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かつて完璧だった妻


「最近なにか面白い話はないかしら?」

結婚10年目を迎えた今現在。私は妻から『なにか面白い話はないかしらハラスメント』を受けている。

今となっては西日本一の恐妻家を自負している私だが、付き合った当初はもちろん違った。むしろ私の方が優位だったまである。

付き合った当初は『ブルマとベジータ』だった私たちは、結婚を機に『悟空とベジータ』となり、長く続いた死闘の末、気付けば『ビルス様とベジータ』になっていた。

バリキャリで完璧主義だった彼女が母親に憑依して早9年。娘を産んでからは以前の自分を光の速さで置き去りにし、濃いめのブラック珈琲片手に繰り出す夜の散歩すらも過去の趣味と化していた。

「え、俺と出会う前に育児の経験あったの?」

と、バツイチ子持ちを疑うほど彼女の育児には目を見張るものがあった。お互いの親が遠く離れているにも関わらず弱音を一切吐かず、お陰様で娘は大きな怪我や病気を患う事なくスクスクと育った。きっと昔取った杵柄の中に『ベビーシッター』があったに違いない。

勿論それだけに留まらない。成長に合わせた離乳食のストックや素材を重視した洋服たち。幼稚園で小物袋が必要となれば納戸からミシンを取り出しては一晩で商品化できるクオリティの物を仕上げていた。

私が説明するまで娘はずっと既製品だと思っていたみたいだ。そりゃそうだろう。年少組の時は生地をアンパンマンにし、心の成長を配慮して年中組はエルサ、年長組はドラえもんへと進化していくアフターサービスまで兼ね備えていたのだから。

常々思っていた。これらのスキルやノウハウをSNSでお披露目しようものなら器量の良さや化け物じみたコミュ力も相まってそこそこ有名なインフルエンサーにでもなり得たんじゃないかと。

しかし彼女はしない。これらのステータスを全く鼻にかけないのだ。子を育てる上でさも当たり前のようにこなしていく。「SNSは危ないわ、こんな可愛いんだもの。明日には誘拐されちゃう」と、当時から将軍級のネットリテラシーを持ち合わせていたのだ。

加えて彼女は娘の知育にも全力投球だった。

玩具はもちろん、手遊びや自作の絵なんかも駆使して娘の脳みそにありとあらゆる知識を縫い付け皺を増やしていく。

そして小学2年生ながら「東大に行く」という目標を自らの意思で掲げさせる程、彼女のその高い志向は娘にも伝染した。

もはや洗脳を疑う程に顔も性格も年々母親に似ていく娘。あと5年もすれば私は敬語を使い始めるかもしれない。

疑問だった。

なぜ初めての育児なのにここまで完璧なのか?そりゃ博学多才で賢い事は知っていた。妊娠中にありとあらゆる情報を仕入れ全ての育児書を読破していたのかもしれない。

しかし次女が産まれた今なら分かる。

顔が全く同じでも性格はまるで違う。成長速度も好きな食べ物も何もかもが違う。アンパンマンを推していた長女に対して次女の推しはバイキンマンだ。『経験』や『育児書』なんて何の役にも立たない。

育児にマニュアルなんて存在しないのだ。

ならば何故、彼女はこんなにも完璧に育てられるのか。答えは単純だった。


気概だ。


「娘が産まれた瞬間に自分自身も生まれかわったみたい」と言った彼女。絶対にこの子を幸せにしてみせるという信念が芽生えたのだ。

まさかの精神論だが、実際これが的を射ている。彼女はその他全てを犠牲にしたのだ。

趣味も嗜好も友達付き合いも全て封印しステータスを育児に全フリした事で爆発的な能力を得る事ができたのだ。

そこまで育児に全力を注いで大丈夫だろうか?私は心配だった。代償がデカすぎる。どこがで爆発してしまいそうで毎日不安に駆られた。それと同時に、彼女の私に対する心情の変化にも気付いており、胸が小騒ぎを起こしていた。

素っ気ない。というより、関心がない。

コミュニケーションは変わらず取るし冗談も言い合う。休日は3人で公園や施設に行き一眼レフで周りが引くほど写真を撮っている。

しかし以前と違う。どこか「私に触れるな」という目に見えない障壁を感じる。なるほど。

どうやら彼女は私に対する愛情すらも封印してしまったようだ。

こればっかりは宿命と言わざるをえない。産後のホルモンバランスの変化は必ず生じるのだ。少し前まで愛おしかった相手が今ではケダモノに見えてしまう。生物学上、仕方がないフェーズなのだ。

それを私は理解してあげる事ができなかった。人はここまで変わるものなのかと、脳みそがサル以下だった当時は常々思っていた。

男は子が出来ても男性ホルモンに変化は1ミリも生じない。何人産まれようと趣味も嗜好も変わらない。変える事はできるが変わる事はない。私にとって妻は恋愛対象のままだった。

だからこそ生理的に拒否をされる事に理解ができなかった。若かったのだ。勉強不足といえばその通り、だがそれよりも私のベジータを遥かに凌ぐ自尊心が強烈に牙を向いた。

その辺のダメな夫なら分かるけど、20代半ばでピチピチのバリバリに全盛期なこの俺を拒否するだと・・・?

