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父の庭――1950年代の南アルプスの麓で

どこまでも空

玄関開けたら南アルプスに属する山の麓
という環境ですから
盆地で山に囲まれ空は楕円形をしています
その楕円が取れてしまうので
東京の下町に出てきてどこまでも空というのは驚きました

山で暮らしているので山へ行かない

1950年代当時、登山する支度をした方は
見た覚えはありません
山は仕事で行くもので
登山をする方はいなかったと思います
神奈川の都会育ちの夫は青年期に
丹沢を登山していますから
田舎と都会、1950年代と1960年代の
違いかもしれません

澄んだ空気

1950年代の長野の故郷は
ヒノキの香りが基調で
空気が澄んでいます
湿気やカビに悩まされず
夏も木陰に入れば涼むことが出来ました

排ガスも土埃も無く澄んでいます
だから満点の降るような星空を楽しめます
民家の灯りが漏れる程度で
表札の灯りも無いですし

街灯は大きな通りの辻に
傘だけついた裸電球が
ぽつんぽつんと灯るだけです

その満天の星空も山々で楕円に縁取られています

冬は氷、霜、雪がありマイナス10度くらいに
なりますし、秋も肌寒いので
星空を眺めるのは夏が向いています
天の川と北斗七星が目に浮かびます

夏、部屋が暑く感じても
庭に出れば夕涼みができ空は星でいっぱい
白、黄色、赤
星の色も様々です
都会では見えないかすかな光も届きます

テレビやプラネタリウムも好きで楽しみますが
故郷の肉眼で見えた1950年代の星空とは
別物と私は感じるようです
(息子にプラネタリウムで星を見て
故郷の星を懐かしんだりするものですかと
質問されて気が付きました)

父の庭で育つということ

1920年代は父が少年です
1950年代は30年未来になります
自然はそのままだから
父は村のどこに何が生えているか把握していました

テレビが無い時代ですが
山と雲の位置や雲の色で
「雨になるから何時頃には帰りなさい」と
父が天気予報してくれていました
私も覚えたのですが
1961年に東京の下町に出て以来
空も雲も形が違うので今はもう覚えていません

野いちご(木苺)はラズベリーと似ています
果樹園の果物とは甘さが違いますが
野いちごとあけびは山の恵みの中では甘さの代表です
今、野いちごを摘めるとしたら美味しいジャムが出来ると思います

父が野いちごの木の形を記憶しているので
いつごろ熟すかとか
生り年でたくさん収穫出来ることなど
教えてくれました

野いちごを摘む楽しみを
自然に教えてくれました

2mくらいの木ですが
野いちごの重みで枝がしだれます
小学生の私の手が届くところに
野いちごがあります

手でおさえておかないと
野いちごを摘んで軽くなった木が
元の高さに戻ってしまうので
片手は枝
もう片手で摘む
足元は草が生えており虫に悩まされることは無いので
清潔な場所に飯盒を置いて
収穫した野いちごを入れました

生り年は飯盒がいっぱいになるほど
採れたことがあります
田舎にいた13年で1回だけのことでした

野いちごだけでなく、例えばどこで泳げるか
どの川で事故があるかなども
父が知っていますから
夏になると村の子が川に出かけますが
危ない場所は教えてもらえるので
怖い思いをせずに済みました

戦後何もなかったけれど
父の「庭」で育つことで、継承してもらえたものがありました
体験や自然との距離感など


この本の背景の一つが本稿の自然です

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