戦場に舞い降りた美と反逆のミューズに関する話【The Show!「マレーネ・ディートリヒ」~マレーネの人生を歌い踊り語る!~】
注意
レポ内歌詞は、私の耳で聞き取ったものですので正確性は保証できません。ご了承ください。(パンフ内記載有のジャスト・ア・ジゴロは除く)
The Show!「マレーネ・ディートリヒ」 ~マレーネの人生を踊り語る!~を観劇してきました。
有楽町I‘M A SHOWにて3回観劇することが叶い、最後は9/23の追加公演に入ったのでそこから約2週間ほど経過してこちらのレポートを書いております。
どんな舞台でも何かしらハプニングが起きたり、前回と違うと感じる部分はありますが、今回は特に強くそれを感じて「こんな舞台で、ここが特に素敵で、ここに感動しました」とあまりはっきり認識することができず、毎公演が違った感覚で、毎公演が特別でした。
ずーっと、90分間、東京有楽町の劇場でありながらそうではない空間で、時空が違うみたいな。マレーネという人が世に生まれ、人を愛し愛されて、時代に翻弄されて、そして死にゆくその瞬間を見つめるから、そんな時空が歪んだ感覚になったのだろうかと、いま振り返って感じています。
ふぉ~ゆ~イイコロライブツアー、立川公演が本ツアー初参加、楽しみすぎてなかなかPCに向かい合えないという事実もあり。10/2無事にイイコロヴァージンを捨てることが出来、やっと切り替えてマレーネに戻ってまいりました。
また、題材であるマレーネ、出演作、曲など、触れていくうちに知的好奇心に火がついてしまいなかなかまとめられず。
そして戦史を確認したりナチスについて改めて考えたりするうちに時間が過ぎていきました。
本公演、我らが福田悠太様、そしてEndlessSHOCKに長年オーナー役として出演していらっしゃった前田美波里様の共演。しかも2人芝居。たったの2人で1つの作品を作り上げる。あとはピアノ奏者のあべちゃん(劇中美波里さんと福ちゃんがそう呼んでおりましたので、ここでもあべさんではなくあべちゃんとしておきます。)が大枠だけ決められているであろう楽譜にアレンジを加えて二人の話すスピード、感情の波を見ながらピアノの音を乗せてくれます。時に明るくマレーネの人生を盛り立て、時に悲しみや苦しみを増幅させて。
本当に贅沢な舞台でした。すべてが一流で、優雅で。
アフタートークで美波里さんもお話しされていたのですが、元々マレーネというスターに憧れを持っていた美波里さん。メインビジュアルにもなった華やかなビジューが施された黒の燕尾服。これはマレーネが着ていた衣装が素敵で真似をして作った自前のお衣装だったそう。(パンフ内に衣装協力:前田美波里と記載あり)スタイルや考え方、マレーネに惹かれるその気持ちを「かっこいいから。」ととてもシンプルで、そして強いその一言に込めた美波里さんの思いをお聞かせいただいて、そして実際にその人を演じる姿を拝見して、それだけで涙が出ちゃうくらいにときめきました。
かっこよくて、泣けるのです。
マレーネがそこにいて。前田美波里さんというひとりの役者さんがそこで演じていて。
かっこよくて、涙が出るのです。不思議だなぁと思いました、もっとその瞬間には色んな感情が私の中にもたくさん浮き出ていたのに、それこそ炭酸をグラスに注いでしゅわしゅわたくさん気泡が出てくるのにぱちんと割れてなくなるみたいに、劇場を出て結局まとめちゃうと「かっこよかったな」になってしまう。
そしてそんな美波里さん自ら演出の笹部さんにプッシュしたのが福ちゃん。「かっこいい人がビバさんの横にいてほしい」という注文で、美波里さんが推したのが福ちゃん。
私なんかは本当に全然だけれど、きっと福ちゃんを長く応援していて、それこそ長年SHOCKを観てきた福田担さんにとって、これほどに嬉しいことはないのでは。有難くもあり、誇らしくもあり。芸歴も長く、ましてや主演舞台にも何度も立っている才が溢れる人でありながら未だに「自信がない」と発言する人。それは悪いことではないし、その考え方がいまの福ちゃんを作っている要素でもあると思う。ならば私が代わりに言いたい。貴方だったから、美波里さんは美波里さんらしく舞台に立てたのではないだろうか。貴方が隣にいてくれたから、美波里さんの歌、ダンス、表現があそこまで光輝いたのではないだろうか。貴方がそこで語り部として、そして時にマレーネの仲間に、上官に、母になってくれたから、マレーネが舞台上で確かに生きたのではないだろうか。
初日公演、幕内アナウンスがあってから開始まで、今まで経験したことないレベルの沈黙が客席に広がっており、咳ひとつすることもためらう位の静けさだった。数百の人がいるのに全員身じろぎひとつしない、みたいな。これから始まる舞台への期待と高揚感が頂点に達してしまってかえってこちらが緊張しているみたいな、そんな空気で。まず舞台上に現れたにこやかな美波里さんとピアノのあべちゃんが「みなさんリラックスして…ショーなんだから」と苦笑いするくらい。福ちゃんもゆっくりと様子を伺いながら出てきて、「第一声がこれかよと思われるかもしれませんが…静かすぎて…」やりにくいと言われる始末。申し訳ない。さすがに次の公演からインストverのリリー・マルレーンがかかるようになっており安心した。毎公演お二人の軽い会話から始まるこの公演、緊張で身体がうまく動かないかもと心配する初日の福ちゃん、その背中をトントンしてくれる美波里さん(福ちゃんから要請があったから)、福ちゃんの片頭痛を心配してくださる美波里さん、おすすめのクロレラ入り洗顔せっけん、美波里さんのお誕生日と光一くんの話など、その時々で自由に始めてくれていた。お二人のウォーミングアップでもあるが、私は観劇の際、演者でもないのに緊張するタイプなのでこの数分間はとても有難かった。
マレーネにはマリアという娘がいた。
「3歳の時から知っていました。私には母親はいない。女王様に仕えているようなもの。」この言葉は彼女がどれだけマレーネを愛し、憎んでいたかが表れる言葉。
そんな風に実の娘に言われたマレーネ。
誰の中にも悪魔はいる、だけどマレーネには特別大きな悪魔がいて、それに突き動かされるように時代に翻弄された。
皆が憧れたマレーネには輝きがあった、それこそが悪魔の部分の輝きである。
俳優は、自分にないものは出せないし、表現できない。
1901年生まれのマレーネは2つの大きな戦争が起きた20世紀を生きた。
第一次世界大戦・第二次世界大戦の戦場であるドイツ出身。
後世に残る独裁者アドルフ・ヒトラーが台頭したその時代。
彼女は光と闇の狭間で激動の人生を歩むことになる。
彼女を一躍有名にしたのは1本の映画、スタンバーグ監督「嘆きの天使」
