見出し画像

自転車小話8~『競輪ですか?だった時代』~

 先日久々に高校時代の友人に会った時に昔の話になり、当時の私がよく競輪の悪口を言っていたと言われハッとその頃のことを思い出しました。ああ、確かにそんなこと言ってた自分がいたなあと懐かしく思いました。
 私は16歳の時に初めてロードバイクに乗ったのですが、私が高校生だった頃は90年代前半から半ばにかけてです。当時はまだロードバイクなどというものは全然市民権を得ておらず、まるで認知されていないスポーツでした。当時はまだロードバイクではなく、ロードレーサーと呼ばれていたような気もします。

 とにかく外をロードバイクで走っていて、見知らぬ人に声をかけられると、うんざりする程よく言われたのが「競輪ですか?」だったんですね。その言葉が当時は妙に気に食わなかったんです。競輪というもの自体が私自身気に入らなかったのです。あんな短距離でしかもゴール前だけで競うようなものをスポーツだと認めたくないような考えだったんですね。第一あれはギャンブルで、お金のための余興に過ぎないくらいに切り捨ててましたね。今思えばそんなに食いつくところではないのですが、当時の若い私にとっては、自転車ロードレースという過酷で厳しく誇り高い競技が競輪などと同列にみなされることに苛立ちを感じていたのでしょうね。例えて言うなら、侍のことを忍者と間違えられるようなものかもしれません。あんな下賤なものと一緒にするとは無礼千万なり!の心境でしょうね。まあ実際競輪のことなんて表面的にしか分かっていない私でしたから、単に青臭いプライドが先行していたんでしょうね。

 あれから30年以上の月日が流れ、今ロードバイクを見て、競輪ですかなんて聞いてくる人は皆無に近いでしょうね。時代は変わったものです。しかし、当時「競輪ですか?」と聞いてくる人が多かったことは自然なことだったんです。何といっても競輪は日本発祥のスポーツでオリンピック競技までに発展した日本発の自転車種目なんですから。一方で自転車ロードレースの本場はヨーロッパ、私たち日本人にはもともとなじみがない競技だったんです。

 今では私は競輪に対して当時とは真逆で競輪こそスポーツだというほどの気持ちも持っているんです。やれエアロカーボンフレームだ、エアロカーボンホイールだ。電動変速にパワーメーターだなどとやたらと機材中心に動いているロードバイクに対して、昔ながらのスチールバイクに昔ながらのホイールに体一つでシンプルに競う日本の競輪こそ真にスポーツだと私は感じるんですよね。機材至上主義に陥ったロードバイクは飛び道具を駆使する忍者さながらのような気さえします。そういう意味では競輪こそ現代に残った侍だと言ってもいいのかもしれません。皆さんもそう思いませんか?

その他の自転車小話を読む


いいなと思ったら応援しよう!