あの頃、防衛大学校にいた②–小原台刑務所へ
誰だって、人生で一度は「場所を間違えた」と思う瞬間がある。
私にとってそれは、
防衛大学校の食堂で出されたカレーライスを、
黙って早食いしているときだった。
「あれ?俺、なんでここにいるんだっけ」
そこから、私の四年間が始まった。
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防衛大学校の入学式当日、旅行かばん一つ持って横須賀の正門前に立っていた。偏差値50の高校から何とか滑り込んだ未来への切符だった。
「ここから人生が変わる」
そう信じていた。ただ、正門を通って30分でわかった。 「やばいところに来ちまったな」と。
正門を通ってから間もなくして、制服合わせ、身体測定、学校の規則説明、ベッドメイキング、アイロンがけと、次から次へと指示が飛んできた。全部覚え切れるわけがない。大浴場は満員電車のようで、たった5分しか入ることができなかった。それでも2学年の先輩は「今日はいつもよりかなり長く入れた」と言っていた。嫌な予感しかしなかった。上級生の湯船に入ろうとしたやつは「殺すぞ」と言われていた。
たった1日で全てを悟った。ここは大学じゃない。間違いなく軍隊であり、ほぼ刑務所だと。
そして、人生初めての防大の日夕点呼が始まった。防衛大の点呼は独特だ。1900に清掃が始まり、1930に点呼。この時間はまさに戦場のように忙しく、怒号が鳴り響く。人間の動きと思えないような速度で雑巾掛けをし、清掃を終えて部屋に戻るとベッドが吹っ飛ばされている。これは「台風」と言われる儀式だ。台風を片付けた後にアイロンがけをした作業服に着替えて点呼に並ぶ。そこもまた上級生から怒号の嵐だ。
「ちんたらすんなよ!」
「何やっているんだよ!」
声の大きさだけで体育館の壊れたスピーカーのように空間が震えていた。そして、ミスがあれば徹底的に指導されていた。もう容赦がない。徹底的にだ。
その後に2学年は何かのミスで腕立て伏せをやらされていた。みんな顔が真っ赤になり、汗だらけで子鹿のように震えていた。その日の夜は眠ることができなかった。自分だけじゃない、たいていの新入生は眠れなくなるのだ。
高校の進路指導の先生の顔とセリフが浮かんだ。 「人生は学歴だけじゃないよ」
防大に進学した自分にはその意味がわかった。学歴だけじゃない。でも能力の壁は越えられない。それが残酷だった。自分は防大の中では特に賢くもなく、運動神経も良くなかった。平凡以下の存在だった。そこで毎日、全力で、真剣にやっても怒られる。「お前は本気じゃない」と言われる。本気じゃないわけがない。もう変な汗が出るほど頑張っているのに。
この世界の掟は「階級が絶対」だった。人権なんて単語は消えていた。個性を出すことさえ罪だった。「1分でも遅れたら失格」という恐怖で全員が動いていた。誰か一人でも間違えると全員が罰を受ける。連帯責任という名の恐怖政治だった。
ふざけたやつだと思うと徹底的に上級生にやられた。呼び出しの指導、掃除当番の追加、便所掃除、体罰じゃないけど体罰のような罰則。わずかしかない休憩時間さえ削られていった。廊下で泣いているやつもいた。そいつはすぐに辞めていった。「辞めたい」と思ってはいた。それでも口にすることすら想像できなかった。怖かった。
腕立て伏せの状態で10分、20分と待機させられることもあった。掃除ロッカーに叩きつけられたやつもいた。そいつは黙ってうつむいていた。怪我をしたのかと思っていたら、声を殺して泣いていた。ただ同情もできなかった。防大はそういう世界だったからだ。
防大の乾燥室は調子が悪くて、衣類が全然乾かなかった。乾燥室なのに雰囲気はアマゾネスのジャングルだった。洗い立ての作業服を干す場所すらなく、仕方なく半乾きの服を着ることもあった。生乾きの臭いで、酸っぱい臭いがするデブのような気持ちだった。いつも理由もなく怒鳴られる。一生懸命頑張っても誰も褒めてくれない。むしろ「お前はまだできる」と言われ、さらに追い込まれる。
ある日、上級生に理不尽に怒鳴られて、頭に血が上った。殴りたかった。でも口に出す前に、また別の怒声が飛んできた。感情を表に出すことさえできなくなっていた。自分が遠のいていく。トイレでしか携帯を見られない。でも圏外だった。メールも打てない。テレビもない。
毎日同じ緑の制服。同じ丸坊主頭。同じ食事。同じ顔ぶれ。そして、その顔ぶれは徐々に減っていった。心が折れて退学するからだ。個性なんて、どこに置いてきたのかすら思い出せなくなる。私の中の私自身が、少しずつすり減っていた。それがむなしかった。
音楽も本もない。テレビも持ち込めない。携帯は点呼後の限られた時間だけ使える。学生舎は圏外だった。モリッシーの声が聴きたかった。ヘミングウェイの小説を読みたかった。でもそんな暇も余裕もなかった。自分で作り上げてきたものが、少しずつ剥がされていく。そんな感覚だ。
夜は2230の消灯。暗闇の中で息をするしかない。ベッドに横たわり、天井を見つめる。風呂ですら5分。「時間だ」と言われ、追い出される。考える余裕なんて、とっくになくなっていた。しかし、眠ると朝が来るから眠りたくもなかった。あの憂鬱な朝がやってくる。それが恐怖だった。
友達のSNSには普通の大学生活の写真が並んでいた。キャンパスで笑顔で佇む姿。サークルの打ち上げ。合コン。画面の向こうには、春があった。桜の下で笑う奴ら。飲み会で潰れた顔。カラオケで歌う口元。こっちは、秒刻みの号令しかなかった。見るたびに胸が痛んだ。他の受験先は全部落ちている。辞めても行き場がない。選択肢はなかった。
「ここを卒業して本当に幸せになれるのか?」洗濯物を干しながらそんなことを考えた。答えは出なかった。時間だけが過ぎていった。
人間は追い詰められると「逃げる」より「耐える」を選ぶものだ。「自分を捨てて生きる」ことに慣れていく。そうして生き延びる。自分もそうだった。防大を辞めたところで人生がうまくいくわけじゃない。今の苦しさから逃げるためだけに、自分を殺すことを覚えた。それは簡単だった。言われたことだけやる。考えない。ただそれだけ。ただ生き延びることに必死だった。
日常生活のストレスで口内炎とニキビが増えていった。周りも同じだったから、それが当たり前に思えてきた。どこかに芯だけは残っていた。意地だったのか未練だったのか。今でもわからない。でも逃げたらもう終わりの気もしていた。
高校で抱いていた「特別な人間になりたい」という夢は砕け散った。防大という装置が完璧に砕いてくれた。トイレの便器を素手で磨く日々が、浮かれて調子に乗っていた私を普通以下の人間に戻してくれた。
私はもう目の前のことしか見えなかった。
でも、目は逸らさなかった。
特別になれないとしても、防大には残っていたかった。
逃げた先に特別な未来はもうなかったから。
つづく
