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【英文記事和訳】クルスクから撤退するウクライナ:ブラック・バード・グループ 情勢報告 2025.03.13

2025年3月に入って本格化したロシア軍のクルスク方面反攻によって、昨年の8月以降にウクライナ軍が占拠したロシア領クルスク州内の領域は、ほぼ失われつつあります。

上記リンク先の英文記事は、このロシア軍の反攻作戦に関する戦況分析です。なお、著者のジョン・ヘリン氏は、フィンランドのOSINT分析チーム「ブラック・バード・グループ」のメンバーで、SNS等でロシア・ウクライナ戦争に関する評価分析を発信されている方です。

このnote記事は、上記英文記事の日本語訳になります。

なお、この翻訳記事で使用した画像は、原文記事から転載しました。また、[  ]内の記述は、訳者による補足になります。

日本語訳

ここ最近の10日間で行われたロシア軍の新攻勢によって、ウクライナ軍は、昨年8月に電撃的な攻勢作戦で奪取した領土から押し出されつつある。今回のクルスク突出部の崩壊は、7カ月にわたった作戦の終焉を示している。この作戦は大きな希望を引き出した一方で、厳しい批判も呼び起こしたものであった。

ここ最近の2週間にクルスク州で起きていることは何なのか?  なぜウクライナ軍はこの突出部から撤退せざるを得なくなったのか?  クルスクを失うことは、より大きな戦争遂行の枠組のなかで、どのような意味をもつのか?  そして、ロシア軍は次にどう動くのか?

クルスク突出部からのウクライナ軍の撤退
2025年3月5日〜13日
©️BLACK BIRD GROUP

この3月に向かう過程

2024年8月、ウクライナ軍はロシア領クルスク州への奇襲攻撃を行った。マンパワーの問題に苦しみ、東部で領土を失い、戦争を巡る言説が和平交渉の話へと向きを変えていたなか、この攻勢作戦は、当時のウクライナにかかっていた圧力を緩和させる手段として立案された可能性が高い。

ウクライナ当局者の発言によると、クルスク作戦の目標は、ドネツィク州ポクロウシクからロシア軍を引き離すこと、将来の和平交渉におけるカードとして用いるためにロシア領を占拠すること、スーミ州でのロシア軍越境攻撃の可能性をつぶしておくことにあった。うまくいった場合、この作戦はハルキウ州に展開するロシア軍部隊集団の西側面に対して圧力をかけることも意図していた可能性も高く、さらに、全般的な士気向上と、ウクライナが数カ月間にわたって徐々に領土を失いつつあった東部戦線から、国際的な目を逸らすことも目的としていたと思われる。

クルスク突出部の最大領域と喪失の変遷
2024年9月〜2025年3月
©️BLACK BIRD GROUP

この作戦の発動から数日間、幸先はよく見えた。ウクライナは国境線上に展開するロシア軍を完全に奇襲したようであったし、かなり多くの捕虜をとりつつ、1,200平方キロメートルのロシア領を何とか奪取することができた。

だが、問題はすぐに生じ始めた。

ウクライナはクルスク占領地の側面を拡張し、側面の安全を確保することに失敗した。少しずつではあるが、ロシア軍の増援が到着するなか、ウクライナ軍の作戦は防衛的なものに変わっていった。その後の6カ月間で、ロシア軍はクルスク州内のウクライナ占領地帯のかなり多くの部分を取り戻すつもりであった。2025年3月に入った時点で、ウクライナ軍は幅15キロメートル、縦深30キロメートルの狭い突出部を保持しているだけになっていた。直近の2月にロシア軍が進撃したことで、突出部とウクライナ領をつなぐ部分が狭まり、クルスク州内のウクライナ軍展開拠点の維持は困難になった。

崩壊はもはや時間の問題になった。

首を絞められるスジャ市への道

クルスク州のウクライナ占領地帯は、2本の道路で成り立つ、かぼそいライフラインによって、ウクライナ領スーミ州と結びつけられていた。大規模なほうが主補給路(MSR)で、スーミ市からスジャ市に向かって、ウクライナ・ロシア国境を越えて走っている。一方、小規模なほうは、副次的補給路(SSR)である。国境のウクライナ領側の野外を通り、それからオレシニャ[Oleshnya]という村落の南方で、ロシア領内を走る道路につながっている。

