「ナツ色に染まれ」第1話 本当は片想い?
【あらすじ】
大学4年生の奈津は自分のことが分からず、自己分析につまづいたまま7月になってもほとんど就活は進まない。私は何が好きで、何がやりたいの?でもね、ひとつだけ分かっているのは、彼氏の亮ちゃんが大好きで、一心同体ってこと。
しかしそんなある日、奈津は彼氏の浮気現場を目撃し、別れを切り出される。
自分迷子、彼氏との破局危機という絶望的な奈津と出会ったのは、「一日アシスタント」という仕事をしている亜紀さんだった。
初の海外、エンタメ、多くの人との出会い。そしてまさかの新たな恋の予感‥⁉
「一日アシスタント、やってみる??」
そんな一言で始まった、奈津の未知なる一か月が始まる。
『あなたがこれまでの人生で一番頑張ったことを教えてください。』
『あなたの強み、そしてそれが発揮された場面について教えてください。』
ああ、エントリーシートに並ぶ言葉たちに目がくらくらしてくる。
これまでの人生で一番頑張ったこと?そんなのあるのかな。
大学受験は失敗したし、サークルとか、インターンとか、就活に役立ちそうなことはなにもできてない。
そもそも私ってどんな人?私の好きなことってなに?
何百回目の自問自答を繰り返す。結局答えは出ないのに。
「清水 奈津」
名前以外、真っ白なエントリーシート。
そっとパソコンを閉じた。
ピロン
スマホの通知音が鳴る。
『先輩すみません!来週の木曜日のバイトのシフト、変わっていただけませんか…?急に大学の授業が入ってしまって!』
バイト先の後輩、ゆきちゃんからだった。2個下で、いつもバイトで仲良くしてくれているかわいい後輩ちゃん。
『了解!授業頑張ってね~~!!』
犬がふりふりしっぽを振ってるスタンプを送って、そっとため息をつく。
頑張らないきゃいけないのは私の方なんだよな。
ピロン
また、通知音がなる。
『今晩、会えない?』
亮ちゃんからだ!
思わずスマホを落としそうになる。
付き合ってもうすぐ一年の彼氏。
私が自分のことを分からないままでも、彼に好かれていれば、それで十分私は幸せなのだ。
『もちろん!!!会いたかった!!』
『分かった。じゃあ俺んちで待ってる』
夜の9時。
お風呂に入ってメイク落としちゃったけど、亮ちゃんに会えるなら、と気合を入れなおしてメイクをする。
亮ちゃんの家は、電車で30分。
1人暮らしの部屋は、いつ行っても物がなくて片付いている。
「亮ちゃ~~~~ん!!!会いたかったよ~~~!!」
家に着くなりハグする。
このハグが、私の毎日の生きがいなの。
ふわふわの髪の毛。丸いメガネ。ひょろっとしてるけどしっかり筋肉のある身体。ちょっとハスキーな声。
亮ちゃんがいればあとはなにもいらない。そう思える。
…あれ、なんかいつもと違う匂いがする。部屋も、亮ちゃんも。
「亮ちゃん、香水とかつけてる?いつもに増していい匂いしてるよ?」
「あ~~…、今日友達が来たから。それかな。」
「そっか~~…」
その友達は男なの?本当は女の子なんじゃないの?
今日は何してたの?なんで最近夜しか会ってくれないの?
…なんて聞けない。もしも聞いて嫌われたら。
知りたくなかったことを知ってしまったら。
恐ろしい未来を慌てて取り払い、夜ご飯を作った。
𖤣𖥧𖥣𖡡𖥧𖤣
暑い。本当に、暑い。もう17時なのに蒸し暑い。
日本の7月暑すぎる!
暑いけど、ゆきちゃんのシフトに代わりに入ったから!自分を鼓舞して、自転車を漕ぐ。
そういえば、今日は花火大会だ。土手に続く道にさしかかり、ちらほら浴衣のかわいい女の子たちが見える。
私の地元は大きな花火大会があることで有名で、毎年たくさんの人がくる。
バイト前に、少しだけ寄ろうかな。
今日は19時からだし、花火大会中だからってパン屋さんは特別混まないだろうし、早く行って働かなくても大丈夫なはず。
そう思って、白雪公園へ向かう。
白雪公園は、初めて亮ちゃんと花火大会に行って、告白された場所。久しぶりに思い出の場所に行きたくなった。
今年の花火大会は亮ちゃん予定あるって言ってたなぁ。今年も一緒に見たかったのになぁ。
白雪公園に到着し、自転車を停めてベンチへ向かう。
そこには、すでに座っている男女二人組がいた。
「今日、一緒に来れてよかったです。」
女の子の声に、思わず耳を傾ける。
なんか、聞いたことある声なんだけど。
「俺も、ゆきちゃんと一緒に来れて嬉しいよ。正直あいつには飽きてたから。笑笑」
ゾッとした。
ちょっとハスキーな声で、しかもいつもよりちょっと甘い声。
ゆきちゃんに向かい合おうと体を横にむけた彼と、後ろに立っていた私の目が合う。
驚いて気まずそうな顔をしている彼を、私はどんな顔で見つめているんだろう。
気持ち悪かった。
私を飽きたというくせに、都合のいいときだけ呼び出す亮ちゃんが。
私にバイトを代わらせて人の彼氏を奪おうとしてるゆきちゃんが。
何も言えず、歪んだ顔で見つめることしかできない私が。
呼吸ができない。
吐き気と暑さで、視界が暗くなっていく。
視界がぐらぐら歪んできて、気がついたら地面に倒れていた。
意識が遠くなる中、1輪の花火が打ち上がっていた。
𖤣𖥧𖥣𖡡𖥧𖤣
「奈津。」
むっちゃんが、優しく声をかける。
むっちゃんは私の高校のときからの親友で、今も1ヶ月に1回、定例会を開いている。
今日はファミレスでの私の失恋励まし会だ。
「大丈夫だよ、あんなゴミ。さっさと別れちゃいなよ。」
あの花火大会の次の日、亮ちゃんから「別れよう」とメールがきていた。
まだ返信は、していない。
「やだ、別れたくない。」
「なんでよ〜。あんなやつ、こっちから願い下げじゃん!前一回奈津に紹介されてあったけどさ、ちょっとモラハラ気質なかった?俺に尽くせみたいなさ。…反抗できないこととか、あったんじゃない?」
「…怖かったの。
ほんとに聞きたいこと聞いて、ウザがられて嫌われたらって思うと。亮ちゃんに嫌われたら、私もうなんにもなくなっちゃう。亮ちゃんに好かれてることだけが、私の存在意義なのに。」
「そんなこと…」
「そんなことあるんだよ!
私は本当は何もないの。何がしたいかも分からないし、なんの取り柄もない。亮ちゃんに好かれないなら、私なんている意味がないの…」
そのまま突っ伏す私をみて、しばらくしてからむっちゃんは明るい声でこう言った。
「ねえ、一日アシスタント、やってみない?」
