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翻訳家を目指した彼女と、出版社に行く彼 ―『何様』(朝井リョウ著)読書記録

「何者」(朝井リョウ著)に引き続き、続編である「何様」を読んでみました。レトロな淡い高校時代の初恋に胸を打たれています。

面白いのは、「何者」登場する5人の男女(皆、大学生)の一人一人についてのその前のストーリであったり、その後を「何様」で描いています。

「三四郎」「それから」「門」(夏目漱石)が三部作であることは有名ですが、ちょうどそんな感じです。

しかし「何様」と「何者」では全く同一人物の「高校時代」や「その後」を書いています。

「何者」に出てくる光太郎という、大学のサークルでバンドを組んでいる大学生の男は、就活に成功して出版社に勤務します。

その光太郎の高校時代の話です。彼が出版社に勤務する理由は、高校時代に好きだった同級生(夕子)を探すためです。

夕子が「翻訳家になりたい」と言って、コロラドの大学に行ったが、それきり消息が分からない。

SNSもやっていない様子。だから全く居所がつかめない。

光太郎は、出版社に勤務すれば仕事の関係で会えるかもしれない、と考えます。何て純粋なんでしょう! 

そして二人の出会いも「ほのぼの」です。

夕子が校舎の南階段の掃除をしています。その姿を光太郎は見るのです。そして掃除を手伝います。

しかし夕子は、実は光太郎が校庭でゲリラライブをやるのを、階段掃除をしながら窓から見るために、掃除をしていたのです。

つまり両想いという淡い高校生の初恋を描いています。

しかし夕子は卒業式の日に、光太郎に手紙だけ階段に残してコロラドに行ってしまいます。その後の居所がわかりません。

まるで昭和の時代のような、高校生の淡い初恋の味が漂ってきます。

SNSですべてが可視化されるこの時代に、ネット上のどこにも彼女は引っかからないのです。

現代のデジタルな網の目から見事にこぼれ落ち、あるいは自ら網を切り離して、どこか遠くで生きている。

そんな彼女の「所在不明」が、かえって光太郎の想いをより純粋なものへと磨き上げています。

校舎の南階段での掃除と、窓越しのゲリラライブ。

互いの視線が交差していたあの淡い記憶も、現代のスピード感の中では、まるで遠い過去の神話のようにさえ感じられます。

夕子が卒業式の日に残した手紙。それを道しるべに、現代という情報の洪水の中で、彼女というたった一人の「個」を探す旅。

「現代なのに、なぜSNSにいないのか」というその事実が、物語にたまらないノスタルジーと、痛切なまでの切なさを与えています。

この物語の結末を、同じく言葉の端々に触れる身として、最後までしっかりと見届けたいと思います。



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