この作品が彼女をスターにしたと同時に、本物の悪魔にしてしまったのかもしれない。
二番手三番手で映画に出演していた「そこそこの女優」だったマレーネ。
渡米して映画監督として成功していたスタンバーグ監督が故郷ドイツでヒロインを探していた。オーディションに現れたマレーネはあろうことか指示された楽譜を持参せず、どうせ受かりっこないという態度。
スタンバーグは言う「何でもいい、出来るだけ色っぽい歌を。」
ジャズピアノに合わせてYou’re the cream in my coffeeを歌い上げる美波里さん、劇中最初の曲。低音でハスキー、そして色っぽく広がる声色。
スタンバーグはすぐに主役のローラにマレーネを抜擢する。
「嘆きの天使」大枠のストーリーはwikiより以下の通り。
イマヌエル・ラート教授は融通の利かない謹厳実直な英語の教授だった。そして、彼の毎日は変化のない退屈なものであった。今日も悪戯好きの悪童学生を叱りつけながら講義を進める。
その日、学生の一人が授業中に絵葉書を落として、それを見た教授はあまりの品の無いいかがわしさに仰天した。それは街のキャバレーに巡業に来ている歌妓舞踊団の踊り子の絵葉書で、いかがわしい遊びに誘うものであった。教授は学生達が酒と女の誘惑に負ける事を深く悩み、心配するのであった。
その晩、教授はその事実を確かめるべく責任上から意を決して、生まれて初めてキャバレーの扉を開く事となる。喧噪のなかで戸惑う教授の姿を認めた不良学生は直ぐに逃げ出し、教授は絵葉書に描かれた踊り子のローラの部屋に案内される。あまりに謹厳実直で生真面目な教授は団員達から驚かれながらも、興味をひかれたローラから歓待される。不良学生を見つけて取り逃がしてしまった教授はローラに不思議な魅力を感じながらも酔客のトラブルに巻き込まれて帽子を忘れて帰っていく。
ラートの福ちゃんは分かりやすい男。絵葉書を見てローラの色っぽさに目を見開き、鼻の下を伸ばし、ハッとなって教鞭をとる自身のことを思い出す。
肌を露出した女たちが歌い踊るのを群がってみている学生たち、そこで歌う「素敵なローラ」
私はローラ 愛される人
誰も私に触れられないわ
私を見つけたらoldman youngman
恋に落ちて良い子になる
気ままなローラ この私に
愛されたいならひれ伏しなさい
「ひれ伏します!」の福ちゃん、ローラにメロメロで目がハート。
逃げる生徒たちを追いかけるうちに楽屋に迷い込んだラート。
「あなたがローラか…あなたはっ、生徒たちを…誘惑しているっ!」
ここは幼稚園じゃないのよ…と微笑みながら流すローラがまぁ色っぽいこと。
そのままラートの前で着替え始めるローラ、白い足から目が逸らせないラートはここにいては迷惑だと出ていこうとするも、お行儀よくするならここにいても良いわよと言われ、脱いだ下着を渡される。その下着を返すこともなく持ち帰ってしまいベッドに座って指で摘まんで眺めるラート、変態そのもの…。福田さんは変態を表現するのが本当に上手。翌日また楽屋のローラに会いに来たラート、そしてその再訪を予想していたローラ。下着は誤って持って帰っていたということにして(大嘘である)謝罪。出番前のメイクをするローラはパフをはたき、リップを塗る、その姿を見ていないようでちらちらと見るラートのことをローラはすべてお見通し。見とれちゃう?と鏡越しで笑いかけるローラに対し、一拍迷うも「あぁ素敵だ。実に素敵だ。」と惹かれていることを素直に白状する姿はもう目の前のローラにぞっこん。昨日の生徒を誘惑していると語気を強めていた先生の姿とは違う。ラートのため特別席を用意したその晩のショーでローラが歌う「恋に生きる」
ひたすら恋に生きるだけ 他になにもいらない?
次の日ラートが目を覚ますと、そこはローラのベッド。まぁそういうことである。
翌日学校ではラートがローラのところに泊まった噂が流れており、学校を辞めることに。
ラートは花束を持ってローラの元を訪れる。旅支度をしていたので別れの挨拶だと思い込むローラはまた来るわよ、さみしくなるけど元気でねと明るく言うが、花束以外にもまだ贈り物があるとラートが取り出したのは、指輪。
どうか、手を取らせてほしい。真剣な表情のラートに対して、
求婚する気?ロマンチックね。と冗談で流そうとするローラ。そのローラの笑い声を断つように、再度声をかけるラート。
「頼むから。どうか真剣にこの瞬間を心に刻んでほしい。」
そのラートの想いに答えたローラ。
鳴り響く結婚行進曲とともに、福田担なら伝わりそうな説明をするとするならば、たまに福ちゃんが見せるドやっとしてて誇らし気な顔で美波里さんと腕を組む。まさか福ちゃんの新郎新婦入場を見ることになるとは。
幸せそうな二人だが、急に短調となるピアノ。一瞬で重苦しい空気になると同時に舞台は5年後へ。ラートは教職を離れ、あんなに毛嫌いしていたナイトクラブでローラの絵葉書を売り、顔を塗り道化師として客の笑いものになっていた。威張っていた教師の落ちぶれた姿が見たいと、客席は満員御礼、札止め。禿げ頭で卵を割り、鶏の鳴きまねをする。逃げたくてもそれは許されない。客席からのやじに、耐えるだけ。
大笑いの客席を前に、空虚な目をして立つラート。「楽屋でローラは、他の男に抱かれてる」そう呟くラートがあまりに痛々しい。そのまま劇場を飛び出して野垂れ死んでしまうラート。舞台上の階段にそっとうつ伏せになり目を閉じる姿は、静かで、虚しくて、悲しい。ラートへ静かに歩み寄り、その亡骸に白い紙吹雪をかけてやりながら「恋に生きる」をゆっくりと歌うローラ。愛を求められ、その愛に応えたのに、その愛が無くなったローラ。
「私にどうしろっていうの。」美波里さんの瞳の中に、悪魔の姿を見た気がした。誰もが心の中にいるという、その悪魔を。男を捨てるマレーネの姿は容赦がなく、非道で、堂々としていてかっこいい。彼女自身が、そうであることを選んだ。
語り部福ちゃんが歌う「素敵なローラ」
歌いだしの、そう!が良い響きである。
素敵なローラ 愛される人
世界で一番賢い女
彼女のピアノが音を立てると
男たちは皆夢中になるさ
言葉がはっきり聞き取りやすく、音程も低めで安定していた。あべちゃんを見ながら身体が楽しそうに揺れて、生演奏の音とその時にしか味わえない空間を楽しんでいる様子。
ローラというあまりにもマレーネにはまり役だったこの作品。不思議なことに彼女自身この曲の通りに人生を歩むこととなる。気難しく、気ままで、賢くて、人々を魅了した。マレーネは言った、自分の人生は幸運に恵まれていたと。よい出会いが絶妙なタイミングでやってきて、新しい世界を見せてくれる。スタンバーグ監督との出会いがそうであったように。