補給路に加えられたロシア軍の圧力
クルスク突出部  2025年2月〜3月
©️BLACK BIRD GROUP

クルスク州でのロシア軍の進撃ペースは鈍化していたとはいえ、ロシア軍はウクライナ占領地帯の南西側面で領土奪還を続けていた。2月にロシア軍はスヴェルドリコヴォ[Sverdlikovo]という村落を奪還した。この村はロシア・ウクライナ国境に位置している。そして、ロシア軍は国境を越えてノヴェンケ[Novenke]とバシウカ[Basivka]という村落[*注:ともにウクライナ領内の村落]に向かって進んだ。着実に前進を進めていった結果、ロシアは突出部の基部に隘路をつくり出すことに成功した。

スヴェルドリコヴォからロシア軍は2本の補給路の上空にドローンを継続的に飛ばすことができ、「キル・ゾーン(殲滅地帯)」と描写するしかないエリアをつくりだした。その場所では、多数のウクライナ軍装備品が破壊された。この結果、ウクラナイ側突出部への補給は、ほぼ不可能になった。さらに悪いことに、冬の気候が緩んだため、道路を外れた車両の走行は、極めて困難になった。

他方、突出部の東側において、クリロフカ[Kurilovka]という村落の南方で、ロシア軍が小さなものであるが、プセル川に橋頭堡を築いた。3月5日の水曜日、ロシア軍はこの橋頭堡の拡張を始め、SSRに向かう西方への攻撃を開始した。

ウクライナ側の情報源によると、この攻撃に投入された戦力は、少なくとも2個大隊の北朝鮮部隊であるとのことだ。この主張は正しいようにみえるが、この記事を公開した時点[*注:2025年3月13日]で、この攻撃に北朝鮮軍が加わったことを示す確固たる証拠を、私たちは得ていない。

3月6日の木曜日が終わるまでに、ロシア軍はSSRを遮断してしまい、突出部につながる唯一のルートをMSRだけにしてしまった。情勢は危機的なものになった。クリロフカから西の方向におけるロシア軍の前進が継続した場合、特に同じような試みがスヴェルドリコヴォからMSRに向かってなされることと連動した場合、クルスク州内に残る全ウクライナ派遣部隊が包囲されてしまう可能性があった。

ウクライナ軍は作戦予備戦力を投入し、自軍占領地帯の南側で前進するロシア軍に対して反撃を行った。この反撃によって、ロシア軍の前進は抑え込まれた模様であるが、ロシア軍を後退させることができた様子はなく、結果として、突出部全体が脆弱な状態に置かれた。

北朝鮮軍の前進の抑え込み
クルスク突出部  2025年3月6日〜12日
©️BLACK BIRD GROUP

北部の崩壊

南側での攻撃は、連携のとれた、クルスク突出部に向けた必殺の一撃の一端となることを意図していた可能性が高い。南側での攻撃によって、SSRが遮断されてしまったのとほぼ同時に、ロシア軍は新たな攻撃を始めた。その攻撃は、マラヤ・ロクニャ[Malaya Loknya]から、そこから離れたマルティノフカ[Martynovka]という村落までの、占領地帯北側半分の突出部で行われた。ウクライナ軍は占領地帯の端に位置する村々からすぐさま撤退を始め、スジャ市とカザチャ・ロクニャ[Kazachya Loknya]という村落に向かった。

スジャから南東に向かう方向でも、ロシア軍は攻勢を続けた。しかし、そこではあまり前進できず、攻撃の結果が該当地区のウクライナ軍戦力を拘束するのみに終わった可能性は高い。

ウクライナ軍が配置転換を行って、かなり経験豊富な部隊をクルスク州から移動させたことを示す情報があるとはいえ、北部からのウクライナ軍の撤退が計画された作戦運動であった可能性は極めて低い。どれほど過小に判断しても、撤退に関する計画を妨げたのはロシア軍の攻勢であった。だが、相当重要な部隊の一部、たとえばドローン操縦者がいるような部隊は、優先的に後退した。その後、残存部隊にとって、情勢はますます厳しいものになった。

