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わたしは他人で出来ている

元カレのSNSを、こっそり覗き見している。

今は何をしているのか、どんなものに興味があるのか、どんな人間に変わっているのか。(変わっていないのか)

盛大に傷つけあってグチャグチャに別れたため、共通の知人界隈から彼の名前や気配を感じるだけでも吐き気がするほど辛かったが、数年経つと平気になった。

平気と言ってもしばらく見てると「ああ、こういうところが嫌いだった」と思い出して心がトゲトゲしてくる。それが癖になり、クサクサしているときなんかに、つい見にいってしまう。

昨年のある日、その元彼のSNSをいつものようにこっそり覗きにいったら、どうやら彼は「ひらやすみ」という漫画にハマっているらしかった。

表紙のイラストだけでもなんとなく伝わってくる、のほほんとした日常の雰囲気や、あったかい感じの絵柄。いかにも彼の好きそうな漫画だ。

親が大金持ちで甘やかされて育ったからか「平和に仲良く、誰も傷つけることなく、身近にある幸せを大切に毎日を送りたい……」という耳障りのいい甘い考えだった彼は、学校も仕事も何もかも中途半端で、うまくいかないことは全部、社会や他人のせいにしてのほほんとしていた。

そういうところを好きになって、そういうところを嫌いになって別れた。

おかげで、「ひらやすみ」を現実で見かけると(隠れてコソコソ覗き見している元カレのSNSは現実ではない)、「うわ、あいつの好きな漫画だ。」と、思わず眉をひそめずにはいられなかった。

読んでもいないのに「ひらやすみ」を嫌いになった。

ところがつい先日、知り合いのちょっと素敵な人に「『ひらやすみ』ってドラマが面白いよ。ナミさんも観てみて?」と勧められた。

ええ? それ嫌いなやつぅ……と、一瞬だけ思ったが、次の日にはAmazonプライムを契約して、一気見した。

……いや、最高じゃん。
ヒロトもなっちゃんも、すぐ、好きになってしまった。ずっとあのままあの平屋で幸せに暮らしていてほしい。

「ひらやすみ」、大好きだ。

チョロすぎる。


星野源もそうだ。別の元カレの話。
ファンクラブに入り、ライブもラジオも欠かさず摂取しているほどのファンだった彼。

「『くだらないの中に』を聴くと、いつもナミが思い浮かぶよ」
と言ってくれていた。

私の首筋の匂いはパンの匂いがするんだろうか。
彼といると、だんだんと私の生活の中にも星野源が染み込んできて、気づけば星野源を大好きになっていた。

私も「Family Song」を聴いて、彼を思い浮かべるようになった。

彼とも、傷つけあって別れた。
彼と居たから星野源を好きになって、彼と別れて星野源を聴けなくなってしまった。

食べ物を頼むとき、SNSで映えるかどうかばかり考えてしまう。本当に食べたいものはなんなんだろう?

生クリームは苦手だ。それなのにメニューを見て、白い巨塔みたいなスペシャルパンケーキが目に入り、すぐに頼んでしまう。
ドでかくて頭が悪そうで楽しくて軽薄で、たくさん「いいね」が集まるに違いない!

3口で飽きるだろうとわかっている。それでも窓からの光を最高のライティングにして、そびえ立つ白い巨頭を最高の角度で捉えることに命を捧げてしまうのだ。頭が悪いのは私だ。「いいね」は245個ついた。

そもそも「美味しい」もよくわからない。
食べログで評価が高いお店、金額が高いお店で食べると、なんとなく美味しい気がする。

自分が今、何を食べてるのか、口の中に入れて咀嚼していても
「これは……木? キノコ?」「木っぽいキノコの可能性……」
と、よくわからないときもあるけど、たぶん美味しいんだろう。だって評価も金額も高いんだから。

誰にも写真を見せなくても、心から「食べたい」「美味しい」と思えるのは、おむすびとお味噌汁、スガキヤのソフトクリーム、トースト、薬味たっぷりのお蕎麦とかだけど、ちょっと普段着すぎる。40代でスガキヤのソフトクリームが真の好物だというのは、さすがに香ばしいだろう。

みんなが評価している映画。いつも混んでるお店。みんなが欲しがっているモノ。みんながかわいいと言っている服やメイク。
みんなが良いと言っているものに価値があり、それを自分も好きで、面白いような気がしてきてしまう。

本の感想も、ドラマの感想も、本当に自分の感想?

私は本当は何が好きなんだろう? 何が面白いんだろう?

もしかしたら、全部が他人の「好き」かもしれない。
食べ物も、服も、髪も顔も。
知識も、センスも、「普通」も、感動も。全部。

私は他人で出来ている。


2日前から、15歳の長男が修学旅行に行っている。

幼稚園の頃は、コロナで。小学生の頃は、インフルエンザで行けなかったので、長男にとって人生初。

朝6時に起きて、長男を起こそうとすると、ベッドにいない。
そうか、修学旅行か。

朝、起きるのが苦手な長男を起こすのはしんどい。
こっちだって寝起きでダルいし、朝一で喉カラッカラだし、一度起こしても油断するとまた寝てるので何度も2階に上がんなきゃいけなくて、ふざけんなって思いながら毎朝うんざりしていた。

起きたら起きたで、朝食にこだわりがあって面倒臭い。
目玉焼きの火入れは8割で。おにぎりは毎日違う味で、海苔はパリパリで。お味噌汁は出汁の香りにも野菜の歯応えにもうるさい。

ふざけんなって思いながらも、でもどうせだったら美味しいと思われたくて、栄養満点の朝ごはんを食べさせたくて、出汁の取り方に詳しくなった。海苔の湿気ない保存方法、それぞれの野菜のふさわしい切り方、茹でるタイミングも習得した。そして、いつでも美味しいおにぎりのレシピを探している。
独身の頃は、料理なんて興味なかったのに。今では少し好きになっている。

今日は、とてつもなく楽だった。

小学6年生の次男は、起こさなくても勝手に起きている。早朝にゲームをしたいから。そして、「グラノーラがいい」と勝手にグラノーラを食べている。
私も朝はヨーグルトとコーヒーだけでいい。やることが無さすぎて、暇だった。
暇で、寂しかった。

修学旅行、楽しんでるかな。私のことなんて、1ミリも思い出さずに、友達とブチ上がってるんだろうな。
行けて本当によかったね。晴れてよかったね。


今夜18時に長男は帰ってくる。夕飯に何を食べたいと言うだろうか。

料理が少し好きになったのも、出汁の取り方を覚えたのも、全部あの子のせいだ。
ひらやすみを好きになったのも、星野源を聴かなくなったのも、カフェで頭悪そうなパンケーキを頼むのも、全部誰かのせいだ。

私は他人で出来ている。

これまでそうやって他人に触れて作られたものが、ぼんやりと私の輪郭になっている。

本当の自分なんて最初からないのかもしれない。あるいは、これが本当の自分なのかもしれない。

ただ、元カレのSNSを覗き見するようなキモいところは、どうも私のオリジナルっぽい気がしてならない。



おしまい