光の下に、一歩だけ
どうしても、成仏してくれない夢がある。馬鹿みたいだと笑われても、捨てられないのだ。わたしは、ロックスターになりたかった。
20年間、ずっと、そんな夢をみている。
はじめて、音楽を聴いて涙が出たのは中学生の頃だった。学校では周囲に馴染めず、家に帰っても叱られてばかり。夜に一人、自室でラジオを聴くことだけが唯一の楽しみだった。
あれは、誰の番組だったんだろう。エンディングで、ブルーハーツの「終わらない歌」が流れてきた。甲本ヒロトの歌声を聴いているうちに、涙が後から後からこぼれてきて、顔がぐしゃぐしゃになった。よくある話かもしれないけど、あの時、音楽だけが、わたしの味方をしてくれているような、そんな気持ちがした。
夜中のラジオは、田舎の女子中学生に、かっこいい音楽をたくさん教えてくれた。わたしも、ギターを弾いて歌ってみたいな。ステージの上で歓声を浴びている自分の姿を想像するだけで、胸が躍った。高校生になったら、ギターを買おう。
だけど、結局ギターは買わなかった。周りの目が怖くなってしまったからだ。わたしみたいな冴えないヤツが、大勢の前で歌ったりするなんて、似合わないにも程があるよ。歌も下手くそだし、笑われて馬鹿にされるに決まってる。
そして、わたしは挑戦する前に諦めて逃げた。誰でもない、空想上の自分の声に負けた。
そのくせに、ライブを観にいくたび、どうしてもステージの上に惹きつけられてしまう。生身の感情を剥き出しにしてステージに立つ彼らは、いつだって眩しくてかっこよかった。
二年前のある日、SNSを何の気なしに眺めていると、ある投稿が目にとまった。
「楽器に挫折したみんなで、バンドを組みませんか」
楽器に挫折したメンバーで、バンドというていの編集部を結成して、CDの代わりに本を作りませんか、という内容だった。
わあ、すごく面白そう。遠い昔に蓋をしたはずの憧れが、ザワザワと動きだすのを感じた。
でも、と、見えない誰かの声がする。
「あんた、別に文章うまいわけでもないじゃん、もっと上手な人がやるもんだよ」
そうか、そうだよなあ。わたしだけ下手くそで、恥ずかしい思いするかもしれない。
だけど、ここで挑戦しなかったら、この先ずーっと後悔するような気がした。楽器も弾けないのに「バンドメンバー募集」の掲示板をみては、「いいなぁ」とため息をついていた自分の姿が、頭に浮かんだ。
ずっと、憧れのミュージシャンみたいになりたかった。わたしの心を救ってくれた彼らみたいに、わたしも誰かのことを照らすことができたらいいのにって思っていた。
他の誰かは無理でも、せめて、昔のわたしのことだけは、どうにかして救ってやりたかった。ラジオから流れてきた音楽に心を動かされた14歳のわたしも、ギターを買わずに諦めてしまった16歳のわたしも、30過ぎて子どもみたいな憧れを捨てられないわたしのことも、全部。わたしは、あの子たちに笑ってほしかった。
怖かったけど、思い切って参加希望のメッセージを送った。何度かzoomで打ち合わせをして、メンバーそれぞれで、挫折体験を綴ることになった。
わたしは書いた。音楽への憧れも、自分に負けて逃げたことも、そのくせどうしても諦めることができなかったということも。情けねえよな。もう大人なのに、ダサいしみっともないよ。だけど、それを全部書いた。
わたしの好きな音楽は、つまづいた人や、はみだした人や、負けた人たちに、寄り添ってくれるようなものだったから。お前だけじゃないと、いつもマイクの向こうから、わたしの背中を押してくれたから。
それなら、自分に負けて逃げてしまった、ダサいわたしの話だって、もしかしたら、未来のわたしや誰かの背中を押すことがあるかもしれない。
もう一度、わたしはステージに上がるのだ。あの時、自分のなかの声に負けて捨ててしまったものを取り返しにいくのだ。そうしないと、前に進めないことだってあるでしょ。
二年かけて、わたしの元に、CDが届いた。
ディスクは無い。だけど、歌詞カードを模した冊子をひらけば、わたしたちの声が聞こえるはずだ。
そのCDをもって、文学フリマに出店した。何人かの人が、買っていってくれた。
翌日、SNSをみていると、見覚えのあるCDジャケットをみつけた。わたしたちの作ったCDだった。
本の感想、「パワーをもらいました」という言葉と一緒に、CDの棚に飾られた、わたしたちの本の写真が添えられていた。
届いたんだ、そう思うと、口元がゆるんで、視界がにじんだ。
その時、気配を感じた。昔の自分が、隣に立って、一緒にスマホの画面を覗きこんでいる感じが確かにした。彼女と目が合う。きっと、わたしたちは同じような顔をしていた。
これで何かが劇的に変わるわけじゃない。憧れは心の底で燻ったままだ。だけど、わたしは一歩だけ、あの日憧れた光の方に近づけた気がしている。たった一歩。でも大きな一歩だよ。
