「シンプルな生活」って、なに?
何かと問題が発生しがちで、物事がスムーズに進んだためしのない職場。計画性の欠如、他者への気遣いのなさ、そういう会社という集団が本来ベースとして持っていないといけない機能が欠けているために、さまざまなやっかいごとが持ちあがってきて、やるべき業務が思うように進まなくなることが多々ある。
そのたびに口をついて出るのは、「めんどくさい」。「忙しい」とか「大変だ」ではなく、「めんどくさい」。
若い頃、新卒で入社して20年勤め上げた会社は、いまなら即ブラック企業に認定されてもおかしくないような、残業が雪だるま式に増えていく会社だったので、忙しいことにはかなり耐性がついてしまっている。だから、ただ業務が多すぎて「忙しい」のではなく、やるべきことをやっていないために発生する業務のバグのような問題が頻発してくると、「めんどくさい」のだ。
今の会社に転職してもう10年。そんな環境に長く身を置いていたせいか、最近はふとした瞬間に、「ああ、シンプルな生活をしたいなあ」なんてつぶやくことが多くなってきた。余計なことにわずらわされず、やるべきことをただひたすらにやりつづける。マルチタスクのできる性格じゃないんだよ。シングルタスクで行きたいんだ。
でも、よく考えてみれば、シンプルな生活、ってなんだろう。
会社を辞めて人里離れた山奥でシンプルライフを送る家族を紹介するテレビ番組を見たりする。古民家を自分たちで改装、近所の人がタダで貸してくれた農地で栽培した野菜で自給自足、お肉は野菜との物々交換…
いろんなことやっているけど、何をもってシンプルライフって言っているんだろう。
はて、自分が望んでいる「シンプルな生活」って、どんな暮らし方なんだ?
毎日パンを作ってそれで生計を立てる生活はシンプルな生活?
毎日noteを書いてその収益で生活するのはシンプルな生活?
ひとしきり考えてみてたどりついたのは、毎日やらないといけないことがたくさんあったとしても、そのすべてが自分のやりたいことを実現するために必要なこと、そういう生活なんじゃないかな、ということ。
マルチタスクがいやなんじゃなくて、何のためにやっているかがバラバラなタスクがたくさんあるのが性に合わないんだ。
ということは、残りの人生で「シンプルな生活」ができるようになるためにまずやらないといけないのは、自分のやりたいことを決めること。生きていくための糧を何で稼いでいきたいのかを決めること。
さあ、与えられた仕事をこなしていればお給料がもらえるサラリーマン生活に甘んじて深く考えてこなかった頭をしぼりにしぼって考えないといけないぞ。年金もらってぼんやり庭いじりでもしてのんびり過ごす毎日を送るのか、たとえ忙しくても自分のやりたいことで生活費を得る人生を送るのか、猶予はあと2、3年しかないんだ。
明日から、いや今日から毎日少しでも考える時間を取るようにしよう。自分の夢の生活を実現するために。