しかし、ここであの黒い風が吹いてくる。アドルフ・ヒトラーの登場、ドイツがナチス(ナチ)と変化していくその始まりである。社会の底辺で自身が受けた屈辱を世界にも味わわせてやる、そんな勝手すぎる憎しみによって、多くの命が失われる時代が幕を開けてしまった。
一方マレーネは、嘆きの天使を通して自身を確立した。意志が強く、信念に基づいて一歩も譲らない強い女。
そんなマレーネは嘆きの天使の後、ハリウッドの仕事が入る。
「モロッコ」でマレーネが見せた姿は図々しくて、挑発的で、何もかもが魅力的だった。女性はマレーネに憧れ、男性は愛人になりたがった。自分から…
美波里さんが福ちゃんにゆったりと近づき「私の電話番号よ」とカードを渡し、
ドキドキした顔で受け取る福。「…と!言いかねない女だ!」
そんなマレーネが新興勢力であるヒトラーの声を初めて聞いたのは、アメリカからドイツへと戻る船の中。その粗野でしゃがれた声が不快で堪らないのに、周りは皆立ち上がり拍手を送る。その異様さにマレーネは違和感を覚え、そしてこれから起こる悲劇を予感した。
ヒトラーという史上最悪の指導者について、語り部である福ちゃんが話す。ヒトラーは絶対に権力を渡してはいけない人間。威勢の良い言葉が続いて、それに人は熱狂してしまう。それに似たような光景を見る。実は彼が出てきた時の状況と、現代はよく似ている。そう、いつの時代だって危険性を孕んでいる。自分の生きている世界が大事、家族が大事、民族が大事。決して悪いことではないその思いは、紙一重。多様性を排除し一つの枠に閉じ込めて、思い通りにしようとして、そこに人が群がって、喝采を浴びせて称賛する。
ある意味でマレーネという女性にとってこの男との出会いは非常に大きな意味を持つ。この男が持つ憎しみによって生み出された悲劇と世界の混乱は、彼女が望まない世界。彼女は、戦うことを決めた。実際に対峙した史実は残っていないが、戦争が始まると彼女は軍隊に入った。そして戦争が終わると、ヒトラーが残していった傷つき壊れた世界の悲惨を修復すること。それが彼女の仕事であり、使命となった。
「モロッコ」以降、マレーネは毎年新作映画に出演する。その作品を怒涛の早口と身振り手振りで紹介してくれる福ちゃん。あまりにも早いが大変可愛い時間なので毎公演瞬き最小限に。記憶したアクションと特筆すべきポイントのみご紹介。
・間諜X27
間諜はカンチョー、腕でx、手指で27を表現。
「ぉおんなスパイのものがたりぃ~」ナイス内股。手は銃の形。
福ちゃんの中の女スパイはセクシー系か。
「パキュン!ふぅ!(銃口にふぅ)」
「ドナウ河のさざなみに乗って展開されるっ女の悲劇!見る人の心をMI・RYO・Uしたぁ♡」
・上海特急
「しゃんはいとっきゅうー↑」
謎の!(後ろ向き手は腰)
女ぁ!(勢いよく振り返る、腰が心配)
・ブロンド・ヴィナス
「ビーナスの姿で登場し!観客の!度肝をぬくぅ!!」
足は一歩前へ、とにかく勢いで押そうという気概を感じる。
上記怒涛の作品紹介の間、時に口元に笑みを浮かべ、時に真剣に手元の台本を追いながら福ちゃんを見守ってくださる美波里さん。息も切れ切れ「やってやりましたよ…(ハァハァ)どうです…(ハァハァ)」と美波里さんを見つめる仕事終わり福田、逆上がりができるようになった息子がママにドヤ顔でお知らせしてるみたい。よく噛まずに、しかもその文字数。毎公演ここで拍手が送られた。「毎回感心するわ」「すごいわね福ちゃん」と美波里さんからお褒めの言葉も頂きつつ、一旦福田さんもセットに腰かけて小休止。
あまりに暑いのか、初日はここでベストを脱ぎ、蝶ネクタイを外してポッケにしまい、腕まくりをして、前髪のくるくる天パをかるく手櫛で整え、深呼吸を繰り返していたのだけれど。翌日から蝶ネクタイを外すタイミングやベストを脱ぐタイミングなど指示があったのか、ここまですべて解放したのは初日のみ。ただやはり暑さと首元が若干苦しいみたいでこの長丁場台詞のあと、シャツの襟は何度か気にしていた。それゆえに蝶ネクタイがちょこっと曲がっていることもあったけど、それだけ体をめいいっぱい使って一生懸命語ってくれているということだ。
福ちゃんが息を整える間、美波里さんからはマレーネがハリウッドで映画出演している間のドイツ戦況が述べられる。ヒトラーは急速に力をつけ、ユダヤ人から地位を剥奪し近隣ヨーロッパ諸国へと群れを成して追い詰められていった。それに伴いドイツ国内では反ユダヤ主義に比例するように愛国主義が高まり、ユダヤ人は消えていく。
マレーネは、プロイセン王国(18世紀から19世紀にかけてドイツ北部・ポーランド西部に存在したヨーロッパの王国)将校の娘。ナチスにとって、ドイツ人女性の象徴のような存在であった。長身・ブロンド・青い眼。ヒトラーはマレーネに帰国要請を出し、高額の出演料でナチの映画祭に出演させようと、宣伝大臣であったパウル・ヨーゼフ・ゲッベルスをパリに派遣した。迫る彼らに対し、マレーネは怒り露わに答えた。「嘆きの天使のガーターベルトは、ヒットラーなんかに渡せるものですか。」自分の母国であるドイツを血の海にした男、ヒットラー。この時の美波里さんは、憎しみと怒りと反逆心が立ちのぼるような目だった。一人の女性が、明確に国家権力に対抗する意志を露わにした瞬間である。
マレーネはナチスに対抗しアメリカの市民権を獲得した。それでも、国籍を変えることはやはり辛い。例えひどい仕打ちをされたとしても、祖国を捨てるということが裏切りにも思えた。自分の心はどこにいても、ドイツ人である。しかし、今やナチス一色のドイツ。若者は皆、兵士に志願していた。「一兵士として、勇気を奮って戦い、命をかけて服従すると誓う!」声高らかに、少しの濁りもなく言い切る福ちゃん。死への恐怖など感じることも無いその姿に、集団心理の恐ろしさが見える。
その頃マレーネは、「砂塵」という映画に出演。劇中女同士がつかみ合って殴り合う喧嘩のシーンを代役無し、制限無しで演じたいと言った。セットの位置について相手役の女優に囁くマレーネ「私を殴って、蹴って、髪を掴んだって構わないわ!私もそうするから。」ここでセット中央に進み出る美波里さん「はい、これを…」。美波里さんが手に持っていた台本を「では、こちらで預かります。」と恭しく受け取る福。実は初日にこの会話は無く、台本を持ったまま進み出た美波里さんに気が付いた福ちゃんが「アッ、ここで、その台本を、僕が預かる…流れだったはずだ…!そうだ、預からないと!はい、確かに預かりました。それでは位置について…」とユーモラスに軌道修正をしたという記憶がある。この会話・フォローがとても自然であったし、このショーにおいてお二人ともが演者であり、語り部であるという特性を活かせる点にもなったのか次に観劇したときはもうこの切り替えの会話がテンプレ化していた。「あべちゃん!ゴー!」の合図でまるで運動会のようなアップテンポな音の中、美波里さんが殴り殴られ、そこそこの高さがあるキックを繰り出し、髪を掴まれ大声で叫ぶ様子は愉快。福ちゃん今度は中継役さながらその喧嘩の様子を事細かに伝える。「お互いを殺すことしかぁ!頭に無いぃぃい~!!」マレーネの勝利とともに拍手が起きて、福ちゃんの合図でパンパンパン。まさか舞台中にもこれを自然にできてしまうおともだちすごい。「お見事でした」と台本を手渡す福ちゃんに対し、「おう、ありがとね。」と返す美波里さん恰好いい。「い、1行目から…」「分かってる」ナイスコンビのビバ福。
