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私の2026年前半(エッセイ)

2026年のお正月。
毎年恒例の箱根駅伝を家族で見ながら、「今年はどんな1年になるかな」と思っていた。まさか、その数か月後にこんな日々が待っているとは、想像もしなかった。

1月末、4年半勤めた老人ホームの調理補助を辞めた。楽しいこともあったけれど、腰痛持ちの私にはどう考えてもキツい仕事だった。

2月中旬には、夫の確定申告を終わらせた。
そして26日、愛犬パセリは15歳になった。
その頃の私は、3月12日の引っ越しに向けて断捨離の真っ最中だった。自分で植えた庭木を切り倒し、抜根までして、庭全体を更地にした。
皮肉屋の大家さんには、「よくここまでやりましたね」と驚かれたほどだ。

昔から段取りを組むのは得意だった。だから「引っ越し隊長」を買って出た。
……正確には夫に「無職なんだからやれ」と言われたのだけれど、それは事実なので反論できなかった。まあ、そんなことはどうでもいい。

引っ越し当日の記憶は、ほとんど残っていない。ただひとつ覚えているのは、パセリをかかりつけの動物病院に預けたこと。高齢犬への負担を少しでも減らしたかった。ところが、その日を境にパセリの体調は急激に悪化した。迎えに行った際、念のため受けた血液検査。腎臓の数値は大きく悪化していた。
「毎日点滴に通えますか?」先生の問いに、
「通います」と即答した。

それから毎日、自転車で病院へ通った。点滴のあとは少しだけ元気になる。散歩もまだできる。だから私は、自分に言い聞かせていた。
「まだ大丈夫、まだ大丈夫」だと。
やがて通院は、自宅での皮下点滴に変わった。
首の後ろの皮下に1日1回針を刺す。私はちっとも怖くはなかった。
ただ、
「1分、1秒でも長く生きて欲しい」
その願いだけだった。

亡くなる4日前。
パセリは、こたつのそばで立ち上がり、くるくると回った。ポメラニアンの喜びの舞だ。私は
思わず動画を撮り始めて、途中で気づく。
「もういいよ。疲れるから、回らなくていいから」
涙声でそう言っても、パセリは回り続けた。
あれは、「ボクは生きてる」と言う最期のメッセージだったのかもしれない。

亡くなる前の夜もそうだった。
ベッドに横になったまま、首を少し持ち上げ、四本の脚を大きく伸ばした。私だけに見せてくれた最後の勇姿。パセリは、自分でわかっていたのだと思う。別れが近いことを。その夜、初めて手をつないで眠った。明け方、目を覚ますと、パセリは静かに旅立っていた。

本当によく頑張ったね。
パセリは、私の誇りだ。

季節は巡り、5月。
何か大切なものが欠けてしまったような毎日だった。現実感に乏しい気がした。
そんな時、ふと思い出した。
『借りぐらしのアリエッティ』でショウがアリエッティに言う台詞。
「君は僕の心臓の一部だ。忘れないよ、ずっと」
私はその言葉を、何度も心の中で繰り返した。
「パセリは私の心臓の一部だ。忘れないよ、ずっと」

その5日後ーー
まさか、ゴジラみたいなちび怪獣が我が家へやって来るとは、この時はまだ知る由もなかった。縁は異なもの味なものだ。

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