ウクライナ軍の後方地点において、ロシア軍はロクニャ川・スジャ川・プセル川に架かる、まだ破壊されていない橋を攻撃した。その結果、ウクライナ軍は前線から離れた地点で動けなくなった。また、道路の一部は、破壊されたウクライナ軍装備品があることで通行不能になった。これらのことは、ウクライナ軍部隊が国に戻るのに、徒歩での厳しい移動をしなければならなかったことを意味している。この撤退行動において、何日にも及ぶ、30キロメートルを超える距離の行軍をした者もいた。ロシア軍事ブロガーが公開した動画には、小隊から中隊の規模での密集した隊列で撤退するウクライナ軍が映っており、ウクライナ軍が頭上を飛ぶドローンから身を守ることよりも、撤退のスピードと効率を優先したのは明らかであった。

別の動画にはウクライナ軍兵士の死体と鹵獲された装備が映っており、そのなかにはマラヤ・ロクニャにおいて、ほぼ無傷で鹵獲されたとされる、1両のM1"エイブラムス"戦車も含まれている。

スーミに生還した兵士による証言とウクライナ軍事ブロガーが示しているのは、この撤退がカオスだったということで、よくいって、撤退の連携・調整がかなり雑だったということだ。最初の撤退命令は、突出部の情勢が悪化し始めたのちに、現場指揮官が出した可能性が高い。そして、撤退がかなり進んでから、より上位の指揮階層がようやく対応したものと思われる。

クルスク突出部  北部
2025年3月6日〜11日
©️BLACK BIRD GROUP

パイプラインからの侵入者

北部攻勢の一幕として、ロシア軍が一群の兵士を、戦場を通っている廃棄されたガス・パイプラインを用いて、ウクライナ軍の後方に浸透させたということがあった。この兵士たちは、スジャ市の北方とイワシコフスキー[Ivashkovskii]の南方に広がる野外の、双方の中間地点で、パイプラインからあらわれた。この部隊は、すぐさま南西方向に移動し、この地域を走る鉄道線の周囲にある森林内に陣地を構えた。

動画によって明らかになったことに、ウクライナ軍がロシア軍をクラスター弾頭で攻撃したということがあるが、この浸透部隊の運命がどうなったのかは、あまりはっきりと分かっていない。ウクライナ軍の主張によると、ロシア軍の作戦は失敗し、浸透隊員は完全に殲滅されたということだ。一方でロシア軍の主張によると、一定程度の死傷者は生じたものの、浸透部隊はスジャの北東方向に位置する工業地区に向かって南進するとともに、カザチャ・ロクニャ近くのクバトキン[Kubatkin]という村落を占領するために北進したとのことだ。このロシア側が主張する戦術機動が事実ならば、マラヤ・ロクニャとマルティノフカからのウクライナ軍の撤退は、よりいっそう困難なものになっていただろう。

ロシア軍浸透部隊の規模もはっきりしていない。当初、100人程度の兵員で構成される中隊規模の戦力だと伝えられていたが、のちにロシア側情報筋は、400人超の兵士が、800人に達したという話さえあるが、この作戦に関わったと主張するようになった。浸透部隊の目標と主張されている内容を踏まえると、大隊規模の戦力という可能性も現実味がある。

ロシア軍が任務遂行初期時に何がしかの人的損失を出したのは確実といえるが、ウクライナ軍が浸透部隊を何とか全滅させることができた可能性も低い。パイプラインのなかにいる将兵の動画が作戦開始直後から多く投稿されており、死亡したロシア軍浸透部隊将兵が映った動画は見当たらない。ゆえに、ウクライナ軍が浸透部隊員から電話機と動画を戦いのなかで奪ったという可能性は低い。

浸透部隊が実際に、主張された目標に向かって、鉄道線沿いに北と南へと移動した可能性も高い。この戦力が目的を完遂できたかどうかはまだ分からないが、ウクライナ側占領地帯の後方に大隊規模の戦力が出現したことが、突出部内の混乱状況をますます悪化させた可能性は高く、一部の現場指揮官が占領地帯の最前線から部隊を撤退させる決心をすることを促進した可能性も高い。

クルスク作戦の終焉

ロシア軍の圧力にもかかわらず、ウクライナ軍は苦戦しつつも、再編成を行い、コザチャ・ロクニャという村落とスジャ市の周辺で遅滞行動を遂行した。これによって、撤退するための貴重な時間を稼ぐことができた。少なくとも3月7日から9日にかけての週末の期間、ウクライナ軍がコザチャ・ロクニャを何とか保持できた可能性は高い。