ナチスの戦況は激しさを増し、多くの者たちがアメリカへ亡命してきた。マレーネは自宅に彼らを招き入れ、彼らとの共通言語であるドイツ語を話し、食事を食べさせ、祖国を失った彼らを慰めた。その頃のアメリカは真珠湾攻撃で日本とも戦い、ヨーロッパの戦いは世界大戦へと拡大。マレーネが過ごすハリウッドもいよいよ臨戦態勢へ、マレーネはアメリカ軍に入隊した。マレーネの上官となる男は言った。「善意だけではこの仕事は勤まらない。もしあなたが途中で挫折するのなら、その善意は私を傷つけるだけ。しかし、あなたがやり遂げるとするならばそれは素晴らしいことだ。」マレーネが前線に来ていると知るだけで、兵士たちに良い結果をもたらすだろう。彼らはきっとこう考える「マレーネが来ているなら、戦況はそこまでひどくない。ここを戦い抜けば、勝利を手にすることができる。」それは幻覚かもしれないが、それも時には必要である。貴方には、彼らの緊張をほぐしてほしい。このシーン福ちゃんは上官と幻覚を見る兵士を、瞬時に声と話し方を使い分けて表現している。胸を張り、後ろ手を組み、口先ばかりで無責任に指示している上官。目が泳ぎ、たどたどしく語り、まだ若いその命を国の勝利を信じて捧げようとする兵士。マレーネは言葉を返した「私は死を恐れてなどいません。だけどその前に捕まるかもしれない。そうなれば暴行を受けて死刑になるでしょう。もしも彼らが無理強いし、私がラジオ放送で話すことになっても、どうかその言葉を信じないでください。」そんな彼女に上官は拳銃を渡した「そんな時はこれを使えばいいんだ。躊躇わず、一思いに、ずどんと一発。それで全て解決だ。」入隊した隊の上官とはいえ、あまりに暴力的なその考えを、さも当たり前かのように兵器を使うことを推奨するその物言いを、マレーネはどんな思いで聞いたのだろうか。
軍人らしく大股で、きびきびとした動きでセット周りを歩く福ちゃん。戦いが世界中で続く中、マレーネも戦いに志願した。呼ばれればすぐどこかへ配属され、連れていかれた先では命令が待っている。「整列!前へ!進め!」何も考えず、ただ命令に従えさえすればいい。余計なことは考えない。待っているものは子供に戻っている。あの頃と同じ気持ち、同じ不安、やり遂げてやろうという決意がそこにある。行進曲のようで、でもどす黒さも感じるピアノに合わせて、語り部と、上官と、不安を感じる兵士たちを演じ分けている福ちゃん。加えて舞台上のセット転換も福ちゃんの大事なお仕事。ストッパーを外して、階段の向きを変えて、またストッパーを止める。これらをこのシーンで全て行っていた。とんでもない仕事量、よく混乱しないなぁとヲタクはただ感心するのみ。
ピアノが止み、一瞬の沈黙のあと舞台後方から芸人かというテンションで拍手をしながら走り出てくる福田、満面の笑みである。(参考:サツまいもんズ長島茶太郎)パンパンパンパン!手がでかくてやたら音が響く拍手。「みなさん!お待たせしましたぁ!ひゃはぁ!今日は!美女が来てくれましたよ!美女ですよ美女!うわぁ久しぶりだな美女!ハリウッドから!マレーネ・ディートリヒだぁ!!!」観客の歓声があがると舞台中央からマレーネが出てくる、はずだった。爆音と地響きが轟き、舞台上も真っ暗に。マレーネの観客を案ずる声だけが聞こえる。敵軍が洗礼を浴びせるように打ち込んだ爆弾は見事に命中し、場内は真っ暗。幸い自分は生きていて、マイクも使える。マレーネに状態を問われた音楽隊はあべちゃんのピアノの音をポーンと鳴らして無事を伝える、舞台上の電気も、無事に点いた。そしてマレーネが兵士たちに向けて歌う「リリー・マルレーン」
兵舎門の前に立つ 街頭に灯が灯りゃ
二人だけの夜が来る 靴音が聞こえる
お前リリー・マルレーン
僕のリリー・マルレーン
消灯ラッパが呼んでいる
今日の別れは辛いけど
また会おう ここに来い
お前リリー・マルレーン
僕のリリー・マルレーン
「リリー・マルレーン」は誇り高いドイツの娼婦の名前です。そして「リリー・マルレーン」は、兵舎の外の街灯に寄り添って立つ娼婦への愛を、明日なき命の兵士が歌った歌です。こんなにも切ないラブソングはない。生涯、マレーネはこの歌を愛し、歌い続けました。この歌にはたくさんの思いが込められています。祖国ドイツへの思い。家族への思い。共に戦った兵士への思い。たくさんの死んでいった人たちへの、鎮魂。マレーネが歌い続けた、心の歌。世界中で何年も歌い続けた。
やがて戦の時が来て 故郷をあとに
だけどお前だけは 街角に佇む
お前リリー・マルレーン
僕のリリー・マルレーン
泥だらけの戦場で 夜ごとの夢を慰める
また会おうあそこで 街角の下で
お前リリー・マルレーン
僕のリリー・マルレーン
2コーラス目からは階段のセットで福ちゃんが躍る。リリー・マルレーンを恋い慕う、兵士を宿して踊る。つま先から手指の先まで神経が通っていて、その表情は明日にも戦地に赴きその生涯を終えてしまうことが分かっているというのに、それでも今、愛する女性のことを想ってた。空に伸ばした手は相手の手を最後に握ることも叶わない。このシーンだけで着ていたモスグリーンのロングコートの前を開きながら、でも脱ぎ去ることもできない。「僕のリリー・マルレーン」でそっと、ぎゅっと強く握りしめて、右胸にあてた両手。祈りを込めるように目を閉じて静かに立つ兵士。自然と泣いてしまった。歌詞だって美波里さんの歌い方だって、泣かそうと計算されたものではなく、ただ胸の奥にスーッと静かに流れ込んできてすごく切なかった。やるせない感情が確かに伝わった。
