折れた軍刀――それぞれの「戦場」と沈黙
40年前の実家新築の折に
夫の10歳上の兄は統合失調症で療養していたため
実家は夫の別のきょうだいが継ぎました
その新築のお祝いに親族が集まったのは
もう40年以上昔のことです
忘れられない沈黙の時間がありました
家を建て替えたから昔の品物も
取り出しやすかったのではないでしょうか
義理の父は会社勤めをそつなくこなし
自分の力で家を建てています
そのため社会性はあり
銃刀法に関する手続きも済んでいると思われます
私達嫁と義理の父の娘が呼ばれ
行ってみると刃先を切り落としてある
折れた軍刀がありました
義理の父は何も言いません
私達も何も言いません
珍しいから見せるのではなく
威圧でもなく
何か意図があると思うのですが
義理の父は言葉にしなかったので
不思議な沈黙だけが残りました
語ること、父になること
新婚時代、夫は義理の父への憎しみを話すことがありました
そんなこと言うものではないとたしなめたこともあります
私は両親に憎悪は持っていませんから
しかし夫は真剣に語りたいのだと観察し
聴くように努めました
そのうちにトラガラが生まれ
夫が父として自覚を持つようになります
語ること、父になること、この二つが
夫を変えました
例えば、夫の10歳上の兄が心身が不安定になり
入院などの手続きが必要な時に
夫を義理の両親が頼ってくれ
一泊しに訪れたことがあります
何かあれば頼れる関係性が回復していました
暴力と沈黙の相互作用
義理の父が老いたためか子どもたちが成人し
自衛する力が育ったからか義理の父の家庭内暴力は減っていました
けれど、夫と10歳上の兄以外のきょうだい達は
家庭内暴力を学習しており世代間連鎖が起きていました
言葉にし、例えば家畜の牛にも暴力を振るわない
家で育ちましたから、文化的に相容れない面がありました
簡単に手が出ては、言葉にする時間を持てないでしょう
暴力が相手を黙らせ、暴力を振るうから自分も言葉にしない
言葉にせず暴力にするから言葉にできない
そうした悪循環に思えました
これは昔の男性が、寡黙であることを肯定されたことも
関係するかもしれません
察することの限界
手先が器用で、鉢植えを育てたり、庭を作ることが
好きな義理の父は末っ子だからか
新婚時代に寝床にもお菓子を持ってくることを
義理の母は驚いたと聞いています
3度の徴兵が、義理の父を壊したのでしょう
生きにくさや言葉にできない葛藤があったでしょう
それは夫にもいえます
義理の父の折れた軍刀は目に見えます
対して、幼少期から少年時代に家庭内暴力を受け続けたことは
夫の中に蓄積していても外からは分かりません
彼にとっても、共に生き延びた何かがあるのでしょう
例えば、試験範囲を学べば点が取れるから好きだと言っていたテストが
彼にとっての「折れた軍刀」かもしれません
義理の父も夫も、言葉にしない人たちでしたから
理解しようとしても
証拠が少なすぎる推理小説のようで
察することの限界があります
カサンドラ症候群という言葉を知って
息子からは、夫と私の問題はカサンドラ症候群の例と
よく似ていることと
息子が就労移行支援などで出会った、発達障害当事者の方の中に
夫と似た傾向の方もいらした、とのことでした
夫は40代で亡くなっており今となっては分かりません
分かり合えなかったこと以上は言えないとも感じるのです
結婚しなければ良かったのか、離婚すれば良かったのか
私にとってどちらも正解にはなりませんでした
話し合い理解し合える
子どものために、それまでのことを横に置き、協力できる
30代の私はそんな姿勢で子育てをしていましたが
日々すべきことに追われて、生活に疲れ、黙ってしまいました
それは夫にとって、妻がうるさいことを言わないと
間違った家庭の秩序を学ばせてしまったのかもしれません
家庭内暴力はしませんが、仕事が出来て外面がいいため
私が困難を抱えていることは
友人にも親族にも言えず
時が経ち息子が理解してくれるのみです
家庭が戦場だったあの頃、私もまた「折れた軍刀」を
心に抱えたのかもしれません
そんな時期がありました
