畏怖
前回の記事は文具愛を語りすぎて少々重かった節があるので、今回はくだらない話を書くことにしました。
先に言っておきます。
食前、食中、食後の方はブラウザバックしてください。
なんとなくお分かりいただけたでしょう。
💩の話です。
先日💩を少し漏らしました。
ほんの少しですよ。
noteを読んで笑った瞬間にちょっとだけ、ちょっとだけです。
ただ、🩲が逝ってしまいまいた。
過敏性腸症候群➕乳糖不耐症なので、予兆なくゆるむことが多々あります。
とはいえ漏らしたのは初めて。
これはもう洗うより別れを告げようと🩲を袋に詰めました。
でもそれはお気に入りの🩲。
なぜお気に入りだったかって、長年履き潰して極上のシルクよりも滑らかな履き心地だったからです。
ここに至るまで10年を要しました。
ユニクロで買ったシームレスパンツよりも履き心地抜群だったんです。
なんて悲しい最後。
せめて心の準備ができたときにお別れしたかったです。
こんな形での別れになるなんて。
もう20年以上前になるが、「死ぬかと思った」という本を読んだ。
当時流行っていて、Wikipediaによるとシリーズは9巻まで出たらしい。
私は新しいシリーズが出るたび買って読んでいたが、漏らしそう、漏らした、バキュームカーなどなど、💩関連の話が多かった。
誰でもがほぼ毎日直面することなのに、一歩間違えれば死が頭をよぎるほど繊細な事案。
💩とは恐ろしいものだ。
そんなこと深く考えもしなかった当時の私は、1人暮らししていた東京から実家へ帰省する際、その本を飛行機に持ち込み、空の上で優雅に他人の不幸話を愉しんだ。
その罰だろうか、私はある日突然腹が弱くなった。
仕事が忙しく体力が落ちてくると腹がとにかく弱くなる。
ほんの少しの生活の乱れが命取り。
いつどこで時限爆弾が爆破するかわからない恐怖との闘いが始まる。
今日を愛するLION🦁さんに申し訳ないが、私には「ストッパ」が効かない。
御守りとして大事に持ち歩き、震える手で今日こそは!と、祈るような気持ちで何度も飲んだ。
しかし残念ながら一度も効かなかった。
本当に恐ろしい現象だ。
数年前、高速道路上でそんな危機に陥ったあの日、私は完全に死を覚悟した。
夫を急かしたところで物理的距離という壁がある。
ただひたすらに押し寄せる波に耐えるしかないのだ。
大量の冷や汗をかきながら一点を見つめ、ただひたすらに出口を締め続けた。
永遠にも思える時間。
こんなとき人は、急に神に祈りだす。
「‥神様!!!!!助けてください!!!!」
切実な祈りは通じ、私は耐え抜くことに成功した。
その話をとあるママ友にしたところ、「うちの旦那は漏らした」と高笑いしていた。笑
旦那さんは高速道路上で努力虚しくダムが決壊してしまったそう。
その後は空気椅子で帰宅。
🩲と👖を洗っていたところをママ友が発見し、発覚したそう。
ちなみに、旦那さんは大変イケメンである。
少女漫画の世界では、主人公も恋するお相手も、トイレは人知れず涙する場であったり、気まずい状況で身を隠すような場であったりと、あまり用を足す場として描かれない。
💩の気配を感じない。
しかし現実では美醜に関係なく襲いかかってくる。
やはりとてもとても恐ろしい存在だ。
しかし、💩には救世主という側面もある。
小さな子どもたちは💩が大好き。
以前、図書ボランティアをやっていたとき、💩が登場する絵本を読み聞かせすると、自分が大スターになったんじゃないかと錯覚するほどの歓声があがっていた。
「💩を扱えば間違いない」
図書ボラ全員の共通認識。
子育てをした人、小さな子どもと触れ合う機会のあった人の多くが、それを実感しているはずだ。
💩は子どもたちの心を掴んで離さない。
冷静さを失った子どもたちは、「うんこー!うんこー!」と笑い転げながら声をあげる。
その異様な光景を目の当たりにするうちに、私は悟った。
子どもたちはただ💩が好きなのではない。
もはや崇めているのだ。
不思議な存在、💩。
漏らせば人生でも指折りの惨事になりうるのに、ひとたび絵本に登場すれば子どもたちを熱狂の渦に巻き込む。
私はこの得体の知れない力に畏怖を覚えている。

「中原電気商会」さんとのコラボ作品。
展示終了後、中原電気商会さんに寄贈しました。