灯りひとつない空間に、水滴がひたひたと落ちる音が響く。多くのベッドに兵士が並んでいる。聞こえていたのは彼らが受ける輸血用の瓶から血液がぽたりぽたりと落ちる音。アメリカ兵がマレーネに言う「捕虜になった兵士たちだ、向こうに行って話をしてあげて。貴方はドイツ語が話せるのだから。」自分の母国であるドイツ、いや、その時点ではナチス。まだ年若い少年のような彼らのもとにマレーネが向かうと、彼らは驚く。「本物のマレーネ・ディートリヒさんですか?」先ほどのアメリカ上官から、また瞬時に若き兵士へと変わる福ちゃん。マレーネは自分も兵士であると告げた。「私も貴方と同じ一兵卒になりたかった。」その瞬間、鳴る爆音。呻き声のなかマレーネに伸びるたくさんの冷たい手。その手を取るマレーネ「さようなら、また来ます。必ず来ますからね。さようなら、さようなら…」後ろから身体を強く押されるマレーネ、一刻も早く避難させようと周囲は必死であった。敵はたった1台のJeepに全弾薬を使い果たすつもりなのかと疑うほどの爆撃の中、マレーネたちは丘を越え、森に入る。丘の向こうでは、まだ爆撃が続いていた。それは、マレーネ・ディートリヒを狙った爆撃であった。マレーネの足には傷跡がたくさんある。大声で叫びながら、マレーネを地面に突き飛ばしてくれたアメリカ兵たちによってつけられたもの。彼らが一番の同志であった。彼らは国のために戦ったのではない。突然外国に連れてこられ、何だか分からない得体の知れないもののために自分の身体を傷つけながら戦った。彼らが祖国に帰ってもなお、マレーネは彼ら老兵たちのことを忘れなかった。時に一緒にセントラルパークをまわった。だけど、戦争を知らない世代、轟音も爆風も体験していない世代の若者たちは、ネクタイを持たない老兵たちをレストランから追い出した。まるで賤民でも見るかのような冷たさで彼らに接した。そんな場面に出くわすとマレーネは即座に「お前たちなんてくたばってしまえ」と罵った。怒りが、悔しさが、どうにもならなかったはずだ。戦争を戦った若者たちに、政府は未来を約束したがその約束は果たされず、戦争が終わると多くの若者たちが居場所を失った。ナチスだけでは無かったのだ、敵が国内にもいた。
戦争は終わりに近づき、マレーネはラジオ放送に出演した。そこでマレーネは語る、ドイツの人々へこの虚しき戦争を今すぐやめるようにと。ドイツ人である自分は今ドイツと戦っているが、でもそのドイツはヒトラーによって生み出されたナチス。ヒトラーが愛するドイツを奪った。マレーネがドイツを愛する気持ちは、誰にも負けなかった。
時が流れ人は去り この世の果てが生まれても
いつまでも忘れない 街角に佇む
お前リリー・マルレーン
僕のリリー・マルレーン
いつまでも忘れない 街角に佇む(福ちゃんとユニゾン)
お前リリー・マルレーン
僕のリリー・マルレーン(福ちゃん下ハモ)
二人の息を合わせよう、こんな風に歌おうという見せたいという欲みたいなものが感じられなかった。語りかけるように言葉を連ねるので公演毎に違っていた。時に美波里さんが福ちゃんを見上げ、福ちゃんは美波里さんが差し出したその心にそっと寄り添っていた。それに即座に対応できるピアノ奏者あべちゃんの技量もまた、光っている。敵対しながらも母国である「ドイツ」への変わらぬ愛を込めて。共に戦地で戦い、散っていったその命への慰めを込めて。生きて帰還してもなお、生きにくいその時代を歩む仲間たちへの祈りを込めて。
ナチスはドイツ兵の脱走を食い止めるため、声明を出した。「不名誉な行動をした者の家族は、直ちに射殺する」連合軍とともに、マレーネは戦場渦のドイツへ入った最初の民間人となる。ドイツ人の敵意に晒されると覚悟していた、生まれ故郷を捨てたような人間に対して、ドイツ人は冷淡だと考えていたのだ。だが実際は、まるで凱旋のように歓迎してくれた。出会った主婦は手を叩いて喜んだ「どうしてここにいるの!マレーネ・ディートリヒ!」主婦の驚きと喜びを表す福ちゃん。その主婦は近所の女性たちとともに、材料をかき集めてケーキを焼いてくれた。マレーネはそのドイツ人の心に触れた。
マレーネが母親をドイツに置き去りにしたのは、それが母親の望みだったから。マレーネはドイツへ帰国した際、アメリカ軍が用意した無線で母親と会話することができた。
「ママ!マレーネよ!」
「あぁ、私のマレーネ。声が聞けて嬉しいわ。」
「家族は、みんな元気?」
「えぇ、姉さんも、その子供たちもみんな元気よ。食料をありがとう。」
「辛い思いをさせてしまってごめんなさい。」
「いいのよ。」
「身体に気を付けてね。」
「貴方も。」
「さようなら、ママ。」
「さようなら…、マレーネ。」
ここのシーンは涙が溢れて止まらなかった。すごく印象的で、ここに関しては台詞も一語一句間違っていないと思う、終演後すぐに書き留めたから。ナチスがあんな声明を出して、一体どれほどお互いのことを心配しただろうか。どれほどの寂しい夜を過ごしたのだろうか。本来ならいちばん近くにいたかったはずの母親。久方振りに娘マレーネの声を聞いた母親の「あぁ、私のマレーネ」安堵と静かなる喜びが込められていた。あの慈悲深い瞳の福ちゃんがいまでも忘れられない。自分が母国からアメリカへと渡り、いまや敵対する軍の一員であること。そんなこの時代において考えられないような謀反に対しても「いいのよ」と一言返すその優しい声。別れの挨拶では、美波里さんの声が震えていた。ママ、と語りかける声が辛かった。そして母親である福ちゃんも、この後もう二度と愛する娘には会えないかもしれない。だからこそ、いまこの受話器から聞こえる娘の声をしかと受け止めたような表情で、別れの挨拶と、娘の名前を呼んでいるようだった。
後に首都ベルリンに入ることが許され、マレーネと母親は再開を果たす。そして、母親は対面した娘の姿、表情を見て言葉をかけた。「一度自分のことを考えて。何かしている、それが大事なことよ。」「何かしていなさい。余計なことは頭の中から追い出すの。」それから数か月後、母親が心臓発作で亡くなったことをマレーネは知る。
本来なら最後の別れをするべき教会は戦争の爆撃を受けており、葬儀は雨が降る墓地で行われた。マレーネは涙を流しながら母親が壁に飾っていた詩を思い浮かべた。
愛せよ、愛が汝のものであるうちに。
愛せよ、愛が続くうちに。
この戦争の虚しさを、この国の変わり果てた姿とその未来を考え、墓地の片隅でマレーネ泣いていたのだと思う。母の「何かしていなさい。」という言葉を繰り返し、思い出しながら。
そして世界は終戦を迎えた。マレーネの姉エリザベスの夫はベルゲンベルゼンで映画館を営んでいた。ドイツが負けて押収されていたその映画館をマレーネは取り戻した。そして、ベルゲンベルゼンという町は、ドイツ人にとって忘れることが出来ない悲劇の町である。ここにはナチスが建てた強制収容所があり、多くの罪なきユダヤ人が殺されたことは、私たちでも知っている世界の大きな悲劇の内のひとつである。
