものとするような胆力を求めたい。何を読むかよりどう読むかを評価したい。下記にジャッジのジャッジ基準を示す。
 1)〜3)は分析、4)は紹介・感想、5)は敷衍を主眼とした採点項目である。

1)批評たり得ているか
2)勝ちを推す理由が明示されていること
3)読みの緻密さ
4)作品を読みたくなるか
5)跳躍があるか

採点は下記のとおりである。

斑目規至 3点
RNオンリー・イエスタデイ 4点
松本勝手口 5点
水嶋いみず 2点
関寧花 5点
ササキリ ユウイチ 5点(勝ち)
子鹿白介 3点

内訳については下記に述べる。

斑目規至 3
1)0.5
2)1
3)0.5
4)1
5)0
一番手にふさわしい熱量のある文章である。勝ち抜けを決めた作品、決めなかった作品の判断基準ははっきりしていて快い。勝ち抜けに選んだ鯵野三志美作品への「ただただ、超然と、見ている。こんなに平易でいいのかと思うが、ぜんぜんいい。」という評も的を射ている。ジャッジ外の二作品への長文での言及は素晴らしく、この作品を読まねばという気にさせられる。だがジャッジとしてはどう強いのかの説明をなんとかして達成してほしかった。わからないものへの食らいつきも物足りない。

RNオンリー・イエスタデイ 4
1)1
2)1
3)0.5
4)1
5)0.5
端的で鋭い読み。各作品は過不足なく読み解かれ、短いが的確な評である。勝ち抜けの理由も明確で強い。特に「綴る躰」「あそこで鳩が燃えています」については秀逸。一方で、特に勝ち抜けではない作品に対しては加点減点が曖昧でジャッジとしての採点基準が見えにくく、言葉を尽くしているとは言いがたい。分析の手前で立ち止まっているように思える。

松本勝手口 5
1)1
2)1
3)1
4)1
5)1
3点はつけないとした誠実さ、またBFCのジャッジとして時に厳しい採点をする覚悟を評価する。丁寧で作者に寄り添った読み。わからないものにも手がかりを掴んで踏み込もうとする意思を感じる。

水嶋いみず 2
1)0
2)0
3)0
4)1
5)1
初めに提示されている採点基準がどれも主観によっており、批評としては成立していないように感じた。おそらく本人もそのことに自覚的なのではないだろうか。好みの作品に対する評は豊かで生き生きとしており惹き込まれる。点の高い作品については熱く語られるが、春泥作品や自作など点数の低いものについては採点理由が不明確なところもあり、わからなさに対する覚悟が足りないように感じた。

関寧花 5(4.5)
1)1
2)0.5
3)1
4)1
5)1
自然な跳躍が至るところに顔を出す読ませる文体で、今回のジャッジ評のなかで一番好きな文章である。わからない作品にも軽やかに入り込んでいく手つきが心地よい。反面ジャッジとしてはやや散文的で採点基準が見えにくいように思う。特に勝ち抜けとした二作品を推す理由が見えにくいのではと感じた。

ササキリ ユウイチ:5(勝ち)
1)1
2)1
3)1
4)1
5)1
とにかく強い。躊躇がない。緻密かつ勢いがあり、なにがなんでもジャッジし尽くしてやると言う鋭さと覚悟に圧を感じる。同点の松本勝手口と比較したとき、冒頭に置いた「何を読むかよりどう読むかを評価したい。」という一文を思い出した。この強さでファイターと切り結ぶ様が目に浮かんだ。三人目のファイターたる決勝ジャッジにふさわしいと判断し、ササキリユウイチを勝ちとします。

子鹿白介 4(3.5)
1)0.5
2)1
3)0.5
4)1
5)0.5
あたたかみのあるジャッジ。評者の日常の延長に自然に接続されていくような読みで親しみやすく、冒頭の「文芸の未来を開く力」への言及も人柄が感じられる。ジャッジ外の全作品への短評を跳躍として加点し4点とする。




大竹竜平

「不審な刃物」


ジャッジのみなさま、おつかれさまでした。

熱のこもった評に比べて短くてすみません。

勝者を選ぶという決断にエネルギーを注いでくれる人、その決断が文章でどれだけ表現できているかを基準に採点させてもらいました。どの評も魅力的な文体で、その魅力に基準が揺らがないように自制するのが大変でした。


