わたしはわたしで、わたしをやっていくしかない
「私なんかが……」と息を吸うごとに思っているので、人に何かを教えるなんて無理だと思っていた。思っている。
のに、人にエッセイを教えることになってしまった。
先日、風邪をひいた。風邪をひくといつも以上にクヨクヨしてしまう。誰も私を必要としていない、存在の意味がない、生きている価値もない。自己肯定感が地底1万メートルまで落ちる。
そんなときに「あなたが必要だ」と言われると、こんな私を必要としてくれるんですか……? え、私が必要なんですか? もう一回言って? と、嬉しくなる。そのタイミングがバッチリ合ってしまった。
つい「私なんかが…」に「必要としてもらえる嬉しさ」が勝ってしまい、エッセイの届け方を教えるイベントの登壇を引き受けてしまった。
風邪が治った頃には「あああああああ私なんかが……!」が再び大きく息を吹き返したことは言うまでもない。
聞けば、そこはライターのコミュニティで、メンバーには新聞記者の方がいたり出版社で働いている方がいたりするらしいではないか。
そんな人たちに、私なんかが、どの立場で、何を教えるん? 私が教わりたいわ、と何度も何度も思ったが、一度ひき受けたからには全力で期待に応えたい。少しでも聞いてよかったと思ってもらいたい。
スライド資料を大量に作り、みなさんの寄せてくれたエッセイを、どのくらい注意したら嫌われないか、どのくらいアドバイスしたら喜んでもらえるか考えに考えて、心を込めて添削した。
迎えた当日。怖くて、不安で、向かう電車が爆発して行けなくならないかなと何度も思ってしまったが、何事もなく会場についてしまったので、意を決して会場の異様に重たい扉を「ギイ」と開けた。
*
なんとも不思議な感覚だった。確かに私の体で、私の手や口が動いているけれど中身は空っぽで、その私が勝手に苦笑いしたり愛想笑いしたりしていた。
作ってきたスライドの文字を読もうとしても、ツルンツルンと目も頭も滑ってしまう。言葉の意味もうまく捉えられない。これ書いたやつバカじゃないのか?
目の前に座っている人たちのガッカリした表情を見るのが怖くて、画面ばかり見てしまった。
「生のコイツはつまらんなあ」「何言ってんの?」と思われてないかという不安と「それでも少しでも参考になることを掘り起こして伝えたい」のせめぎ合い。2人の自分が空っぽの体の脇汗をビッショビショにしていた。
なんとか90分の講座が終わり、休憩になった。休憩後はみんなで執筆会をするらしく「よければ一緒に執筆したり、みんなの書くものを見たりしてください」とのことだった。
「じゃあその時間には戻ります」と言って、逃げるように駅ビルに駆け込んだ。早く1人になって反省会がしたかった。
暖房が効いてポカポカだった会場を出て、駅に着くまでの3分間ですっかりと体が冷え、びしゃびしゃだった肌着の脇汗がピタッと体に張り付いてとても不快だ。もう帰ってお風呂に入りたい。
みんなどう思っているんだろうか。
「遠くから来たのになんの学びもなかった。なんであんなヤツが講師なんだ。無駄な時間だった」
悶々としているうちに、足が駅ビルの大きい本屋に辿りついていた。
はあ、本を買おう。本をもっと読んで、もっと勉強して、もっとマシになろう。古賀及子さんの新刊を買おう。そう思って文芸コーナーに行く。
……あれ、私の本がない。どこにもない。
この本屋には、出版した時に編集者と一緒にペコペコと頭を下げて大量に本を入れてもらっていた。当初はたくさんの平積みとともにサイン色紙も飾ってくれていたのに。
本屋の検索機で調べてみたところ、在庫ゼロ。入荷予定なし。
ああ。売れないから出版社に返本されたんだ……。
ほぼ一緒にデビューしたあの人の本が、私の本も並んでいた棚にたくさん並んでいる。この前、4冊目が出たばかりだ。くそ。すごいな。
Xで相互フォローしているあの人の本も、この前会ったあの人の新刊も、その棚には並んでいる。くそ。羨ましいな。
足元がまたズブズブズブ……と地底にめり込んでいき、頭の上まで古いアスファルトや汚い泥水が覆った。
やっぱり私なんか……全然ダメだ。
講師なんて受けるんじゃなかった。たまたまラッキーが重なって1冊本を出せただけなのに調子に乗ってエッセイの書き方講座なんて。こんな私に文章を教えられるわけがない。みなさんに申し訳ない……。
本屋を出ると、「戻る」と言っていた時間になっていた。
足が、会場へ向かってくれなかった。こんな私が、どんな顔であの扉を開ければいい?
「やあやあ、勘違い野郎がまた戻ってきましたよ!」
アホか。うんざりされる顔しか思い浮かばない。今の私にはもう苦笑いすらできそうにない。
「すみません。ちょっと戻れそうにないので、執筆会が終わったら食事会のお店に直接行きます」
そうメールして、駅ビルの椅子に座り、無限に進まない時間を待った。
はあ。なんで私はこうなんだろう。
食事会にちょっと顔を出したら、みんなに謝って家に帰ろう。それを最後に、もうこんな勘違いは二度としないように、一生気をつけよう。風邪をひいてまたうっかりイベントなどに出たくなったりしないような仕組みを考えよう。いや、そもそも風邪をひかないように体を鍛えよう。
そんなことをスマホにメモした。ついでに、週末が締め切りの原稿も書いた。
おお、いい文章が書けた。
あれ? やっぱり、私の文章、面白いのでは?
気づけば食事会の時間になっていた。重い重い足を遠回りしながら運び、食事会のお店に辿り着かせた。みんなに石でも投げられるかな。
しょうがない。焼き鳥一本食べたら、謝って、挨拶をして帰ろう。
到着すると焼き鳥屋さんだと思っていたそのお店は、全然焼き鳥屋なんかではなくコース料理のお店だった。
そして、誰にも石なんて投げられなかった。
なんと……歓迎された。大感謝してもらえた。
「ナミさんにnoteをスキしてもらって嬉しくてスクショした」
「あの記事の、あの部分がたまらなく好きで……!」
「質問していいですか?」
「目の前にナミさんがいるなんて贅沢!」
「来月もイベントお願いしますね」
いいの?
私、本を出版社に返本されたのに?
私なんかでいいのか?
え、それなら……
私なんかでよければ何だって教える!
私の文章、面白い? 本当に?
そうだよね? さっきも、また面白いのかけちゃったし……!
ああああああ、やっぱ、がんばる!!!!!
わたし、がんばるッッ!!!!!
しょうがない。どうしたって、書いちゃう。
どんなに惨めでも、自分にガッカリしても、またそれを書いてしまう。
書いても書いても虚しくて悔しくて情けなくてキモいけど、書かずにいられない。
おお、いい文章かけたな、なんて思ってしまう。
二度と人前には出ないようにしようと思っても、必要とされると嬉しいな、と思ってしまう。
まただ。またここに着地してしまう。
わたしはわたしで、わたしをやっていくしかない。
おしまい
