1on1が空転するとき、何が違っているのか
このところ「位相」について触れることが多い。今回は位相にまつわる話を挟んでおきたい。位相という概念を知っておくだけで、動きがよくなるところがある。
例示したいのは1on1についてだ。相当こすられてきたテーマであるが、引き続き1on1が上手くいかない、というか上手くいっているかどうか分からないという声を聞くことがある。
話すための時間も頻度も確保しているし、なんなら何を話すかのテーマも軽く用意している。それでも「意味がない」「結局ただの報告になっている」と感じられてしまう。多くの現場で1on1という場でまず立ち上がっているのは、評価の場としての位相だ。
評価の位相に置かれた1on1では、問いは確認になる。「最近どう?」は進捗報告になり、「困っていることは?」は問題の有無チェックになる。話す側は無意識に安全な話題を選び、失敗や迷いは後景に退く。結果として、1on1は定期的に行われているのに、その後の関係性も行動もほとんど変わらない。
評価面談が別にある場合でも、「この場での発言がどこかで評価に接続される」という感覚さえあれば、1on1は自然と評価の位相に引き寄せられる。これは問いやフォーマットの問題ではなく、その場がどんな意味を帯びているかの問題である。
一方で、同じ1on1が対話の位相に置かれると、起きることが変わる。ここでは、うまくいったかどうかよりも、「何が構造として引っかかっているのか」を一緒に考える。個人の頑張りや反省ではなく、役割、期待、関係性、仕事の組み立て方といった要素(観点)を元に「構造」そのものが話題になる。
対話の位相では、問いは答えを出すためのものではない。状況を分解し、捉え直すための手がかりの位置づけになる。沈黙は(答えにつまり汗をかく時間ではなく)考えている時間になり、言葉は(とりあえずの穴埋めではなく)途中経過として扱われる。1on1は、個人を評価する場ではなく、状況を一緒に理解する場になる。

やや脇道にそれるが、「えーと」や「あー」といった言葉には隙間や焦りを埋めるためのものか、それとも然るべき言葉その手前にある自分の理解を探るためのものか、見方はそれぞれある。こうしたフィラーという言葉をどう扱うかも、立ち止まって考えてみたいところだ。
「えーと」や「あのー」といったフィラーを出す人間を評価しない、という流れには一言語学徒として全力で抗っていかねばならない https://t.co/SQovYNjutO
— みずの@ゆる言語学ラジオ (@yuru_mizuno) January 17, 2026
同じ時間、同じ問い、同じ頻度でも、意味はまったく違ってくる。行為が変わったのではない。行為が置かれている「位相」が変わっただけだ。
1on1を変えたいとき、やり方を足す前に考えたい。この1on1はいま、評価の位相にあるのか、それとも対話の位相にあるのか。位相という言葉を持つだけで、見直すべき要点ははっきりしてくる。
