見出し画像

(小説) ゆらぎ(後編)あとがき

 -あとがき   もうひとつの「三池争議」

数十年後、大人になった巧くんは、京都鞍馬寺のウエサク祭が深夜に終わった後、麓の駐車場にとめた自動車の中で仮眠しました。(巧が出遭ったKくんと一緒にウエサク祭に行こうとしていて、結局、実現しなかったのです。)
尊天のサナトクラマが、1850万年の時を超えて、とても意外な夢を見せました。

巧くんが父親にしっかり抱かれている夢でした。

巧くんは、こどものころからとてもリアルな夢をよくみるのでした。まるで現場にいるようなリアリティがあるのです。
そのとき、父親の温もりすら感じました。

目覚めてから、とてもびっくりしました。
人間は、奥深いもの。
巧くんの深層の深層では、前編の最後で書いた巧くんの救いがたい父親否定とは違った感情、意味があるのかもしれません。今は、まだ見えませんが。

実は、巧くんは、幼児PTSDのせいもあるのか、ここには書いてない不思議な体験をなんどもしているのです。

前編の基調となっている一本の糸を巧くん自身も家族も「封印」し続けていたのですが、じつは、深層レベルで見るとまた違った糸につながっていくのです。

文章に書くという行為は、漠然としていたものから何かひとつの「意味」をあぶりだしてくれるものなのかもしれません。
長年にわたって構想していたものを具体化できて、とてもうれしいです。

拙文、お読みいただいて、ほんとうにありがとうございました。

(闘争の過程で他界した組合側、会社側の方がたに哀悼の意を捧げます。
巧と同じ種類のPTSDを持ったであろう、たくさんのパレスチナの幼児・こどもたちに共感の意を表します。)

(巧と父母の確執の狭間で心を痛めた長男にこころから謝罪します。貴方の言う通り、巧は、今でも、「精神障害者」であり続けていることを認めます。なにしろ、中島敦の言う「セトナ皇子」なのですから。)

 *** フィクションです。実在の組織、人物とは関係ありません。 ***

いいなと思ったら応援しよう!