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多言語同時習得について所感

長年、独和翻訳者でした。とは言うものの、ばっくり言って、99%独和、1%英和でした。
プロであればあるほど、独和翻訳者にとって重要なのは、日本語の表現能力です。従って、ドイツ語会話も英会話も殆どできませんでした。むしろ、朝鮮語の方が会話はできました。

その限界から脱出すべく、4-5年前から英国人から英会話を習い始めました。当初、英語を話そうとすると、朝鮮語が頭に浮かぶのです。日本語→朝鮮語→英語の順に変換して、やっと英語が口に出てくる状態でしたので、とても大変でした。頭の言語切替スイッチが欲しい!と、冗談で英国人の先生に言ってたくらいです。

最近、気付きました。言語切替スイッチが欲しい!という気持ちは、まったく消滅していることを!

まぁ、英会話能力がアップしたからなのでしょうが、淡々と英語→英語と表現するまでもなく、英語でとっさに反応している自分に気付きました。

朝鮮語は、話す機会が殆どなくなったのですが、たまに朝鮮語(以下、韓国語とも)を耳にしたり、韓国ドラマとか見ると、リスニング能力は、殆ど劣化してないかと思います。韓国語の日常会話は、韓国語学習者の相当なレベルの人でも難しいかと思います。自分自身がそうでした。日本語もそうですが、文法で表現し得ない特有の「雰囲気」のようなものが、纏わり付いている気がします。英語とか、他の言語もそうなのでしょうが。相対的に、韓国語・日本語は、それが強いように思います。

そんな体験から、多言語同時習得について感じたことをまとめてみます。
いろんな学習法とか、最近は、多種多様な言語学習アプリがあり過ぎるくらいありますが、自分に合ったやり方がいちばんいいかと思います。

・「目的が大事」と私も嘗て言ってました。それも大事だと今も思います。
翻訳か、会話かの目的設定でも違ってきます。私がそうでした。
朝鮮語は、徹底して会話を目的にして学習しました。ドイツ語は、Wittgensteinを読みたい!ということからスタートして「翻訳」にターゲットを絞りました。その結果、朝鮮語は会話偏重、ドイツ語は翻訳偏重の能力が獲得できました。

・ただ、それ以前に、要は、自分が、その言語を好きか、関心があるか、話したいか、理解したいか、なのかと思います。
“multipotentialite” という造語がTEDに出てきます。

言語に関してmultipotentialiteがよいのかどうか、私には分かりません。
マルチ=多言語を選択したのなら、単一言語学習の場合よりも投資する時間が薄くなるので、獲得できる能力も薄くなるのではないでしょうか。
それをも凌駕するものは、前述の、好きか、関心があるか・・なのでは。

・いずれにせよ、あるレベル以上になったら、「多聴多読」とわざわざ言う迄もなく、『経験を日常化』するしかないのではないでしょうか。言語世界が広くなるのが快感と思えるのなら、多言語習得もいいのではないでしょうか。

13.Jan.25 あまりにもあいまいな-レジリエンシー

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