人は、いつから役割で生きるようになったのだろう。
もし人生にも初心者マークがあるとしたら🔰
私たちは、返却する日が来るのでしょうか。
私は、来ない気がしています。
学生の時、学生になるのも初めて。
社会人になった時、社会人も初めて。
年月を経て…
50歳になるのは、50歳が初めて。
親になるのも初めて。
祖父母になるのも初めて。
その年齢になるのも、
その立場になるのも、一度きりです。
それでも私たちは、時にこう思ってしまいます。
「もうこの年齢だから…」
と初心者ではない自分を
追い求めてしまうのではないでしょうか。
こう考えてみたら、
私たちはずっと初心者なのです。
私はこれまで、
このnoteで何度も「認識のズレ」について
書いてきました。
人と人とのズレ。
価値観のズレ。
手段と目的のズレ。
でも、私が一番お伝えしたいズレは、
実はそこではありません。
「自分」と「自分との認識のズレ」です。
少しだけ、想像してみてください。
赤ちゃんが生まれました。
その時、周りは何を願うでしょう。
「将来、立派な部長になりますように。」
…とは、あまり聞きません。
「有名になりますように。」
でもありません。
多くの人は、
「元気に生まれてきてくれてありがとう。」
「生きていてくれれば、それでいい。」
そう願うのではないでしょうか。
つまり、
人は最初から役割として
生まれてくるわけではありません。
一人の「人」として迎えられます。

ところが成長すると、
子ども。
生徒。
社会人。
夫。
妻。
父。
母。
祖父母。
少しずつ役割が増えていきます。
役割が増えることは悪いことではありませんし、
社会には役割が必要です。
もちろん、
私たちは役割を担いながら生きています。
でも、いつの間にか
一つの認識のズレが生まれませんか。
本来、役割は「担うもの」。
それなのに、
いつしか「役割が自分」になってしまうのです。
仕事がうまくいかないと、
「私はダメな人間だ。」
子育てに悩むと、
「親として失格だ。」
そんな風に思ってしまう。
でも、もう一度だけ、
少し考えてみてください。
親になったのは、今回が初めてです。
その年齢なるのも、今回が初めてです。
子どもが巣立つのも、今回が初めてです。
その後、きっと孫ができ…
と想像を巡らせても、
祖父母になることすら一年生です🔰
こうして私たちの人生には、
リハーサルがありません。
毎日がぶっつけ本番です。
だから、
うまくできない日があっても
本来、なんら不思議ではありません。
むしろ、その方が自然ではないでしょうか。
だって、
その日を生きるのは今日が初めてなのですから。
そう考えると、
「もうこの歳なんだから。」
「親なんだから。」
そんな言葉で
自分を追い込む必要はないのではありませんか。
すべて、初体験でしかあり得ないからです。

もし人生にも初心者マーク🔰があるなら、
親になった日も。
50歳になった日も。
80歳になった日も。
きっと、外せません。
そう思うと、
少し肩の力が抜けませんか。
役割は、この先も変わり続けます。
でも、一つだけ変わらないものがあります。
生まれたあの日、
「生きていてくれれば、それでいい。」
そう願われ、
この世に迎えられた、一人の人としての自分です。
私は、
「自己肯定感を育む」
という言葉を使うことがあります。
でも、本当に育みたいのは、
その奥にあるものです。
人としての心の土台。
生きる土台。
役割は、その土台の上に立つもの。
だから私は、
役割を手放そうと言いたいのではなく、
役割を安心して担えるように、
まずは土台を育てていきたいのです。
人生にはリハーサルがありません。
だから今日うまくいかなかったとしても、
それは「失敗した一日」ではなく、
今日という一日を、初めて生きた一日。
そう考えられたら、
私たちはもう少し、
自分にも優しくなれるのかもしれません✨
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