無職、職を得る
お久しぶりです。
ヤキソバライターです。
ご報告が遅くなってしまいましたが、ワタシ、ヤキソバライターついに職を得ることになりました。
1週間後、2025年4月1日から都内のIT企業で働き始めます。
はやいもので、2023年10月に退職してから1年半もの時間が経ってしまいました。
最初は双極性障害の気分の波(特にうつの波)に振り回され、日常を過ごすことすら困難な日々でした。
しかし、主治医のアドバイスを聞いて治療に専念し、なんとか自殺することなく穏やかな日常を取り戻すことができました。
もちろん今でも一日一回の服薬は続けています。
それだけでなく、双極性障害についてもたくさん勉強しました。
医師など専門家が書いた本だけでなく、双極性障害の当事者の方が書いた本も読み、勉強しました。
仕事を辞めたばかりのころ、ワタシが見る世界はモノクロでした。
働けず、貯金も底をつき、途方に暮れていたワタシを助けてくれたのは新宿都庁の下で炊き出しを行っていたNPO団体の方たちでした。
生活保護の申請をすすめられ、書類の作成も手伝っていただきました。
おかげで無事に生活保護を受けることができ、治療に専念できました。
それでも無職である自分には価値がないのではないかと悩み、日々出世や結婚をしていく同級生たちの姿に言いようのない不安と焦りを感じていました。
そこで無職になったときにずっと書いていなかったnoteを再開しました。
それくらいしか、自分にできることがありませんでした。
YouTubeに動画をあげたり、楽器を弾いたり、絵を書いたりするのは精神的にできる状態ではありませんでしたが、文章なら書けるのではないかと思い込んだのです。
主治医からも気持ちの整理をつけるために、ブログなどを書くのはいいことだとすすめられました。
そこで気分の波に翻弄されながらも1ヶ月に1つは新作を書こうと思い、頑張って書いてきました。
そんなある日、運命とも言える出会いがありました。
たった一人で「労働」を撲滅するための出版社を立ち上げようとしているお兄さんと出会ったのです。
妻子持ち、家のローンありで脱サラして出版社を立ち上げるだけでもかなり勇気のいる行動だと思いますが、それに加えて「労働」廃絶をかかげるなんて、かなりまともです。
このnoteを読んだその日にdiscordに参加し、トントン拍子に『14歳からのアンチワーク哲学』の編集の手伝いをしたり、新宿で本を配ったりしました。
これがとても楽しかったです。
久しぶりに「生きている」と実感しました。
無職である自分をようやく認められたと思います。
まとも書房代表、久保一真さん、ちょっと大げさかもしれませんがあなたは命の恩人です。
生きる意味を失っていたワタシに希望を与えてくれました。
アンチワーク哲学のおかげで救われた人がここにいます。
そしてもう一人、ずっと支えてくれていた人がいます。
近所に住んでいる知人で、よくご飯を食べたり、一緒に出かけたりするあなたのことです。
本当に病めるときも健やかなるときも支えてくれて、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
そして時は流れ、2024年6月ごろ、主治医から就業許可が出ました。
しかし、すぐに働き始めるのはまだ怖かったので、まずは職業訓練を受けることにしました。
久しぶりにハローワークへ行き、失業手当の手続きと職業訓練を探しました。(就業不可の診断を受けていると、失業手当は受け取れないのです)
親切なハローワークの職員の方に相談に乗っていただき、今までの職歴と同じIT系の職業訓練がいいのではないかとのアドバイスをいただきました。
それからはすばやく動き、職業訓練の申し込みを行い、無事に入校許可をいただけました。
そして2024年8月1日~2025年1月31日まで、ITインフラ系の職業訓練を受けました。
その勉強の甲斐もあり、CCNAとLPICレベル1という2つの入門資格を取得することができました。
職業訓練と同時並行で2025年1月からは就労移行支援を受け始めました。
同時に就職活動もしていたのですが、一般雇用の求人に応募するも精神疾患をオープンにするとなかなか書類選考が通過しませんでした。
障害者雇用の求人ですら落とされたこともあります。
本当に障害者が働くということはそれだけで大変ですね。
世の中の誰も自分のことを必要としていないのではないか、そう思ってしまうことがなかったといえば嘘になります。
それでも自分の双極性障害を受け入れながらインフラエンジニアとして働きたいと思ったのです。
今回内定をいただいた会社は元々一般雇用の求人でした。しかしワタシの履歴書を読んで、精神疾患があることを分かった上で一次面接をしてくれたのです。
その上で障害特性のことも説明する時間をいただき、かなり手応えはありました。
そして最終面接に呼ばれました。
最終面接は会社の社長を含め、5対1で行われたので普段あまり緊張しないワタシでも緊張しました。
一通り質疑応答が終わり、そして最後に質問がないか聞かれたワタシはこう言いました。
双極性障害という精神疾患を持った私を最終面接まで呼んでいただき、ありがとうございます。実はいままで最終面接まで通った会社はありませんでした。そして、障害者ではなく一人の人間として私に向き合っていただきありがとうございます。
もし残念ながら不採用になったとしても、みなさんに感謝いたします。
すると面接の担当者の方は少し考えたあとで、こう答えました。
それはヤキソバライターさんだからですよ。私たちも障害者だからという理由で採用をお断りしてきたことがありました。しかし、ヤキソバライターさんと面接してみて、一緒に働いてみたいと思いました。だから今日ここへお越しいただいたんです。
自信をもってください。
この言葉を聞いて、ぜひこの会社に就職したいと思いました。
そして無事内定をいただけたときには嬉しくて本当に久しぶりにビールを開けて飲んでしまいました。
まだまだこれからやりたいことがありますので、頑張っていきたいと思います。
そして最後にお知らせです。
いままでは専業の無職としてやっていましたが、職を得たら無職ではなくなってしまうのではないかと少し悩んでいました。
しかし、解決法が見つかりました。
これからは本業無職、副業としてインフラエンジニアをやっていこうと思います。
会社で働いているのは一日24時間のうちたったの8時間だけです。
残りの16時間は無職をやっているということにすれば、なにもおかしくはありませんよね。
というわけでこれからも無職のヤキソバライターをよろしくお願いいたします。よかったこれで100枚も作った無職の名刺が配りつづけられる。。。
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