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「血圧は下げるな」 SNSの医療デマが患者を傷つける可能性と、投稿者が問われる責任について

「血圧は下げすぎると危険だから、140くらいなら下げなくていい」

「降圧薬を飲ませるのは、製薬会社が儲かるだけ」

「高血圧は病気ではなく、薬を売るために作られた病気」

SNSを見ていると、このような投稿を目にすることがあります。

もちろん、血圧は「低ければ低いほど良い」という単純な話ではありません。

降圧薬にも副作用があります。

患者さんによって適切な血圧目標は異なります。

しかし、そこから

「だから血圧は下げなくていい」

「降圧薬は飲まないほうがいい」

と結論づけるのは、医学的には別の問題です。

では、このようなSNS上の誤情報によって、実際に患者さんが不利益を受けたという証拠はあるのでしょうか。

そして、日本で医療に関する嘘をSNSに投稿した場合、犯罪になるのでしょうか。


まず結論:「高血圧のSNSデマ→患者の脳卒中」という直接証明はまだ乏しい

今回調べてみて、ここは意外に重要だと感じました。

「SNSで『降圧薬は飲むな』という投稿を見た」

「患者が降圧薬を中止した」

「血圧が上昇した」

「脳卒中になった」

という一連の流れを個人レベルで追跡し、SNS投稿との因果関係まで証明した高血圧特異的な研究・症例報告は、今回確認できませんでした。

したがって、

「SNSのデマで患者が脳卒中になっている」

と断定するのは、現時点ではエビデンスを超えた表現になります。

しかし、「だからSNSの高血圧情報は問題ない」ということでもありません。

むしろ、別の研究を組み合わせると、かなり心配な状況が見えてきます。


日本のXでも「塩を減らすな」という情報が拡散している

2024年に、日本語のX(旧Twitter)投稿を対象として、血圧と減塩に関する誤情報を調べた研究が発表されました。

531件の投稿を分析したところ、14種類の誤情報パターンが確認されています。

その中でも、

「Natural Salt(自然塩なら問題ない)」

という内容が37.7%(200件)を占め、約160万人のフォロワーに到達していました。

また、

「塩を減らすことは健康に悪い」

という内容も28.6%(152件)あり、約150万人に到達していました。[1]

さらに興味深いことに、「自然塩」に関する誤情報と広告との間には統計学的な関連が認められました。

つまり、

健康情報に見える投稿の背後に、商品販売などの商業的な要素が存在する可能性

も指摘されています。[1]

これは「塩に関するSNS情報は全部嘘」という話ではありません。

天然塩と精製塩の違いなどについて議論すること自体は問題ありません。

問題は、

「天然塩なら血圧に影響しない」

「減塩は危険」

といった単純化されたメッセージが、科学的根拠を超えて広がってしまうことです。


SNSは実際に「薬を飲む・やめる」という行動を変える

さらに重要なのがここです。

SNS上の情報は、単なる「知識」では終わりません。

2026年に発表されたサウジアラビアの研究では、医薬品情報をSNSから得ている人を調査したところ、約4人に1人がSNSの情報をきっかけに薬を変更または中止したと回答しました。

さらに、

25.0%がSNS情報をもとに治療を開始し、14.5%が有害事象を経験した

と報告されています。[2]

この研究は高血圧患者だけを対象にしたものではありません。

したがって、

「SNSの高血圧デマによって14.5%の高血圧患者に副作用が起きた」

という意味ではありません。

しかし、

SNS上の医療情報が、実際の服薬行動を変えている

という点は非常に重要です。


「血圧を下げるな」は医学的にどこまで正しい?

ここは誤情報に反論するうえで重要です。

実は、

「血圧を下げすぎることにも注意が必要」

という部分だけを切り取れば、医学的に完全な間違いとは言えません。

例えばSPRINT試験では、心血管リスクが高い糖尿病のない9,361人を対象に、

収縮期血圧120mmHg未満

を目標とする群と、

140mmHg未満

を目標とする群を比較しました。

結果、強化治療群では主要心血管イベントが年間1.65%、標準治療群では2.19%で、ハザード比は0.75でした。

死亡率も低下しました。

一方で、低血圧、電解質異常、急性腎障害などの有害事象は増加しました。[3]

つまり、

「血圧は低ければ低いほどいい」でもない。

しかし同時に、

「血圧は下げないほうがいい」でもない。

これが医学的により正確な表現です。

患者さんの年齢、糖尿病、CKD、心血管疾患、フレイル、起立性低血圧などを考慮して、個別に目標を設定します。

WHOも、高血圧患者では生活習慣改善に加えて、必要に応じて降圧薬による治療を行い、血圧を管理することで心筋梗塞、脳卒中、腎障害などを予防できるとしています。[4]


「薬屋が儲かるだけ」はどう考える?