*斑目規至 4点*

短刀のようでした。各作品全体の素直な印象の言及と、美点や課題を切り取りテンポよく伝える話術が軽やかで、熱量もすごい。テンポが言葉の価値を均等にしているようで、平等な評だとも感じられました。大会全体の士気を上げるムードメーカーとしての思いやりも嬉しいです。最高なスタートダッシュをありがとうございます。5点に近い4点ですが、決勝戦を見据えたジャッジを任せるには一歩推しきれないという判断です。

*RNオンリー・イエスタデイ 3点*

評者が作品を読む時の視線の軌跡や、作品が本来持っている視線の誘導を一緒に感じることができました。他人の眼を借りて読み直す感覚は、虫眼鏡を覗いているようで楽しかったです。具体的に作品の文章を引用しながら、限られた字数で伝えるストイックさが魅力ですが、決勝ジャッジで言葉を尽くし切ってくれるか?
という期待を預けきれなかったです。

*松本勝手口 4点*

数字に強い人だ。そう直感しながら読ませてもらいました。言葉によって数字をなんとか表現しようとする態度に共感し、信頼できました。作品の魅力を伝えるための文章表現への熱意が、選ぶことの熱意に向かって見えるともっと強いジャッジになったのかもしれません。自作「不審な刃物」への評は深く読みこんで、体感までしてもらっているようで嬉しかったです。

*水嶋いみず 5点(★勝ち)*

普遍性を信じている。世の中を変える力を信じている。という態度を信用し勝ち抜けに選びました。人や作品を比べて評価し納得させるために言葉を尽くす厳しい仕事を経験しているのではないかと勝手に想像しています。言葉の奥の、選ぶ行為に体重が乗っていて、重心がブレない。決勝ジャッジに全力で言葉を尽くして欲しい。という期待とエールを込めて選ばせてもらいます。

*関寧花 3点*

息遣いが聞こえるようでした。丁寧に作品を掬い上げようとする言葉の使い方が目を惹き、ジャッジの中で特に目立っていました。落ち着いたトーンで話すような文体は、他者に自分の気持ちや気分をうまく伝えることができる強い武器で、羨ましいと思いました。断定しないことや、作品に求めるものが別にある。と伝える素直な姿勢に共感しますが、点数の結果や、選ぶことに繋がる説得力には欠けると判断させてもらいました。

*ササキリ ユウイチ 4点*

その作品が読者や世の中に与える影響についてまで、考えながら評してくれているようです。選ぶことの責任にもきっと自覚的で、表現することは傷を付けること、治癒もできることなのだと、勝手に励まされました。作家・作品と共に壊しながら作り直すことができる批評の可能性にも気付かされました。なんだか明るかったです。決勝ファイターと一緒に戦ってくれる気概をもっと感じられたら、推していました。

*子鹿白介 4点*

他作品同士の繋がりを見つけ、シナジーを計算にいれた評によって大会全体のレベルを一段階あげてくれています。そういった作業は書かれた言葉の裏側で大変なエネルギーが必要なはずで、文字にするまでの労力の重要性を勉強させてもらいました。決勝はこれだ。と選ぶことのパワーが足りないと感じてしまったのが推せなかった理由です。ジャッジが斑目さんから始まり、子鹿さんで終わるのもよかったです。ジャッジの掲載順が投稿順であれば、勢いと熱量から始まり、だんだんと時間のかかる包括的な批評に変化していくライブ感がありました。




岸波 龍

「窓」


批評としての文章を重視しています。優れた読みはもちろん大切ですが、それよりも文章の上手さ、面白さをより評価します。



斑目規至 2
「書評になった」とある通りこれは書評として読んで、「記憶に値しない人々」の〈年長者の語りもあったら徹底的だった。〉のように改善の仕方を提案しているのは良いけど、例えば「トランクルーム」について「8首目のぬいぐるみから、はじめたい。人間をいっているようで衝撃。」なんかに顕著だが、体言止め多数の文章はリズムが優先されており言葉足らずな部分が散見される。BFCらしいジャッジという面ではトップクラスなのだが。

RNオンリー・イエスタデイ 4
決勝二作についての(丸括弧と「鍵括弧」の狭間で)のところは5点の面白さだと思ったけど、その後の短い評は手際よくまとめている印象でBFCのジャッジとして他と比較した時にその熱の低さに物足りなさを感じてしまった。