マレーネは知りたいと願った。ナチスがここで、何をしたのか。目に焼き付けて決して忘れないでおこうと思った。かまどがまだ煙を上げている景色にマレーネは吐き気を覚えたという。この戦争の惨さと残酷さ、決して忘れない。見てしまったものを、そしてドイツが犯した罪を、無かったことにはできない。マレーネの心に平和はもう訪れない。でもどうすれば良いのか分からなかった。そう語る美波里さんが苦しそうで、怒りで言葉が詰まっていた。
マレーネは考えた。自分には舞台に立ち、歌うことしかできない。観客が自分を待っていると感じて、それに応えること。それこそが自分に与えられた使命だと感じた。
記者が、なぜLAに行ったのかと問うと、マレーネは言い放つ「破産したから、お金が無いから儲かる仕事は断れない」と。記者は、映画スターがLAに?本当にステージで歌うのか?と鼻につく聞き方をする。福田さんが目を細めて、下から覗き込むように、それは厭味ったらしく。「戦争中の慰問と同じよ。」冷静に、そして強くマレーネは答えた。
LAでマレーネは歌った、美しいステージだった。彼女は完璧を求めていた。あらゆる意味で完璧を。いまこの歌を聞くと、とても悲しい気持ちになる。マレーネが歌う「リリー・マルレーン」「花はどこへ行った」それらは哀愁ではなく、怒り。この言葉は後にマレーネのことを語った女性知人の言葉であったか、それを舞台上でひとり立つ福ちゃんが話している。その姿は過去の友人の姿を思い出して心を痛めているようであった。大きすぎる愛と孤独を背負ったマレーネを思い出していた。心が痛くて、気持ちが大きく膨らみすぎているなと見ていて思った。「哀愁ではなく、怒りね…怒りなの。」と伏し目がちに言った時もあれば、「怒り…怒りね…」と歩き出して顔を伏せてしまう時もあった。
野に咲く花はどこへ行った 遠い昔の物語
野に咲く花は少女の胸に そっと優しく抱かれていた
可愛い少女はどこへ行った 遠い昔の物語
可愛い少女は大人になって 恋した若者に抱かれていた
その若者はどこへ行った その若者は兵隊に
その若者は死んでしまった 小さなお墓に埋められていた(福ちゃんソロ)
いつになったら分かるだろう 随分時が経つけれど
いつになったら分かるだろう ただ繰り返す何も気づかずに(福ちゃんとユニゾン)
客席には戦場で戦っていた復員兵たちが駆けつけており、マレーネはショーが終わると楽屋に皆を招き入れた。戦場で戦い、マレーネのことを覚えている人々。一晩中一緒だった。
「花はどこへ行った」反戦歌として有名な曲である。忌野清志郎が歌った曲の歌詞が近かった。福ちゃんの声質にも合っていて相変わらず聞き取りやすく発話できる方だなと感じた。そんなヲタクみたいなことを考えながら(みたいなじゃないヲタクである)涙が流れている。本当に、なんで繰り返してしまうのだろう。いつになったら、分かるんだろうね。
世界各地、どのツアーでも同じであった。マレーネの「坊やたち」が来ていた。家族や子供、孫がいる兵士もいるというのに「私の坊やたち」とマレーネは呼びかけた。母国ドイツへも戻り、ツアーが行われた。素晴らしいツアーになると予想されていた。首都ベルリンにはマレーネを支持する者が大勢集まり、大成功をおさめた。しかし、他の都市では沈黙の拒否がみられた。マレーネはアメリカ兵のために歌っていたため、敵視されていた。戦後16年も経っているのに。一人の女性が警備を突破して、マレーネに唾を吐き掛け叫んだ「裏切者!」新聞は書いた「唾を吐き掛けられたマレーネ」「冷たい歓迎を受けたマレーネ」大成功をおさめた各国でのツアーから一転、ドイツ国内でのマレーネが受けた仕打ち。語り部として順を追って話す福ちゃんの抑揚の付け方が、見ている観客の感情の変化を助長する。
マレーネが青春時代を過ごしたドイツは、もうなかった。英雄と称するファンもいたけれど、後にマレーネは祖国には戻らないと決意する。映画「ニュルンベルク裁判」夫を処刑された未亡人の役は最大の挑戦である。マレーネはドイツ人のこの役を引き受けるか迷った。映画の中に「何も知らなかった」という台詞がある。これは、ドイツ人全体の考えをよく示していた。そしてドイツ人を免罪する言葉である。マレーネは納得しなかった。自分の目で確かに見て、五感から感じたベルゲンベルゼンの収容所のことを思い出さずにはいられなかったのだろう。主演のスペンサー・トレイシーに対し、女優マレーネは意見を求めた。「この台詞を言う必要がある。君が言うから、人は信じる。」これがマレーネへ与えられた台詞なのだ。「私たちが知っていたと?女子供の殺害を望んだと?ここで食べて飲んで眠っていた。知らなかった。知らなかったのよ。私の知る限り、誰も知らなかった。」マレーネが演じたベルトホルト夫人は言葉少なく、全ての困難をも引き受けて生きている誇り高いドイツ人女性。マレーネはこの女性に自身の母親を重ねた。全ドイツ人が怪物だったわけではない。そのことを世界に知ってほしかった。生きていくには忘れることも必要。許し合うのだ、生きるために。
好きな場所にはいつも戻るわと話すマレーネに、そっと福ちゃんが問う。「では、ドイツはどうです?」「行ってないわ。1960年に一度行ったきり。」凱旋公演で、歓声と罵声の両方を浴びたその年から、ただの一度も。
第二次世界大戦後の冷戦中にドイツ生まれの歌手として初めて東欧で公演した。興行主に外国語を禁じられ、英語での歌唱を求められたマレーネは、真っすぐに言い返した。「1曲ではなく、ドイツ語で10曲歌うわ。」そして「花はどこへ行った」を歌った。ここで美波里さんが歌唱後、恐らく次の台詞が書かれている部分を見逃してしまったのか数秒、いや数十秒沈黙が流れた公演があった。ゆっくりと手元の台本をめくる手元は優雅である。ピアノのあべちゃんは即興で音楽を続けて合わせた。そのシーンの福ちゃんは腰かけて美波里さんを見つめていた。視線は全く泳がずただ見つめていた。包み込むような温かさと美波里さんに対する尊敬で満ちていた。客席も福ちゃんもあべちゃんもみんなが、その光景をただ見つめて、ゆっくりとしたそのシーンを、堪能すらしていた。
そのステージはとても感動的で、皆が泣き出した。怒り出すものは誰一人おらず、皆同じ想いであった。怒りや悲しみや無念、それらすべてがマレーネの歌声によって解き放たれて感情が解放された。これほど気持ちを込められるのは兵士だけ。マレーネはまさに兵士として戦場で戦っていた。その兵士たちの事実を語れるのは母親や恋人だけ。マレーネは全ての兵士のママであり、恋人であった。
戦いが終わってもマレーネはその場に残り、決然とその姿を大衆の前に晒した。それから10年間歌い続け、人々を魅了し続けた。