だが、3月11日までにロシア軍はコザチャ・ロクニャを占領した。12日には、ロシア軍がスジャ市の中心部で旗を掲揚した模様が撮影されている。ウクライナ軍はクルスクを放棄するつもりはないというウクライナ側の公式な主張にもかかわらず、この突出部は事実上、消滅しており、3月13日が終わった時点でウクライナ側の手に残っているのは数平方キロメートル程度しかない。今後もスジャ市の外周部と国境沿いの村々で、しばらくの間、戦闘が続いていく可能性は高いが、それもロシア軍が作戦を締めくくるまでの間のことだ。

ロシア軍の進撃は、米国が情報共有を停止したために起きたと主張している者もいる。なお、この情報共有停止は、ロシア軍攻勢作戦が始まったころに起こった。だが、私たちはこの種の主張を重視しない。ウクライナ軍が何がしかの事前警告を受け取れなくなる時期に合わせて、このロシア軍攻勢作戦が計画されたということはありえない。また、クルスク以外の戦線におけるウクライナ軍の軍事行動が、クルスクのような大規模な混乱状態に陥ったことを、私たちは確認していない。

なお、情報共有の停止が何らかの現場レベルでの混乱と情勢認識のずれを生み出したことはありうるが、ロシア軍の成功の説明としては、十分でない。

よりよく物語っているのは、現地の実情だ。つまり、ウクライナ側の兵站が大規模に阻害された結果、何らかの形の撤退が起こるのは時間の問題にすぎなくなったということだ。ロシア軍はまた、これより以前に大規模な歩兵突撃を用いて、局地的な突破浸透箇所をつくり出すことに成功している。今回の崩壊を導くことになった諸要因はすべて、以前から確認されていたもので、情報共有が失われたことは、せいぜい状況を悪化させたにすぎない。情勢が危機的になった時点で、最も重要な部隊や将兵が撤退するのも以前と同様のことだった。

情勢と想定される今後の動き
クルスク突出部  2025年3月13日
©️BLACK BIRD GROUP

この作戦の終焉を迎えるまでの期間、ウクライナの戦争遂行努力における最重要事項は、戦力の保全であった。つまり、ウクライナ軍がどれほどうまくクルスクから将兵を安全に撤退させることができるのか、また、将兵とともに、どれほどの数量の装備品を引き上げることができるのか、ということだった。

ウクライナ軍の死傷者数を見積るのは難しい。突出部の北部において、ロシア軍はウクライナ軍の大部分を包囲する、もしくは、罠にかけようとしたが、それはできなかった模様だ。公開されている動画に、これまでのところ、一回、捕虜になったウクライナ兵が映っているが、その数は一握りの程度のものだ。なお、今後の数日間、数週間で、死傷者に関する状況は、もっと明白になっていくものと思われる。

ウクライナ軍兵士のなかには、今回の撤退を2025年のデバルツェボの戦いと対比する者も少なからずいる。

ウクライナ軍が突出部内に配置していた重装備と車両の大部分は、残置していかなければならなかった。それは、まだ使うことのできた補給路上空にドローンが飛来するという脅威があったためだ。

今後の数日間、数週間で、ウクライナ軍が、スーミ州内のより防衛に適した陣地に向けての撤退を完了させる可能性は高い。そののち、情勢がどうなるのかは、見通すことが難しい。

可能性として、ロシア軍がこの地区に戦力の残し、スヴェルドリコヴォとクリロフカから進発する攻勢軸に沿ってさらなる進撃を行い、国境を越えてスーミ州内に入って、ウクライナ軍を追撃しようとすることもありうる。このように進展した場合、ウクライナ軍はこの地区にかなりの規模の部隊を展開させたままにせざるを得なくなり、同軍が撤退した部隊を東部戦線用の予備戦力にすることは難しくなる。

一方で、ロシア軍が、戦力移転を行ってドンバス地方での作戦遂行を支援することに、より大きな価値を見出すという可能性もある。しかし、このようにした場合、ウクライナ軍もクルスクから撤退した戦力を、ほかの地区に自由に投入できるようになる。

ロシア軍はスーミ州内のウクライナ軍に少なくとも一定程度の圧力を加え続けようとする可能性が高いというのが、私たちの見立てである。というのも、ウクライナがクルスクに兵力を投入した結果、東部戦線におけるウクライナ軍の防衛能力が減少している可能性が高いからだ。

(次回も私たちはクルスク作戦に関するテーマを続けていく予定で、この作戦は成功だったのか否か、その目標は何らか達成できたのかどうかに関する議論を進めるつもりです)

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