松本勝手口 5
〈3点はつけない。〉という独自ルールのもと評していて、この3点だったら1点の方が良いというのはファイター目線も入っており私は良いと思ったし「不審な刃物」を〈ジャーナリスティックな文章〉と書くところなど説明も端的で的確だ。先行作品を引き合いに出して語るのも上手で、「友達」について『ハマータウンの野郎ども』とからめた文章を読んだ時点で、これは5点だと確信した。

水嶋いみず 2
〈6つの基準〉による採点方法により得点が1〜5までバラけており(良いと思います)、自作に唯一の1点がついていたがそれはむしろうれしかったくらいなのだが、読みながら試行錯誤しているのが伝わってくるというか、やや弱気な書き方だととらえた。『鍵穴の乙女』のところで主語のない一人称について〈シリン・ネザマフィの『白い紙』以来しばらく流行った文体〉と具体例を挙げていたが、このような補強がもっとあれば良かったのだが。

関寧花 4
ジャッジにふられる作品は偶然にもよるので、今回の条件でいえばということではあるが、韻文に関する読解が一番だった。ゆえに「砂を送る」や「トランクルーム」のところが文章も走っていて面白い。文章面でも実力は疑いないけど、困難なことをよりやっている松本勝手口、オリジナリティに勝るササキリユウイチに比べると、少しだけ落ちると判断した。

ササキリ ユウイチ 5
文學界新人賞の選評で島田雅彦が円城塔の「オブ・ザ・ベースボール」について、御託を並べる作風についてゴタクオタクと書いていた記憶があるがそれを思い出した。私の「窓」評でも一文についてこねくり回していて、こちらも書いた本人だけに理解につとめようとするのだけど、読んだそばから意味が離れていくようなところがある。ただこの読んでいてよくわからなくなるのは、文芸評論として悪いことではないし、私の評を抜きにしても読んでいて抜群に面白かった。

子鹿白介 3
ジャッジを読んでいるのに、あらためて作品のあらすじと解説を丁寧にしてもらっているような読み心地で、全体解説もあるので、BFC6の作品を読んだ人がまず最初に自分の読みと照らし合わすのだったらこのジャッジ評は最適なのでおすすめしたい。そういう意味で安定はしているのだけど、比較して順位をつけるとなると少しインパクトに欠けた。



勝ち抜けは松本勝手口でお願いします。同じく5点のササキリ ユウイチの独特な思考による文章も魅力的で、BFCという場ではむしろ推したいくらいなのですが、文章と読みを含めた完成度において、松本勝手口を勝者に推します。




岩月すみか

「まゆ子なんか嫌い」


・斑目規至さん(3点)

熱量が抜群で愛を感じました。一方で補足として書かれた二作の評のほうが本選の評より長く、評と得点の結びつきへの納得感が薄れました。この二作を推せばよかったのでは、という疑問を払しょくしていただきたかったです。


・RNオンリー・イエスタデイさん(5点)☆勝ち抜け

一切の迷いなく、この人を推そうと決めました。得点と評の内容が最も一致しており、文章に無駄がなく信頼できる評者だと感じました。私は評価者に熱量を求めません。なぜそのような評をするに至ったかについての論理的な解説と、読者が言語化できなかった違和感あるいは快感の冷静な文章化のみを求めます。RNオンリー・イエスタデイさんが決勝へ推した二作品とも、私という読者にはあまり刺さらなかったにも関わらず、この評を読んで心地よい納得感と説得力をもって「決勝に進む二作はこの二作なのだ」と、読者としての私をねじ伏せてくれました。私は全ての読み物に対して「今までの私」をねじ伏せ「新しい私」に出会わせてくれることを望みます。それは評に対しても同じです。今回、圧倒的な論理性と高い完成度を伴った文章で、私を気持ちよくねじ伏せてくれたRNオンリー・イエスタデイさんへ5点を差し上げ、決勝へのジャッジへ推します。


・松本勝手口さん(3点)

3点はつけない、という独自のルールを読み、その理由を理解したうえで「それでも1点でも高いほうが嬉しいよね」という意識低い系のファイターである私でも呑みこむことができるほど、誠実な評に好感を持ちました。ただ、ところどころ読み手としてというよりは、書き手としての松本さんの私情に寄った評が見受けられる点が気になりました。個人的にはとても好きです
が、思い切ってもっと論理に徹し冷徹になられてもよかったのではと思います。


・水島いずみさん(4点)

水島さんの評が文庫本の「解説」として載っていたら満点を差し上げたいと思うほど、情感を保ちながら論理性も担保されている優れた解説だと感じました。一方で、評と得点との結びつきに弱い部分を感じたこともあり、評についてはもっと遠慮せず書いていただいてもファイターには受け入れられるのではとも感じました。