マレーネは逃げ出すことのできない自分の運命を受け入れ、生きていた。生きることにはお金が必要。入ったと思ったら出ていくお金。レコードが売れれば嬉しかったし、ステージにも立ち続ける。そんな生活を続けていれば、身体が壊れてしまうのは当然のこと。ステージから転げ落ち、気が付いたらベッドで点滴を受けて足は固定されていた。それでもマレーネは立ち上がる、その根底にあるのはやはり、母親の「何かしていなさい」という言葉。
マレーネはしょっちゅう癇癪を起こし、怒鳴り喚いた。体中が痛くて、薬とアルコールが適量を越えてしまう。それでも完璧を求める彼女の姿を語る福ちゃん、良かったなぁ。同じ芸道を歩む人間として、彼女のこの往年の生き方をどう感じたのだろう。「完璧を脅かすものは、何であれ、誰であれ、許せなかった」ストイックを越えた領域の女優マレーネは、完璧で、怖いくらいのスターであった。「ここで止めて!ここで降りるから。車みたいに人生も止められたらいいのに。人は、死ではなく生を恐れるべきなのね」この台詞がすごく印象に残っている。
それでもマレーネは、エンターテイナーであった。怪我をして、体中が傷だらけにボロボロで、車椅子になっても、娘や孫を笑わせた。娘に語りかけた「マリア、よく覚えておいて。私は生きてる間より、死んだ後の方が値打ちがあるわ。私が死んでも泣かないで。今の私のために、泣いてちょうだい。」賢く優しく強く、娘に語りかける美波里さんの話し方、素敵だったな。マレーネは頭の回転が早くて、愉快で優しくて「ちょっぴり、いじわる。」ちょっぴりの言い方が可愛い福田さん。
ちょっぴり↑いじわるっ。
その老いた体の中でも心や信念は燃え続けていた。
最大の挑戦だった「ニュルンベルク裁判」から18年経った1979年、マレーネ78歳の時、映画の話が舞い込んだ。「ジャスト・ア・ジゴロ」これが、彼女の最後の映画出演となる。マレーネはスタジオで娘に手を引かれ、ゆっくりと歩いた。皆が記憶しているマレーネ・ディートリヒとはほど遠いその姿。うちのおばあさん、どこにでもいるおばあさん。弱々しく、老いを隠さずに、歩いた。ゆっくりと、まるで自身のおばあ様のことを話すかの如く語る福ちゃんに、優しく鳴るピアノ。一人の人間が着実に時間の流れとともに老いていくという自然の摂理を語っていた。
楽屋に入り衣装に着替え、ハットを被った。そして、幕が開いた。そこでピアノが一気に明るく強くなる。それと同時に福ちゃんの語り方にも力が漲り、マレーネが「どこにでもいるおばあさん」から「舞台で輝く女優マレーネ・ディートリヒ」へと姿ががらりと変わったことを表していた。そして実際に、舞台上の幕が開き姿を見せたのは、あのビジュー輝く燕尾服を着てハットを被り、堂々たる姿で立つ美波里さん。登場と共に涙がこぼれた、会場全体が割れんばかりの拍手に包まれる。いる、そこにマレーネがいる。細いヒールを見事に履きこなし、長い足を輝くパンツで包んでいた。ステップを踏み、口に咥えた葉巻を外すと、空に煙が広がっていく。この感情の昂ぶりを助長するかの如くはっきり強く語る福ちゃん。矍鑠として威厳溢れる男爵夫人。この変貌ぶりに皆が呆然とする中、マレーネは歌った。「ジャスト・ア・ジゴロ」
ジャスト・ア・ジゴロ
お金になるならなんでもやるわ
着飾って、化粧をして
歌い踊り、夢を売る
誰が何を言おうと 構いはしないわ
続いていく人生 でも
誰でも最後は一人
ジャスト・ア・ジゴロ
それが、私のいのち
ジャスト・ア・ジゴロ
歌い踊って
夢を売る、日々
そのまま時が過ぎ去って
あいつは輝きを失ったと
誰が言おうと
構いはしないわ
短いこの人生
好きに生きるわ そう
ジャスト・ア・ジゴロ
それが、私のいのち
私は泣いた。周りのお客様方も泣いていた。舞台上の福ちゃんも、泣いていた。セットに座り、足を開いて両ひざの上に肘を置いて、手を合わせて顎の下にあてていたけど、みるみるうちに瞳が涙でいっぱいになって、舞台上にあたるライトの光が入って綺麗な目だなと思っていたらぽろぽろと零れて、目頭を抑えて顔を伏せて。でも驚かなかった。泣いちゃうよね、そうだよね。こんなに力に溢れていて、強く気高く気品がある姿を私たちに見せてくれているのだから。あの瞬間は、語り部でも、マレーネと同じ時代を生きた何者でもなかった。長年そばにいて、その歌もダンスも演技も近くで見てきたけれど、いまこの瞬間、自分だけが舞台上で対峙し、美波里さんが惜しみなく注いでくれる愛を一身に受けた福田悠太だったのだと思う。マレーネが背中を向けて去っていく。潔く、颯爽と去っていく。割れんばかりの拍手が長い時間送られた、私の掌は感覚が無くなりそうだった。曲が終わり、ピアノの最後の音が静かに消えていく。静まり返る場内には誰かが鼻をすする音。そして舞台上で立ち上がる福ちゃん、なかなか声が出せないでいた。もう一度涙を拭って空を見上げ、ぐっと力を込めた後、前を向いた表情はもう、語り部だった。そうだ、それでこそ福田悠太だ。
自分の人生を歌い、カットがかかった後、突然話し始めたマレーネ。それが公での最後の言葉になる。大勢の人が祖国の裏切り者だと言う。忘れてしまったのだろうか、私は一度も、一度たりとも祖国を裏切ったことはない。ナチスに反対しただけ。これがどれほど悲しいことか。貴方たちは明日になれば祖国に帰れる。でも、私は帰れない。母国を失った人間にしか、分からないでしょうね。
マレーネ・ディートリヒ。1192年5月6日、パリで死去した。美しいイメージのまま。ハリウッド関係者は葬儀の場には来なかった。家族とわずかな友人、退役軍人だけだった。遺体は祖国ドイツ・ベルリンに運ばれた。霊柩車が通る道の両脇には花の市がたっており、霊柩車が通ると人々は市に駆け込んで花を買い漁った。そして、次々に棺へと花を投げ込んだ。霊柩車が墓地に着いたとき、棺を囲むようにたくさんの花が積まれてあることに気が付き家族は驚く。決して綺麗に手向けられたわけではなく、乱雑に投げ込まれた花。マレーネは、喜んだはずである。
福ちゃんが歌う「素敵なローラ」
素敵なローラ 愛される人
世界で一番賢い女(ここまでスローテンポ)
彼女のピアノが音を立てると(ここからアップテンポ)
男たちは皆夢中になるさ
