私は家で待ってるよ
明日から三学期が始まる。
子どもは「嫌だな〜」と言う。
私も内心では、早起きして朝ごはんの準備をするのは嫌だなと思っている。
でも私は家にいられる。
そのことを思うと、なぜか少し胸が痛くなる。
子どもの「嫌だな〜」を聞いた瞬間、
私の胸の奥で、子どもだった頃の私の「嫌だな〜」が蘇る。
行きたくなかった朝。
でも、行ってしまえば案外なんとかなって、
面白いことがあった日も、ちゃんとあった。
家にいれば、嫌なことはない。
でも、特別に面白いこともない。
私はあの頃を通り過ぎて、
今は「家にいる」という選択ができる場所にいる。
そこまでの道は、決して楽じゃなかった。
正直、勝ち取ったと言ってもいいと思っている。
それが分かっているからこそ、
子どもの「嫌だな〜」が、こんなにも胸に刺さるのだと思う。
時代は変わっている。
今は、嫌だと言ってもいいし、
嫌だと言いながら、なんとかなることも多い。
子どもの人生は、子どものものだ。
代わってあげられないことも、
本人になんとかしてもらうしかないことも、確かにある。
だから私は、こう言うしかない。
「行っておいで。私は家で待ってるよ」
それは突き放しでも、無責任でもない。
帰る場所はここにある、という約束。
胸が痛くなるのは、
子どもを信じていないからじゃない。
私自身が、ちゃんと通ってきたからだ。
そう思えた朝は、
少しだけ、自分に優しくなれる。