付き合っていた頃は私が寝てる間に指紋認証でロックを解除してまでスマホをくまなくチェックしていたくせに・・・と。

世の中の男性諸君は皆このマインドを持ち合わせているというのが私の持論だ。良く言えば心が少年のまま、悪く言えば自己中なクソガキなのだ。これに気付くのに5年以上かかってしまった。

真相は違う。

実際の所は違う。全然違ったのだ。彼女もとい、世の母親たちの愛情は封印もなにも当初から変わっていなかった。ただそれよりも遥か上をいく『守るべき存在』が現れただけなのだ。

優しい男を自負しておきながらこの醜態。

いや、しかしこれは難しすぎる。未経験で気付けるものだろうか。これに初手から気付く男こそバツイチ子持ちを疑うべきだ。

そのせいで当時は喧嘩が絶えなかった。理由は前述の通り思いやりの欠如だ。家事も育児も献身的に全うする事で彼女に『見返り』を求めてしまっていた私はそこに『返答』が無い事に腹を立て、おおよそ言ってはいけない言葉をワインドアップで投げつけてしまっていたのだ。

それでも毅然とする彼女。

「そんなに不満なら何もしなくていいわ」と言い捨てられ家出をした事も一度や二度ではない。役場の離婚届コーナーへの行き方は目を瞑っても行けた。しかし娘を争って地球を二分化する決心は付かずにズルズルと続いていた。

そんな事を毎日のように繰り返し、お互い譲らずに関係が悪化していく夫婦とは相反してすくすく成長する娘。

立ち、歩き、走り、跳ぶ娘を見ると、『夫婦仲』なんて次第にどうでも良くなった。

やがて私も諦め、彼女を『愛する妻』から『共に子を育てるパートナー』として接する事にした。

コミュニケーションは変わらず取るし冗談も言い合う。休日は3人で公園や施設に行き一眼レフで周りが引くほど写真を撮っている。が、ボディタッチは皆無となり見えない鎧をお互いに纏っている。

それでも心の切り替えを果たした事でわだかまりは消え、最悪な時期に比べると遥かに平和な日々を取り戻す事ができた。

これでいい。私たちはこれが「正解」なんだ。



そんな矢先、妻が病んだ。



「娘が幼稚園の内にディズニーランドへ連れて行ってあげたい」と常々言っていた妻。家計に目処が立ち、やっとの思いで計画を立てる事に成功したのだと言う。そしてXデーと決めたのが2020年3月。半年前から準備をし、飛行機やチケットの手配も済み完璧な状態でその日を迎えようとしていた。

コロナが流行したのだ。

ディズニーランドは休園となり、旅行計画はあえなく頓挫した。飛行機代やチケット代は無事に全額返却されたのだが、妻のメンタルは致命傷とも言える程のダメージを受けてしまった。

まるで今まで何年間もずっと張り詰めていた頑丈な糸がプツンと切れてしまったかのように。

しょくぱんまん並みに鈍感な私でも妻の変化には流石に気が付いた。仕事から帰ると今まで完璧にこなしていた家事が何も出来ていない、夕飯すら手にかけていない日もあった。

「ごめんなさい、何もする気が起きなくて・・・」

妻は申し訳なく答える。そして寝室にこもる時間が日に日に伸びていった。

熱はなくコロナでもない。身体に痛みは無いが食欲とやる気が全くないのだという。そして何よりも眠気が今までの比ではないらしく、少し動いたら疲れて横になってしまっていた。

頭痛や肩凝りを訴える回数も格段に増えた。そのせいでイライラしてしまい周りに当たっては我に返り自己嫌悪に陥る。負の連鎖だ。

夜中になり謎の動悸が治らずに眠れず朝を迎える時もあった。どうしたのよ私、しっかりしないとという気持ちに反比例するかのように沈んでいく心。


診断結果は『自律神経失調症』だった。


うつ病とも違う、あまり聞き馴染みのない病名であり、しかしネットで検索すると確かに似たような症状ばかりである。

原因はいくつか挙げられており、生活習慣やホルモンバランスの乱れ、そしてストレスだ。やはりディズニー旅行の中止がよっぽど堪えたようだ。

かつて完璧だった妻、あんなに強かった妻が毎日のように涙を流している。


私は決心した。


上司に事情を説明し1ヶ月ほど有給休暇を貰った。とりあえず掃除、洗濯、幼稚園関連や日常生活における育児全般は一通り出来る。粗は目立つがまぁ、及第点は貰えるだろう。

問題は料理だ。

得意料理の『卵かけご飯』でさえ醤油の量が多いと指摘をされるほど舌バカの私が厨房に立つ。分からない。何をどうすれば良い。なぜオタマがこんなにもいっぱいあるのだ。

料理本やYouTubeを見ても意味が分からない。記載通りにレンチンしてもジャガイモは硬いままだし、アイツらの言う『適量』に腹が立って仕方がない。鶏肉にムネとモモがある事すら知らなかった。