この言葉もSNSではよく見かけます。

もちろん製薬会社は営利企業です。

薬が販売されれば企業の売上になります。

これは事実です。

しかし、

「製薬会社が儲かる」ことと「その薬が患者に利益をもたらさない」ことは同義ではありません。

例えばSPRINT試験は、降圧治療によって心血管イベントや死亡が減少することを示した大規模ランダム化比較試験です。[3]

また、WHOも高血圧治療を推奨しています。[4]

つまり、

「製薬会社が利益を得る」

「だから薬は効かない」

という推論には論理的な飛躍があります。

これは、

「病院が診療報酬を受け取っている」

「だから診療には医学的価値がない」

と言っているのと似ています。

利益が発生することと、医学的効果があることは別々に評価する必要があります。


さらに怖いのは「血圧は症状がないから大丈夫」という考え

高血圧の怖さは、

血圧が高くても本人が元気であることが多い

という点です。

「薬を飲まなくても体調はいい」

「頭痛もない」

「血圧が160だけど何も困っていない」

という患者さんは珍しくありません。

しかし高血圧による血管、心臓、腎臓などへのダメージは、必ずしも自覚症状を伴いません。

WHOは、高血圧を放置すると心臓病、脳卒中、腎障害などにつながるとしており、血圧管理によってこれらのリスクを減らせるとしています。[4]

だからこそ、

「症状がない=治療しなくていい」

ではありません。


SNSの医療デマは犯罪になるのか?

ここは非常に重要です。

結論からいうと、

「医学的に間違ったことをSNSに投稿した」というだけで、直ちに犯罪になるわけではありません。

日本には「医療デマ投稿罪」のような一般的な犯罪はありません。

しかし、投稿の内容や目的、相手、結果によっては、別の法律が問題になる可能性があります。


① 医薬品の広告なら「薬機法」

例えば、

「この薬を飲めば高血圧が完全に治る」

「このサプリは降圧薬より効く」

などと、特定の医薬品・医療機器等について虚偽・誇大な効能効果を広告する場合には、医薬品医療機器等法(薬機法)が問題になる可能性があります。

薬機法66条は、医薬品などの効能・効果等について、虚偽・誇大な記事を広告、記述、流布することを禁止しています。[5]

そして66条違反には、薬機法85条により、

2年以下の拘禁刑または200万円以下の罰金、またはその併科

という罰則があります。[6]

ただし、単なる個人の医学的意見の投稿と、法律上の「広告」に該当する行為は同じではありません。

広告かどうかは、商品を買わせる目的などを含め、個別具体的に判断されます。


② 健康食品を売るための嘘なら健康増進法など

例えば、

「この天然塩を食べれば高血圧が治る」

「このサプリを飲めば降圧薬はいらない」

などと商品を販売するために虚偽・誇大な健康効果を表示すれば、健康増進法や景品表示法などが問題になる可能性があります。

実際、消費者庁は現在もインターネット上の健康食品広告を監視しています。

2026年1~3月だけでも、156事業者・176商品について、健康増進法65条1項に違反するおそれのある表示が確認され、改善指導が行われました。[7]

過去の監視では、

「高血圧予防」

「血液サラサラ」

などを標榜する商品も問題となっています。[8]

つまり、

「SNSだから法律の外」というわけではありません。


③ 特定の医師や企業を攻撃する嘘なら?

例えば、

「○○病院は患者に不要な降圧薬を無理やり飲ませている」

「○○製薬は血圧の基準を捏造している」

など、具体的な虚偽情報をSNSで拡散して、個人や企業の社会的評価を低下させたり、業務を妨害した場合には、名誉毀損、信用毀損、業務妨害などが問題になる可能性があります。

刑法233条の信用毀損・業務妨害は、虚偽の風説を流布するなどして、人の信用を毀損したり業務を妨害した場合を対象としており、法定刑は3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。[9]

ただし、これも「医療に関する間違いを書いたから犯罪」という単純な話ではありません。

誰についての情報なのか、虚偽なのか、信用・業務への影響はどうかなど、具体的な要件が必要です。


④ 「素人が医療相談に答える」ことは医師法違反?

これも注意が必要です。

医師法17条は、

医師でなければ医業をしてはならない

と定めています。

厚生労働省は「医業」について、医学的判断や技術がなければ人体に危害を及ぼすおそれのある行為を、反復継続する意思をもって行うこと、と説明しています。[10]

したがって、

「血圧について自分の経験を投稿する」

ことと、

「あなたは高血圧です。今日からこの薬を○mg飲んでください」

というように、個人に対して診断・治療行為を反復継続して行うことは同じではありません。

後者のような行為は、無資格者による医業として問題になる可能性があります。


では「SNSで嘘を書く人」をどうすればいいのか?

