結局、命を燃やしたいんだと思うのよね

こんな話をするのは恥ずかしいんだけど、いまだに「何者かになれた自分」を想像してしまうことがある。何かしらの才能を発揮して(何かしらってアバウトすぎるだろ)、脚光を浴びていたかもしれないわたし。

どこかで違う道を選んでいたら、そんな未来があったかもしれないと考えてしまい、現在の平凡なわたしとの差に「ぎゃ〜」となって眠れなくなる夜が、たまにある。

「何ごとも遅すぎることはない」って、半分本当で、半分は慰め混じりの嘘だと思っている。

わたしは、大学を中退したことを、うっすら後悔している。でも、もしもう一度勉強したいというのであれば、今からでもやり直すことはできると思う。一方で、今からアイドルになって、満員のドームでライブをしたいと思ったとする。絶対無理じゃないかもしれないけど、やっぱり、その夢を叶えるには、もう遅いように思える。

そういった話を夫にしてみたところ、「俺は、具体的に想像できないから、何者かになりたいとかはないのかもな〜」と言われた。

確かに。わたしも、そう言われれば、具体的な何かってないな。「何者か」の「何者」の部分が、ぼんやりしている。

しばらく考えて、きっとわたしは、自分の命を燃やしたいのではないかという結論がでた。

「何かの賞をとる」とか「有名になる」という結果よりも、それに向けてひたすらに行動している時の感じが好きなのだ。うまくいったり、全然ダメで「うわあ〜最悪」と落ち込んだりする、そういうのが生きてるって感じがしていいんだと思う。

結局、推し活とかもそうだもんね。
応援している対象が夢や目標に向かって努力している姿がわたしは好きだし、憧れるのだ。

わたしも熱中できるものほしい。一度きりの命を燃やしつくして一生を終えたい。
そのためには、なんかできることや、やりたいことがあるはずだって。
おそらく、わたしの「何者かになりて〜!」の中身はそういうことだと思う。

でもさ、それで結果を出すには10年くらいは頑張らないと難しいんだろうなって感覚があるから、残りの命の時間を考えて「マジで、なんもしてないまんま死ぬんじゃね?いやだよ〜!」と夜中に考えだして絶望的な気持ちになったりするんでしょうね。

焦るよね〜、なんも成し遂げずに死ぬんかとか考えだすと「うわああああ〜!!」ってなるよね。
あんまり考えすぎると発狂しそうなので、適当なところで「まあまあまあ、ね」と終わらせているんだけど。でも、そうやって考えきらないから、いつまでもおんなじところで、ぐるぐるするのかな。

今回の人生は、このわたしで始まってしまったわけだから、自分でなんとか満足行く方向にもっていくしかないんだよな。
こういうの20代で終わりと思ってたけどさ、全然30代でも考えちゃうよ。40にして惑わずっていうけど、わたし40代でも全然惑いそうだわ。

この先、後悔の少ないようにしたいなあ。


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