唐揚げを作る為に大量のサラダ油が沸騰するのを仁王立ちで待っていたら寝室からたまたま顔を出した妻が血相を変えて駆け付け火を止めた事もあった。

「油は沸騰しないのよ・・・」

もう少しでマンション火災となり、ほしのあきとスニーカーがコラボしたお気に入りの写真集まで揚げてしまう所だった。

そんなポンコツでも回数を重ねればそれなりには出来るようになる。徐々に、びっくりするほど徐々にだが。

最初の頃は心配で10分置きに様子を見に来ては「レンコンは酢水に付けなきゃ、これで15回目よ?」と呆れていた妻だが、数ヶ月経った頃には様子を見に来る事もなくなった。

そんな私が静電気の次に嫌いな料理を始めた事で妻にも少しずつ変化が訪れた。

ご飯を作らなくてもいいというマインドはかなり気持ちに余裕を持たせたのだろう。命の洗濯に尽力したのだ。

そして妻は復活した。

「今までありがとう、もう大丈夫よ」と言うので仕事には復帰した。しかし以前のような猛々しいオーラは発していない。

家事や育児に今までのような熱を発するとすぐにHPがゼロになり横になってしまう。それでも懸命に自分を取り戻そうと奮闘する。

私は仕事に復帰してからも今まで通りの家事を行った。なるべく残業はせずに帰り妻が出来なかった残家事を片付ける。体調が優れない時は有休を取り、SOSがあれば早退する。「あんドーナツが食べたいわ」と言えば界隈のパン屋に片っ端から電話を掛けた。

料理も継続した。といっても、仕事の都合がある為、副菜1品と味噌汁を作る程度だが。しかしそれだけでも妻はかなり助かるようだ。目に見えて機嫌が良い。

横に並んで一緒に料理をする事も増えた。やはり百聞は一見にしかず。横で手際の良さを体感すると経験値がかなり得られる。私がジャガイモの皮を剥く間に妻はニンジンと玉ねぎを切り終えていた。

娘はというと、私が四六時中家にいる事にかなり嬉しい様子。可愛い奴だ。一緒に買い物へ行き、帰りに公園で少しだけ砂場遊びをする。仕事のせいで丸一日会えない時もあったせいか、私自身こっちの方が遥かに心が充実している。

「パパが家にいるとママがニコニコしてるから嬉しいの!」

この言葉はかなり印象に残っている。自分のいない家の様子を知る術が無い為、娘の言う通りなのだろう。可愛い奴だ。

妻も言う。横に並んでおしゃべりをしながら一緒に料理をする事がとにかく楽しいのだと。そうか、そういう事だったのか。

彼女が求めていたのはこれだったのだ。

誰にも邪魔されずに料理が出来るように夕飯時になると娘を連れて公園や散歩に出掛けたり、掃除、洗濯を積極的に行い、なるべく1人の時間を作ってあげる配慮をする。これが100点の立ち回りだと思っていた。

違ったのだ。彼女が求めていたのは一緒に料理を作る事だったのだ。要するに『対話』だ。1人になりたいわけじゃない。ただ話し相手が欲しかったのだ。

専業主婦となり育児の為に外の世界を全て封印したからこそ外の情報を与えてあげる役割を担うべきだった。昔話や友人の近況、会社であった出来事など、たとえ全く興味のない話題でも話すべきだったのだ。

完璧だったが故に気付かなかった。

彼女の自律神経が蝕まれたのはコロナによって常識が変わったからでもディズニー旅行が中止になったからでもない。

私の接し方がずっと間違っていたからだ。


そして結婚10年目を迎えた今、彼女からのおもハラ対策で今日も面白い話を模索する。

かつて完璧だった妻はまだ戻らない。

しかしそれで良い。

私が加わる事で『完璧な夫婦』になるのだ。

もしかしたらとっくに完治していて、それでも今の生活が好きだから甘えているのかもしれない。結構そんな気がしている。

なんて事を考えながら2人で並んで料理をする。彼女が炒め物をする横で小松菜の繊維を取る。こうすると子ども達が食べやすいのだ。今日は遠い地に住む友人が酒に酔ってコインランドリーに頭から突っ込んで職務質問を受けた話でもしよう。

相変わらず刃牙とHUNTER×HUNTERの話題には一貫して無視を決め込んでいるがこれからも話し続けよう。いつの日かゴレイヌが最強だと信じさせてやるのだ。

私自身、この10年で測り知れない成長を遂げた。まさか料理ができる男になるなんて誰が想像できたというのだ。母ちゃんが知れば20歳は若返るかもしれない。

仕事に家事に育児。多忙すぎてストレスも溜まるが家族が幸せならそれでいい。

夫婦仲が良いならそれでいい。





6年振りに次女が産まれたのだ。

つまりはそういうこと。

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