夫婦二人きりにしてくれるな、気まずい
いつからだろうか、夫婦二人きりになることにちょっとした緊張を感じてしまうようになったのは。
空気感が漏れ出てしまっているのか、先日7才の次男が言い出したことは私の言葉をグッと詰まらせた。
日曜の昼、毎度恒例の「今日何食べる?」会議をしていると夫が言った。
「ほら、近くにできた米粉のパン屋さん、あそこに買いに行ってみようか」
いいね米粉パンってなんか罪悪感薄れるし、と思っていたら10才の長男が放つ「俺! 米粉パン、めっっっちゃ好きだから!!」という強めの宣言により昼ご飯は秒で決定した。
丁寧な暮らし系夫が「おかずに蒸し野菜でもあったら嬉しいな、俺買ってくるからお願いできる?」と言ったが、パンをこの目で見たい私はそれを丁重にお断りした。
「新しいパン屋、私も、いきたい!」
大人げない気もするが、この目で、現場を押さえたいのだという気持ちに嘘をつけない。
ここに救世主として現れたのが料理好きの10才だった。
「あぁ蒸し野菜? ジャガイモ人参たまねぎとかでいいんだよね? 俺やっとく」
おぉジーザス! なんということか、これで心おきなくパン屋にレッツゴーできます。ありがとう。
すると意外だったのはそれに7才が続いたことだった。
「じゃあ、おれも家で待っとく」
当初、家族で行って「俺はこれ、私はこっち」とわいわいパンを選ぶものだと思っていた私は拍子抜けした。え? パン屋一緒にいかないの??
結局、子供二人は留守番することになり、夫と私でパンを買いにいくことになった。
予期せぬ夫婦二人きりのお出かけにビビりながら玄関で靴を履いていると7才が追いかけてきて満面の笑みで言った。
「二人きりで気まずいだろうけど、いってらっしゃーい!」
ブーーーーっ!
吹き出す私。
べっ、べつに、気まずくねーわ!! と威勢よく扉を開けたはいいが、問題はそのあとだった。
予想よりすぐに来たエレベーターに乗り込みながら、冗談っぽく「気まずくてごめんねぇ~!」と言ってみる。冗談に乗った夫が「い、いえ、全然、気まずくなんかありませんので」と右足と右手が一緒に出るやつをしながら乗り込んできたので笑った。
普段、あまり冗談を言わない真面目な夫が一生懸命ふざけようとしている。
なるほど、この男も緊張している可能性がある。
子供が生まれてから夫婦二人きりというシチュエーションが激減し、何か会話をしようにも「ねえねえ!」と割り込む長男に邪魔をされ、次男にいたっては夫が私に笑いかけながら話をしていると「ぼくに話すときはそんなに笑顔じゃなかった」と涙目になる始末。
君はあの男の彼女か! とにもかくにもお父さんが大好き過ぎるのだ。
万年激務男である夫が唯一休めるのは日曜だけで、出張だったり飲み会だったりでなかなか夜に二人で会話をする暇というものがない。たまに早く帰ってきたかと思ったら川の字になった寝室で子供より先にすやすやと寝息を立て始める。
彼の辞書に「夜更かし」という文字はない。相変わらず丁寧な暮らししてんなぁ! とたまに毒づきたくなるのも事実なのである。
その結果、夫の横を歩くときは一体どんな顔をしていればいいのだろうかという何とも残念な状況になってしまっていた。
気まずさを増加させてしまったのには、実はもうひとつの理由があった。
私が唐突に「5つの愛の言語」という一見面倒なものを持ちだしたからだ。
「5つの愛の言語」とは、哲学博士でもあり結婚カウンセラーでもあるゲイリー・チャップマンが「人にはそれぞれ最も響く愛情表現がある」と説き、それを5つのタイプに分類したものだ。
流れてきたYouTubeのおすすめ動画が「5つの愛の言語」について解説しだした時、私の目は釘付けになった。
何を得られれば満足度が高まるのかは、男女関係なく個体差が非常に大きく、しかも夫婦やカップルのほとんどでその優先順位は食い違いを見せるというではないか! なんたる悲劇!!