私は、ここで「素人は医療情報を発信するな」とするのは適切ではないと思います。

患者さんの体験談には価値があります。

医療者ではない人が、自分の病気について調べて発信することも悪いことではありません。

問題なのは、

個人の体験を医学的事実にすり替えること。

そして、

不確かな情報を、断定的に、しかも薬の中止や治療拒否を勧める形で発信すること。

さらに、

その情報を利用して商品やサービスを販売すること。

ここには大きな違いがあります。


医療情報を発信する側にも責任がある

SNSでは、

「医者は知らない真実」

「製薬会社が隠している」

「薬を飲むと一生薬漬け」

「血圧は下げるな」

のような強い言葉ほど、注目を集めやすい傾向があります。

しかし医学は、本来そんなに単純ではありません。

例えば、

「降圧薬には副作用があります」

これは正しい。

「だから降圧薬は危険です」

これは飛躍しています。

「生活習慣を改善すると血圧が下がることがあります」

これも正しい。

「だから薬は不要です」

とは限りません。

「血圧を下げすぎると有害事象が増えることがあります」

これも正しい。

「だから高血圧は治療しないほうがいい」

とはなりません。

一部分だけ本当の情報を使って、全く違う結論へ誘導する。

これが医療SNSデマの厄介なところです。


「血圧は下げるな」という言葉を見たら

SNSでこのような投稿を見かけたら、

「本当に?」

と一度立ち止まってください。

そして、

①どんな患者を対象にした研究なのか

②血圧をどこまで下げた研究なのか

③利益だけでなく副作用も示されているか

④ランダム化比較試験やメタ解析があるか

⑤ガイドラインではどう推奨されているか

を確認する。

これだけでも、かなりの医療デマを見分けやすくなります。


まとめ

今回調べた範囲では、

「SNSの高血圧デマを直接の原因として、患者が脳卒中になった」と因果関係まで証明した論文はありませんでした。

しかし、

日本のX上で減塩に関する誤情報が広く拡散していること。[1]

SNS上の医薬品情報によって、実際に服薬を変更・中止する人が存在すること。[2]

そして、高血圧を適切に治療することで心血管イベントや死亡を減らせること。[3][4]

は、それぞれ別の研究から確認されています。

したがって、

「SNSの医療デマが患者に害を与える可能性」は十分に現実的な問題です。

ただし、

「SNSの投稿者が患者を脳卒中にした」

とまで言うには、個別の因果関係を証明する必要があります。

法律についても、

「嘘をSNSに書いた=即犯罪」ではありません。

しかし、医薬品の虚偽・誇大広告、健康食品の違法表示、特定の医師・企業への虚偽情報による信用毀損・業務妨害、無資格での医業など、具体的な事情によっては刑事責任・行政処分・民事責任が生じる可能性があります。

そして何より、

「血圧は下げるな」「降圧薬は製薬会社を儲けさせるだけ」

という二択的なメッセージではなく、

「どの患者に、どの程度の血圧管理が必要なのか」

という医学本来の問いに戻ることが大切です。

高血圧診療で大切なのは、

薬を飲むか、飲まないかの二択ではありません。

生活習慣、家庭血圧、年齢、糖尿病、CKD、心血管疾患、フレイル、起立性低血圧などを含めて、

その人にとってどの治療が最も利益と不利益のバランスがよいのか

を考えることです。

SNS時代に必要なのは、

「SNSを信じるな」

ではありません。

「SNSで見た情報を、医学的根拠に照らして一度検証する習慣」

なのだと思います。


参考文献

  1. Kuroda A, et al. Misinformation surrounding sodium reduction for blood pressure: content analysis of Japanese posts on X. [研究論文]. 2024.

  2. Public views, patterns, and impacts of social networking site use for medicine-related information in Saudi Arabia: a cross-sectional study. 2026.

  3. SPRINT Research Group. A randomized trial of intensive versus standard blood-pressure control. N Engl J Med. 2015;373:2103-2116. doi:10.1056/NEJMoa1511939.

  4. World Health Organization. Guideline for the pharmacological treatment of hypertension in adults. WHO; 2022.

  5. 厚生労働省. 医薬品等の広告規制について:医薬品医療機器等法第66条.

  6. 東京都保健医療局. 医薬品医療機器等法(抜粋)・第85条.

  7. 消費者庁. インターネットにおける健康食品等の虚偽・誇大表示に対する改善指導について(令和8年1月~3月). 2026.

  8. 消費者庁. インターネットにおける健康食品等の虚偽・誇大表示に対する改善指導について(令和7年1月~3月). 2025.

  9. 刑法第233条(信用毀損及び業務妨害).

  10. 厚生労働省. 医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について

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