軍艦島に学ぶ「人生100年」時代に躯体より先に滅びる共同体を脊髄反射で解説
マンションは「資産」なのか。それとも「消費財」なのか。この問いは、人生100年時代といわれる現代において、以前にも増して重みを持つようになりました。
不動産、とりわけ区分所有マンションは、購入した瞬間から「自分だけでは完結しない資産」になります。管理、修繕、建て替え。いずれも個人の意思だけでは決められず、必ず他者との合意が必要になるからです。
たとえば建て替え決議には、区分所有者および議決権の各5分の4の賛成が必要です(2026年4月施行予定の法改正では、老朽化マンションの建て替え促進を目的に、一定条件下で4分の3以上へと緩和されます)。
また、規約の設定・変更、管理組合法人の設立・解散、大規模滅失の復旧、共用部分の重大な変更についても、区分所有者および議決権の各3/4の賛成が必要とされています。とりわけタワーマンションのように意思決定権者が多い場合、合意形成には相当な労力を要します。
この意思決定の重さを考えるうえで、象徴的な存在が「軍艦島」です。そこで今回は、マンション購入と意思決定のプロセスについて、脊髄反射で考えてみたいと思います。
軍艦島は1916年に建設され、日本で初めて本格的な鉄筋コンクリート造(RC造)の高層集合住宅群が誕生しました。つまり、100年以上前の技術で造られた建物の躯体でさえ、現在もなお残っているのです。コンクリートは「50年かけて固くなり、さらに50年かけて柔らかくなる」とも言われ、その耐久性の高さを物語っています。
この事実はしばしば、「RC造は100年もつ」という言説の根拠として語られます。しかし、ここには重要な誤解があります。「100年もつ」ことと、「100年住める」ことは、まったく別次元だからです。
鉄筋コンクリート(RC造)は、コンクリートが強いアルカリ性を保つことで、内部の鉄筋を腐食から守っています。
ところがコンクリートが、空気中の二酸化炭素や酸性雨などにさらされると、中性化(アルカリ性の低下)が進行していきます。
中性化が進み、コンクリート内部へと浸水等が始まると鉄筋は錆び始めます。鉄筋が錆びることで体積が膨張しコンクリートに内圧がかかり、ひび割れを生じさせます。やがて、コンクリートが剥がれ落ちる爆裂と呼ばれる現象が起こり、躯体としての健全性は大きく損なわることになります。

つまり、RC造は「何もしなくても100年もつ構造」ではなく、定期的な補修を行い、屋上防水、外壁塗装、ひび割れ対策などを継続して初めて、寿命が延びる建物と言えます。
軍艦島が私たちに教えてくれる本質は、「建物はどれくらいもつか」ではありません。「人が住み続け、管理し続ける前提が崩れた瞬間、建物は急速に劣化し、価値を失う」という点にあります。
マンション購入を検討する多くの人は、30代〜40代で住宅ローンを組みます。35年ローンであれば、完済は70代前後。人生の後半戦に差し掛かるころ、建物は築40〜50年を迎えます。
このタイミングで現実化するのが、修繕積立金の問題です。築浅のうちは月1〜2万円程度で済んでいたものが、給排水管更新、外壁改修、防水工事、エレベーター更新などが重なると、一気に増額されます。
しかも多くの長期修繕計画は、物価上昇や人件費高騰を十分に織り込んでいません。竣工当初から高額な修繕積立金を設定すると販売に不利になるため、構造的に「後送り」されているケースも少なくありません。
さらに、住民の事情も一様ではありません。すでにローンを完済し、年金生活に入っている人。「死ぬまで住めればいい」と考える高齢者。相続を前提に、できるだけ支出を抑えたい人。中古で購入した若い世帯など。
こうした利害のズレが、管理組合の意思決定を極端に難しくしていきます。そして、もう一段不確実性を高めているのが、社会環境の変化です。
近年は「パワーカップル」を前提としたペアローンによるマンション購入も増えています。共働きで世帯年収を最大化し、都心の高額物件を取得する。合理的な選択に見えます。
しかし、将来にわたって両者の収入が安定しているか。
AIや自動化によって、ホワイトカラーの雇用構造はどう変わるのか。
そもそも、同じ働き方を20年、30年と続けられるのか、など不確定要素は多くあります。
さらに現実的な問題として、離婚があります。ペアローンは「夫婦関係が継続する」ことを前提に設計された金融商品です。関係性が変化した瞬間、住む・売る・貸す、いずれの選択肢も一気に難易度が上がります。
このとき、マンションは資産というより、関係性を縛る装置として立ち現れます。
そしてもっとも深刻な問題が、「建て替え」という選択肢です。法制度上は要件が緩和されつつありますが、現実には資金の壁が立ちはだかります。建築費は今後も下がる見込みがなく、追加負担を受け入れられない住民が必ず現れます。
結果として、多くのマンションは、「建て替えられないまま、鉄筋腐食と爆裂を抱えつつ延命され続ける」という状態に陥ります。
つまりマンションは、資産として残るように見えて、実際には出口の見えない共同体を引き受ける契約でもあるのです。
軍艦島は、建物が壊れたから廃墟になったのではありません。エネルギー政策の転換によって人が去り、管理主体が消え、結果として建物が放置されました。
マンションも同じです。人口減少、所有者の高齢化、管理不全。条件がそろえば、都市部であっても現代の軍艦島は生まれ続けるでしょう。
人生100年時代において重要なのは、「何年もつ建物か」ではありません。
「自分が、どこまで、いつまで意思決定できるのか」という視点です。
あたりまえですが、今と同じ意識レベルで、今と同じ合理性を保ち続けることはできません。
マンション購入は、決して一概に悪ではありません。ただしそれは、「住み切る前提」「出口を割り切る前提」に立ったとき、初めて合理的な選択になります。
誰もが持つ正常性バイアス「自分だけは大丈夫だろう」というリスクの過小評価を、メタ認知によって補正できるかどうかが分かれ目になります。
資産として残る。将来も価値が保たれる。そう信じすぎた瞬間に、選択は危うくなります。
建物は長くもつ。しかし機能している「管理組合」や「家族」という共同体はそうとは限らない。この現実をどう引き受けるかが、これからの人生にとって重要なのかもしれません。
以上、長井の脊髄反射解説でした。
