お母さん、ちょっ、黙っててもらっていいっすか💢
今日は43歳男性、
朋さんの訪問でした。
朋さんは、統合失調症。
内服で病状は安定しています。
糖尿病の治療も続けながら、
日々を過ごしています。
体重は82kg、運動は大嫌い。
そんな朋さんの訪問は、
月に一度。
朋さんにとって、
訪問看護は、
唯一、
社会的な繋がりを持てる日です。
ですが、
毎回、必ず、
訪問看護には、
“お母さん”が同席します。
今日も、
朋さんのすぐ左隣には
“過干渉モンスター”が座っていました。
もちろん、
これは私の心の中だけの呼び名です。
そして今日も、
心の中で8回くらい思いました。
「お母さん、ちょっ、
黙っててもらっていいっすか!」
静かな怒り💢
もちろん、口には出しません。
でも、
本当に毎回そう思うのです。😤
朋さんが入院する前、
症状はかなり強かったそうです。
「歩け」という指示が降りてきて、
どこまでも歩き続けてしまう。
誰かに追いかけられている感覚。
あちこちから、
自分を否定する声が聞こえてくる。
そんな幻聴や被害感に、
ずっと苦しんでいたといいます。
おそらく、
この病気の発症や悪化に、
99%、
お母さんが関係していると、
私は考えています。
歩けという指示を出したのは、
お母さん。
幻覚の中で追いかけてきたのも、
お母さん。
幻聴の中で、
朋さんを否定していた声も、
元をたどれば、
モンスターなんだと、
私は、
そう思っているわけです。
いや、そうだろうよ(確定)。
朋さんは、
自分から話すことがほとんどありません。
自分の意見がない、
というより
「持つことを許されてこなかった」
のかもしれません。
何を決めるにも、
まずお母さん。
何を問いかけても、
朋さんが答える前に、
間髪入れず、
左隣りから、
モンスターの声が飛んできます。
「薬は飲めてるみたいよ」
「ちゃんと食べていますよ」
「それは毎日やってるみたい」
「眠れているみたい」
「この子はね、朝起きて、トイレ行って、血圧測って…」
私は、
心の中でそっとため息をつく。
そして、
一太刀お見舞いしてやろうかとも思う。
私もまだまだだなと思う。
本人がいるのに、
本人の人生が、
本人の言葉で語られない。
訪問看護を始めた頃から、
私はお母さんの言葉に、
何度も引っかかってきました。
「こんな病気になっちゃって」
「そんなの気のせいよ」
「そんなにお腹が出てみっともない」
「お兄ちゃんはスマートなのに」
「こういう子っていうのはあれでしょ?」
「厄介よね」
「恥ずかしいから周りには言っていないのよ」
💢
なぜ、
心を病んだ人を
そんなふうに下に見るんだよ、
なぜ否定するんだよ、
なぜ比較して、
評価して、
コントロールしようとするんだよ!
💢
落ち着いてわたし、
そうですね。
もとい、
お母さんが、
そんな言葉を吐く理由、
そんな対応しかできない背景には、
きっと、
お母さんの、
生きづらさや、
苦しさが、
隠れているからなのでしょう。
ただ、
その生きづらさが
朋さんの人生を、
ずっと締めつけてきたことも事実です。
しかし、難しいのは…、
朋さん自身が
お母さんに答えてもらうほうが、
とっても楽そうに見えることです。
自分の代わりに話してもらう。
決めてもらう。
責任を持たなくて済む。
それは、
ある意味、
長年そうやって生きてきた結果、
なのだと思います。
共依存、
過保護、
過干渉。
その中で育った人が
いきなり「自分で決めて」と言われても
簡単ではありません。
じゃあ、
私にできることは何だろう🌹
最近よく考えます。
大きな変化ではなくていい。
まずは、
小さな選択。
「今日はどっちがいいですか」
「これはどう思いますか」
「あなたはどうしたいですか」
そんな小さな問いを、
ひとつずつ積み重ねていくこと。
自分の意見を持つこと。
自分の人生を、
自分の言葉で話せるようになること。
きっとそこからなのだと思います。
そして同時に、
お母さん自身の生きづらさにも
ケアが必要なのだと思っています。
朋さんの、
心と体の健康を脅かしているもの。
その根っこにあるもの。
そこに向き合わなければ、
薬で一時的に症状が落ち着いても、
「生きづらさ」そのものは、
変わらないのかもしれません。
訪問看護は、
病気だけを見る仕事じゃなくて、
その人の人生ごと、
家族ごと、
背景ごと、
丸ごと向き合う仕事なのだと、
今日もまた、感じたのでした。
最後までお付き合いくださり、
ありがとうございました🙂↕️🐾