スローテンポな部分は福ちゃん先行。目を閉じて気持ちよさそうに歌う福ちゃんに合わせてあべちゃんがピアノを演奏。アップテンポになると同時に会場からは手拍子。わくわくと。本当に素敵だよ、ローラ。そして後方の幕が開くと美波里さんが出てくる。拍手が湧く。マレーネへ、そして美波里さんへの喝采。ふたりは手を取り踊る。最後のダンスにおいても、らしさが光った。普遍的なペアではないこの二人。美波里さんに手を取られ、くるりくるりとターンのリードをしてもらう福ちゃん。本来なら女性のポジションを178(7かもしれない)の38歳男性が務めている、可愛い。美波里さんの中世的で堂々したリードが恰好良いから余計に。最後に福ちゃんが美波里さんの背中側にまわると、今度は福ちゃんが美波里さんの手を取り、本来の男性役としてリード(フライヤー裏面の2ショット参照)。最後は舞台上手下手に別れて中央に走り寄って両手でハイタッチしてポーズ。福ちゃんが腕を差し出し美波里さんが腕を絡める。二人一緒に腕を組んで後方幕内に入ると、再度ポーズをきめて幕が閉じた。
はぁ、なんて贅沢をしてしまったのだろうか。やまない拍手の中、ふたり揃いの燕尾服で再登場、待ってました、ここで福ちゃんもやっとメインビジュアルのお姿です。カーテンコールまで福ちゃんはあのお姿を見せてくれない。ストーリーに入り込みながら薄々感じてはいた「あれ…あの燕尾服は見られないのだろうか…あんなに素敵なのに…」福田担が待ち望んでいた瞬間です。ふわふわのカーリーヘアにちょこんと乗せたハットに手を添えつつ前に出てくる。下手からあべちゃんも再登場。真ん中に美波里さんを挟み男性2人でエスコート。あべちゃんはすぐ下がってしまう、福ちゃんは左右中央の挨拶から最後退場までずっと美波里さんに手を差し出しエスコートしていた。優美だ、私が見たかった前田美波里さんと福田悠太だ。煌びやかで、東京の街がよく似合い、ショーマンであり、エンターテイナーであった。
やっと全編が終わりました。上演時間90分程度ではなかっただろうか、しかも二人芝居。なのにこの文字数…ここまで読んでくださった方、まずは目を休めてください。お時間お取りしてしまいました。はじめに書いているかと思いますが、毎公演、「舞台は生もの」を強く感じた作品でした、あらゆる意味で。生演奏なのでピアノが奏でる曲も違います(私は音楽的知識が無いので自信が無かったのですが、そちらの分野にお詳しいおともだちも仰っていたのでね)そして、入っている観客の受け取り方も違う。前回拍手が起こらなかったところで今回は起きたり。また追加公演があとから決まり、こちらは一般販売のみだったのでFCが多くを占める時とまた違う落ち着いた、舞台を楽しみたいという空気を感じた。ある公演では明らかにセンブロの一角は年齢層が高く、その日美波里さんがその辺りのお客様に話しかけていたので恐らくは美波里さん側のお客様なのだろう、年齢が違えば感じ方も違う。こちらのリアクションが変われば、全体の空気、演者の機微、果てはこの舞台全体の温度感が変わった。それが心地よくて、面白くて、観劇のたまらないところでもある。
舞台を見て感じたことをいつもスマホにメモするけれど、今回はなぜか手を動かして紙に書きたかった。終演後近くのお店で飲み物を頼んで、すぐにA5サイズのノートにペンを走らせた。覚えている歌詞、記憶に残った台詞、頭と心に響いたシーン。この記憶が新鮮なうちにどうにか残したくてまるで殴り書き。あとから見返すと字は汚いし順不同のメモが全部で10ページ程度。何だこれ…「足5めーとる」…それはいつもの事だろっ‼︎ボツ‼︎なんて事もあった。でもそれを見て、さらに知的好奇心が湧き出た。たった90分見ただけではきっと取りこぼしがある。もっと知ってからまとめたい。
元来突き詰めて味わい尽くす系ヲタクであることを実感した。マレーネについて書かれた本を読み、経歴を確認した。「嘆きの天使」は日本語字幕で観た。通勤時にはマレーネが歌う曲を聞き、加藤登紀子や忌野清志郎が日本語で歌っている曲も聞いた。マレーネ・ディートリヒという人物像を真ん中に据え置いてから、件の殴り書きを引っ張り出し、肉付けしたものが今回のレポートである。だから余計に文量が増えてしまったのだけれど、達成感はある。
前田美波里さんは御年77歳。現役で舞台に立ち、歌って踊ること自体に感服した。人前でこういった仕事をするにあたり、日々しっかりとトレーニングされているのだろう。バランス良くお食事もなさって、グルコサミンとかルテインとか飲んでるんだろう(BSのCMで見た)ターンして目が回らないのは、70代ではあり得ない。劇中黒のローヒールを履いていたが、最後のシューズはヒールが細かった。体幹がしっかりしていなければそれで踊るなんて不可能。途中で言葉に詰まることや、少し順があやふやになる瞬間も確かにあったが、それは「ミス」ではないと思う。そういう物差しで測るべき領域の人ではないのだと思う。ただその生きた年数、経験値、人柄全てをもってしてマレーネ・ディートリヒという人を演じて見せてくれたこと。そのことに感謝したいし、同じ女性として、前田美波里さん、そしてマレーネ・ディートリヒという人物の輝きは眩しく映った。そんな風に生きたいなんて、易々と言えない。戦中・戦後を体験したことが無い今を生きる人間からは到底考えつかないような体験をされてきたのだろう。ただ、誇りをもって堂々と生きること。愛をもって人に寄り添うこと。信じるものを強く抱いて歩むこと。抽象的な言葉になってしまうけど、見習うべき姿を見せてくれた。
福ちゃんが持つ性質がとても活きるポジションで選ばれたと思った。基本的には語り部で話す量は膨大なのに台本は持っていない。多忙な夏だったはずだ、 いつの間に覚えたのだろうか。抑揚のつけ方、ためる長さ、相手との距離感。舞台の進め方は語り部によって変わるはずで、それを見事に操っていた。そしてその合間に挟みこまれるマレーネ以外の人物。名前がある役もあれば、名前もないような人物もいる。例えば主婦・記者・若い兵士、性別も年代も違う。どれも1シーンだけなのだが、きちんとその様相が伝わった。エゴイズムを感じさせない、ある意味で空っぽ、無私な状態でいられるフラットな福ちゃんだから出来たのだ。マレーネの母親を演じていた時の目がいつまでも記憶に残っている。慈悲深くて、温かくて、悲しかった。歌と踊りは、言わずもがな。やはり舞台がよく似合う、頼むからミュージカルをやってくださいな。福ちゃんは言った。ビバさんは愛が大きいと、人よりも持っている愛の大きさが大きいと。それは貴方にも言えることだと思うよ、福田悠太さん。さり気ないフォローは相手の手を迎えにいく優しさと、自分から引き寄せるように掴み取る大きな手に宿っていた。台詞を喋り始める相手をそっと伺う視線や息遣いを見てタイミングを図るのは、わざとらしさの無い気遣いだった。福ちゃんの全てを知っているわけではないから断定は出来ないけれど、きっとそこまで意識しないでも身に染みついているのだと思う。あたたかい人だ。
初日は歩くだけで汗をかくほど暑かったのに、千秋楽には肌寒い秋がやってきた東京有楽町で。この贅沢な時間が過ごせたことが2025年秋、最大の行楽であると言える。