道端をゆく多くの夫婦やカップルを1組ずつ捕まえて「その、なんというか、あなたたちは、お互いの愛情表現に満足しているのですか?」とお尋ねしたい衝動に駆られる。
妻である私はハグや会話を求めるタイプだが、どうやら夫は違うらしい。
以前、自他共に認めるズボラ女の私が片付けにハマって、部屋のありとあらゆる場所を綺麗にしてまわった時があった。特に大変貌を遂げたのは台所で、自分でもうっとりする仕上がりになったのだが、仕事から帰宅した夫はそれを見て、なんと涙ぐんだのだ。
「わぁ……、すっごく……綺麗……」
おいおい泣くほどのことかよ、ほんで泣き方乙女か、と笑い飛ばしたくなったが、相手が自分のために労力や時間を割いてくれる「奉仕行動」こそが、夫にとって最も愛情を感じる手段なのであろう。
動画を見てしまった以上、今すぐにでもこれを伝えなければという相手からしたら大変迷惑な使命感に駆られた私は、仕事中の夫になかなかの長文LINEを送りつけた。
それが、パン屋に行く前日のことである。
私にはもっと多くのスキンシップが必要なのだということ、あなたはそれをわかっていらっしゃって? という問い詰め、あんまり理解してくれないんだったら爆発しちゃうぞ? という脅し、そもそもあなたの欲する愛情表現第一位は何なの!? という何のオブラートにも包んでいない直球勝負……。
これに夫が返してきた返事は「なかなか要望に応えられてないようで申し訳ない」という謝罪だった。
ちがーう!! そういうのが聞きたいんじゃなくて!
愛の囁きが欲しいわけ。耳元でささやき女将をしてほしいわけ。
真正面からの返事とは言い難いこれをもらったとき、完全に戦略を失敗したと思った。
世の中には真正面からぶつかって功を奏するものと、そうでないものが存在するならば、今回は完全に後者だった気がする。
しかも、逆の立場になって考えてみたら、私の優先順位が低い「奉仕行動」を夫が声高に要求してきたら、正直萎える。炊事洗濯子供の世話、二日にいっぺんくらいの掃除機くらいで許容範囲を軽々超えるズボラ女ゆえ、これ以上求められても応える自信がないからだ。
人に変わってほしいという前にまずは自分が変われとは聞き飽きるくらい聞く話だが、実践となると本当に難しい。
とはいえ、パン屋に向かうぎこちない夫婦に、希望の光がまったく差さないということでもなかった。子供に横入りされず純粋に夫婦だけでやりとりする会話は、結構スムーズでゆったりとした気持ちが流れつつあった。これならいけるかと踏んだ私は「ほら、前は月に一回くらい平日ランチしてたじゃん? 今は行けたりしないの?」と期待せずに聞いてみたところ「そうねぇ、予め決めておけば行けなくもなさそう。回らない寿司でも行こうか」と夫が言い出したのだ。
夫と! 二人で! 回らない寿司!!
久保田利伸のメリーゴーランドが回り出しそうな勢いだ。
ほくほく顔でずっしりと重い米粉パンを吟味し、お店の人が勧めるままにパンの味見をし、「うん、おいしいね」と顔を見合わせる私たちはきっと悪くない雰囲気だっただろう。
パンを買い込み帰宅すると、台所ではシューシューと湯気が立つ鍋のそばで10才が本を読んでいた。ここにも確かな幸せがあるし、夫婦ふたりの満足度をより向上させていくこともまだ諦めてはいない。
密かにポチった「5つの愛の言語」についての本がもうじき届く。
夫よ、覚悟して待っておれ。異なる言語を持つパートナーとの解決方法を入手した暁には、二人きりにビビる夫婦はもう卒業だ!【おわり】
