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唯一のお母さんと呼べる方と、その介護の思い出

ネットスーパーで、こうしたおそばを頼むことがあります
ひとり暮らしで食事を自炊しています
ただ、ひとり暮らしの気軽さで、少し手を抜きたい時に便利です

インスタント麺が新しかった時代を知っているので懐かしくもあり
自宅に届けてもらえる便利さは
ネットが普及する前では想像もできないことです
そういえば、夫はチキンラーメンと
ペヤングのソース焼きそばが好きでした

結婚の思い出

嬉しい出来事ではありますが、事務手続きは面倒です
住民票・運転免許・銀行口座(複数)・勤め先・交友関係など
挙げればキリがないほど何もかも変わります

私達夫婦は結婚が当時としては遅かったです
夫は、長男と10歳離れており、結婚の挨拶をしたときに
義理の両親が明治生まれで驚いたものです
そんな昭和40年代の終わりのことだから、コビー機もまだなく
印刷屋さんに郵送する文書を刷っていただき
50件ほどの友人知人にお知らせを届けました

唯一の「お母さん」

実母は結核で早逝しており、写真でしか記憶がありません
夫を産み育ててくださった方だという気持ちでおりました
夫の母、義理の母は台所で、例えば夫の好物を質問すると
教えてくれる人でした
ドラマに出てくる、しっかりものの明治のお母さんと似ています

息子は第一子です
「薫さんはお母さんいないから、私が行くわよ」と
産後10日ほど、息子の入浴や家族の食事など
泊まって世話をして貰いました
私を娘として、助けて下さった気持ちが、嬉しかったです
父と伯母しか知らない私にも、母と呼べる方が与えられました

30代子育て世代から見た当時の介護

義理の母が健康でいられる時間は短く
病で倒れ在宅介護になりました

夫の実家を継いだ義理の兄のお嫁さんの負担とは
比較にならないですが
関わらせていただける時は必ず引き受けました

息子は義理の母(父方の祖母)の元気な姿を知りません
もう45年以上前に義理の母は寝たきりになったからです

あの頃、介護用品が出始めていました
私も若かったので、積極的に調べ、探し
兄嫁と相談しながら導入して貰いました

兄嫁のようにいつも夫の実家にいられない
役割としては兄嫁の代わりで関わる私は
どうすれば兄嫁の負担を減らし
義理の母の快適さを保てるか、考えました

家族という不思議

息子は夫を反面教師にしても、憎んだり軽蔑することは無いようです
彼は父を理解するという手法の人です

私が苗字を変えていますから、私の父から見ると息子は外孫になります
しかし、息子は私の父から骨格や文化など、多くを継承しています

そして義理の母は、血の繋がりは無くても母は母です

ですから、私にとって家族とは
血の繋がりだけでなく、信頼でもあります

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