・関寧花さん(4点)

他のジャッジが苦戦されていた(ように私には見えた)俳句への評が特に優れていると感じました。他作品への評についても自分の血肉から得た言葉を使いながらも、清潔さを保ちながら評されていて、文章の流れも素晴らしく読み物として非常に面白かったです。しいていうならば関さんの評をもっと読みたいというよりは、関さんの作品を読んでみたいという気持ちになったため、決勝のジャッジをされるよりご自身の作品を創ってほしいという思いで4点としました。


・ササキリ ユウイチさん(1点)

規定枚数のことを差し引いても、徹頭徹尾、表現が婉曲的で冗長な評と感じざるを得ませんでした。同じ内容を半分の文量で書くことは十分可能だったと思います。優れた語彙と感性をお持ちであると感じたためもっとコンパクトに、凝縮した評を作成されたほうが読みごたえも説得力もあったのではないでしょうか。また、「傷」と「美点」を軸として評を作成されていましたが、私には「傷でもあるが美点にもなりうる。美点でもあるが傷にもなりうる」という文芸作品が必ず持っているはずの曖昧さへの耐久性がない評として読めてしまい、腑に落ちない点もいくらかみられました。曖昧さを許さず、白黒つけるスタイルで評を書くならば、それに合わせて文体を変えられたほうがササキリさんの伝えたいことがストレートに読み手に伝わると思います。


・子鹿白介さん(4点)

分かりやすく、的確に作品を解釈してくださっていながらなんと優しい評だろうと癒されました。先行作品ではなく、本選参加作同士を結び付けて評を書いてくださったところに子鹿さんの独自性を感じました。非常に調和のとれた評で温もりすら感じるのですが、わがままを言うならば、調和だけでなく子鹿さんにしか書けない力業の破綻も見てみたいと思いました。


勇気ある個性豊かな7名のジャッジの皆様に恵まれましたことを誇りに思います。このような大仕事を引き受けてくださった皆様を心から尊敬すると共に、深く感謝申し上げます。



<採点結果>

・斑目規至さん(3点)

・RNオンリー・イエスタデイさん(5点)☆勝ち抜け

・松本勝手口さん(3点)

・水島いずみさん(4点)

・関寧花さん(4点)

・ササキリ ユウイチさん(1点)

・子鹿白介さん(4点)




飯野文彦

「みっちゃん」


皆さま、お疲れさまです。今回、選考に残れて、とてもうれしく、有り難かったです。
ファイターの皆さまの作品、どれも個性的で、すばらしく思いました。
創作を志す一人として、ますます熱きこころを掻き立てていただきました。

ジャッジの皆さま、ほんとうにたいへんだと思いますが、ずばり切り込んだ評価の数々、とても素敵です。
書いていて見えなかった部分、思いもしない部分を垣間見させていただき、この上なく参考に、刺激に、活力になりました。

ありがとうございました。またどこかで、作品でお会いしましょうね!

「採点」
斑目規至         4
RNオンリー・イエスタデイ 2
松本勝手口        4
水嶋いみず        4
関寧花          3
ササキリ ユウイチ     2
子鹿白介         3

「勝ち」
水嶋いみず




酒匂晴比古

「わたしが七歳だったころ」


【勝ち】

ササキリ ユウイチ

【採点】

斑目規至 1
RNオンリー・イエスタデイ 2
松本勝手口 5
水嶋いみず 3
関寧花 3
ササキリ ユウイチ 5
子鹿白介 4

【評】

斑目規至氏
本人承知のレギュレーション違反であり、1点。

RNオンリー・イエスタデイ氏
全体に良識に沿った読みと感じた。()を「文芸そのものの否定」と読んだ深澤うろこ作品評が光る。だが、博打とな。博打で一向に構わないが、賭けに理屈はつきもの。有り金の半分をはたくからには、自分自身を納得させる論拠が(たとえ独りよがりとなじられようと)秘められているはず。書きたい欲望に蓋をしている印象を受けた。思う存分掛けに興じて欲しかった。野良のすばしこさとふてぶてしさを発揮してもらいたかった。2点。

松本勝手口氏
ジャッジかくあるべし、である。簡潔に示された覚悟。緩急自在な文章。読みの説得力。とりわけ太代祐一作品評は、ジャッジ評を読む楽しみに満ちていた。氏が評した作品はどれも、評の中で滲みのない輪郭を与えられ、ピッチへと送り出される。5点。

