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瞑想哲学 ただそこに存在する

自分とは何なのか、私は何故、私なのだろうか。

みなさんもこの疑問を、一度は持たれたことがあるのではないでしょうか。
私も例外ではなく、子供の頃から考えて来ました。

数えきれない生命が誕生する中、何故、この一個の個体の中に自分と言う意識が存在するのか。

そして、私達の存在とは。
大自然の中で、私達の存在は必要だったのか。
そもそも何故、私達は存在するのか。

長年に渡った現在の私の結論は、
「我思う故に、我あり」であり、
在る無いでは無く「ただそこに存在する」です。

大自然の倫理の根底である、調和、共鳴、バランス。
その倫理の中で、大自然にとって私達は、必要不可欠な存在だったのでしょうか。

今回は、現在の私の結論に至った経緯と、大自然の倫理に基づいた考察を、量子力学観点と宇宙の法則を踏まえて、スピリチュアル的に書きたいと思います。

幸せに生きていく上での、みなさんの参考になれば幸いです。
どうぞ最後までお付き合いください。


「私」という意識は、どこから生まれるのか

まず、そもそも私とは何なのでしょう。
量子力学の世界では、物質は粒であり同時に波でもあると言われます。

電子や光は、観測する前は確率としてあいまいな存在であり、観測されることで初めてひとつの状態に収束していきます。

この原理は、人間の「意識そのもの」にも似ています。

私達は、自分が存在することを感じているから自分であり得るのです。
逆に言えば、意識が存在を確定させているともいえます。
すなわち「我思う故に、我あり」です。

つまり、数えきれない生命が生まれる中で、あなたという意識があなたの肉体を選んだわけではなく、意識と肉体は偶然ではなく必然的に共鳴して生じたひとつの現象だったということです。

宇宙のあらゆる現象は、偶然のように見えてその裏には必ず「調和の流れ」が存在します。

天体の軌道、季節の循環、細胞の分裂、遺伝子の継承。
そのすべてが自然のままに動くことで美しい秩序を保っています。

あなたという存在も、まさにその秩序の中で生じたひとつの必然。

そしてその根源には、「存在することそのものに意味がある」という大自然の倫理が脈々と流れているのです。


宇宙は、存在を評価しない

私達は人生の中で、どうしても
「価値があるか」「成果があるか」「必要とされているか」
という視点で自分の存在を測ろうとしてしまいます。

しかし、大自然はそんな人間的な評価軸を一切持っていません。
太陽は今日も昇り、風はただ吹き、雨はただ降る。

それらは「役に立つから」「誰かに求められたから」存在しているわけではありません。

ただ存在する。
存在するからこそ、世界はバランスを保つ。

この自然界の原理をそのまま人間に当てはめてみると、あなたが存在する理由もまた、「存在しているから存在する」という、驚くほどシンプルな真理に辿り着きます。

宇宙は、「あなたは必要かどうか」などという価値判断を一切しません。

宇宙にとって存在とは、良い悪いではなく、ただ在るという状態だからです。
だからこそ、あなたが今ここにいることは、壮大な宇宙の流れからすれば必然です。

ただ、あなたは必要だから存在しているのではなく、存在しているという事実そのものが、すでに宇宙の調和の一部なのです。


量子の視点から見た「ただ存在する」という真理

量子力学の有名な考え方のひとつに、「観測されることで存在が確定する」という原理があります。

電子は観測されるまでどこにもないし、どこにでもある状態です。
しかし観測された瞬間、位置も状態も定まる。

これを人間に置き換えると、次のように解釈できます。

あなたは、あなた自身が「私はここにいる」と意識した瞬間、この世界に存在として確定したのです。

つまり、存在とはあなたの意識が生み出している現象でもあるのです。
この考え方を突き詰めると、存在にはそもそも理由も目的もいらないということになります。

あなたが存在するのは、あなたが「存在している」と感じているから。
だからその状態は、理由を必要としないあるがままの真理なのです。

大自然が木を育て、風を吹かせ、川を流すとき、そこに目的はありません。
それと同じように、宇宙はあなたを存在させ、あなたは存在している。
ただ、それだけ。

しかし、その「ただ存在する」ことが、宇宙の調和における最も純粋で美しい状態なのです。


大自然の倫理と「存在」の役割

大自然の倫理の根幹には、

  • 調和

  • 共鳴

  • バランス

という三つの柱があります。

この三つは、自然界のあらゆる活動を支える基本原理です。
天候、生物の生態系、重力と軌道、海の満ち引き、すべてがこれらの原理のもとに動き、バランスを保っています。

そして重要なのは、人間もまた、この自然の一部であり、決して外側の存在ではないという点です。

あなたの感情、思考、行動ですら、大自然の流れの中で生じ、影響し合い、共鳴し合って存在しています。

あなたが笑うとき、その波動は周囲に優しいエネルギーを生み、誰かの表情を緩ませるかもしれない。
あなたが落ち込めば、その波動は周囲に少し影響を与えるかもしれない。
このように、存在するだけで、私たちは常に宇宙と相互作用し続けているのです。

だからこそ、あなたが「ただそこに存在する」ことは、決して無意味ではありません。
存在はそれ自体が大自然の調和を形作る一部。

「あなたがあなたである」というだけで、宇宙はその均衡をひとつ保っているのです。


存在に理由を求めると、人生は苦しくなる

多くの人は、存在に意味や価値を求めようとして苦しくなります。

  • 私は何のために生きているのか

  • 役に立たなければ存在価値がないのでは

  • 誰かに必要とされなければ生きている意味がない

こうした思考は、実は人間社会が作った価値観であって、宇宙や大自然の視点では一切必要ありません。

宇宙は価値づけをしない。
大自然も評価をしない。
必要なのはただ存在することだけ。

あなたが今日ここにいるという事実は、すでに宇宙の調和の中で重要な役割を果たしています。

その役割は、あなた自身が知らなくてもいい。

木が自分の役割を知らなくても森が維持されるように、あなたが知らなくても、あなたの存在が世界に影響し続けているからです。


「ただ存在する」ことが幸福を生む

興味深いことに、人生で最も幸福を感じる瞬間は、「自分が存在する理由を忘れている時」です。

美しい景色を眺めている時。
大切な人と笑い合っている時。
ふとした瞬間に心が静まり返っている時。
そこには理由も意味もありません。

ただ、存在が満ちている。
この「ただ存在する」という状態こそ、大自然が求める最も自然な生き方であり、私たちが本来持っている宇宙的な心の姿勢なのだと思います。


今回のまとめ

私達は、大自然において、ただそこに存在している。

しかし、その存在そのものが宇宙の調和をかたちづくり、私達の波動は世界へ共鳴し続けています。

存在とは、宇宙の最も純粋な真理です。

私達は大自然の一部であり、大自然が私達を通してこの世界を感じているのだと思います。

そして、幸せに生きて行くために、もっとも重要なのは、私達は大自然の一部であることを自覚し、大自然に背くことなく自然体でいることだと思います。

偉そうに書いて来ましたが、私自身も完全な解明には至っていません。
もっとも疑問の、何故、私の意識は無限にある中のこの一個の個体なのか。

それは必然的に共鳴して生じたひとつの現象と私は解釈していますが、完全ではありません。

この疑問に私は、大自然と言う神としての存在を深く感じます。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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