水嶋いみず氏
「バックミラーを見ずには運転できない。バックミラーだけを見ても運転できない」という格言(?)がある。氏は過去のジャッジ評を意識しすぎたのではないか。判定の基準作りやディテールの読み解きは、いわばアリバイのようなもの。ジャッジの真の務めは、自分が愛した作品をいかに世に知らしめるかの一点だとぼくは思う(愛は大げさか。でも、「推す」では足りない。無かったら「無かった」と書けばよい)。その意味では、作品への共感の大切さを訴えた氏の主張にぼくも共感するのだが、今回、評のかたちに落とし込めたかというと、十分ではなかった。3点。

関寧花氏
感情の昂りを抑えた衒いのない文章は、読んでいてとても好ましく感じられた。氏のジャッジ観が率直に表現されていたと思う。だが、これを「手堅く上品な」と評価したら、氏は喜ぶだろうか。もう半歩、いや二歩三歩、作品に踏み込むべきか否か。踏み込んで書いて欲しい(伊藤なむあひ作品評は特に)と考えるぼくは、3点をつける。
なお、掲載された評だけを読むと、氏は、全作品を採点するというジャッジ規定を見過ごしたかに映る。勝ちファイターの決め方も誤って解釈した(担当作品のみを対象とした)と見えなくもない。これらの指摘は氏にとって不本意だろう。そうした点も踏まえ、心置きなく言葉数を増やしては、と思った。

ササキリ ユウイチ氏
屈指の読み巧者であり、書き巧者と思う。減点法ベースの評は無類の安定感がある。「作品に美点がある場合は美点を、傷がある場合は傷を提示します」と宣言し、事実そのとおりだが、傷を書くときの筆使いに勢いと艶を感じる。短調のフーガが鳴っている。5点。

子鹿白介氏
4点。読みが温かい。やや掴みどころに欠けると言えば、そうとも。作品も、読みも、可能性の提示でしかないことを、氏はフラットに受け入れているようだ。図書館の片隅に一人腰かけ、冬の午後の日差しを浴びながらページをめくる氏の姿を、不意に想像した。面識はないにもかかわらず。「だって、微笑みでもしなければ、誰も生きていけないでしょう?」どこからか、声。

批評は、もしかしたら、創作と比べてもスタイルが要求される分野かもしれない。
その観点から見たとき、主題の提示と変奏に基づく音楽的批評を自家薬籠中のものとするササキリ氏は、7名の中で頭一つ抜きん出た存在に思えた。なので、ササキリ氏を勝ちジャッジに選ぶ。
不安がないわけではない。仮に氏が、同じ方法論を携えて次のステップに臨むとすれば当然、新味は失せる。1回戦で示した力量は満場を瞠目させた。創作者への教育効果も見逃せない。しかし、百戦錬磨のファイター作品に優劣をつける決勝において、美点と傷の対位法は決定打たり得るか(もっと端的に書くなら、わくわくさせてくれるか)。
であれば、氏よ。もし決勝ジャッジに指名された暁には、2人のファイター作品のあいだに割って入り、評の域を超える評を開陳して、我こそはBFC6の真の王者であると名乗りを上げてくれまいか。BFCの決勝ジャッジは、それくらい眩しいスポットライトを浴びたとて、けして不自然ではないはず。
もちろん、以上はぼくの勝手な願望である。木村庄之助に向かって諸肌脱いで相撲を取ってくれと迫るようなもの。氏の掌中にはすでに、観客を驚かせる技と策が握られているだろうか。それとも、おのが道をまっすぐ進むか。
松本氏の評には強靭な体幹と機知の縦横を感じた。氏とササキリ氏のどちらを勝ちジャッジに推挙するか最後まで迷った。氏を落とす理由がないからである。氏の本願はファイターとして並み居る強豪に勝利することだからと、無理矢理自分を納得させた。すまん。
最後に。ぼくは斑目氏の評に最低点をつけた。本意ではない。前述したジャッジ像「自分が愛した作品をいかに世に知らしめるか」を体現しているのが氏であることにぼくは疑いを持たない。氏は、ジャッジ応募作品と1回戦ジャッジを通じて、磯崎愛作品と吉田棒一作品への愛を余さず披瀝した。この場で出来ることはやり遂げた。斑目さん、あなたは無冠の王です。



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