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第23話

「そういうわけだ。俺たちは”S区“にある公園を開放してもらうべくザンパノに交渉する」

 ざわつく三十匹の猫たちをヴァン=ブランはぐるりと見回した。

「なにか意見のあるものはいるか?」
「でも……もし、ザンパノが嫌だって言ったら?」

 そう口火をきったのは巨漢のデブ猫メタボチックだった。メタボチックの大きな背中の上で跳んだりぶら下がったりして遊んでいるチビの黒猫ハッシュが意味もわからずその言葉を復唱する。

「いやだって言ったら~?」

「その時はボスの座をかけてザンパノと一戦を交える。そしてS区全体を俺たちの縄張りにする」
「た、闘うって……誰が?」
「そうだなぁ……聞けばザンパノというやつはそうとうデカいらしいからな。こっちも一番体のデカいやつを出すしかないだろうなぁ…… 」
「ひ、ひえっ!」

 メタボチックが頭を抱えると皆の顔が少し和らいだ。ヴァンもあっはっはと得意の笑い声を上げる。

「冗談だよ、メタボ。その時は俺が闘うさ。そして必ず勝つ。いや、勝ってみせる」

 それでも他の猫たちは不安そうに顔を見合わせてボソボソと何か呟いている。

「でも……」
「ん?」
「もし……もしも負けたら?」

 皆の煮え切らない態度に堪えられなくなったのかイシャータは一歩前に出て叫んだ。

「……おまえらっ。いい加減にしろっ!!」

 場がシーンと静まり返る。
 ヴァンもこれには驚いている様子だった。

「さっきから聞いてれば『でも』だの『もし』だの……ヴァンはねえ、ヴァンはすぐさまここを出て行ってまた一匹で生きていくことだってさ、その、できるわけじゃんか。だけどさ、だけどね、みんなのため……仲間のために闘ってやろうって言ってるんだろ! それを……よくも。……やってもないうちから負けた時のことなんか考えるなっ!」

 イシャータは声も途切れ途切れに肩を震わせた。
 
「イシャータ、おい、落ち着けって。みんな不安なだけなんだよ。な」

 ヴァンはイシャータだけに聞こえるようにそう囁くと再び全員の方に顔を上げた。

「まあ、みんなも冷静になれよ。闘いはあくまで最悪の場合だ。まだザンパノが公園を空け渡さないと決まったわけじゃないだろ」

 一方、黒猫のフライは片隅でヴァンの答弁を聞きながら内心焦っていた。

(まずいな……。既に皆ヴァンに頼りきってしまっている。俺の出る幕などもはや……ない。それに──)

 いざ闘うとなればヴァンは勝ってしまうかもしれない。いや、おそらくは勝つだろう。

 フライは昨日のヴァンと巨大な犬との闘いを思い返す。

 複雑だった。

 ヴァンが勝たねば我々は共に行き倒れだ。だが、ヴァンが勝ってしまったらそれこそ俺は皆のリーダーに戻ることは不可能だろう。

 ぼんやりとそんなことを考えているとさっきまでメタボチックの背中で遊んでいた息子のハッシュがそばに来て首を傾げた。

「パパはどうして真ん中で喋らないの?」
「ハッシュ……」
「パパはもうみんなのリーダーじゃないの? ねえ、どうしていつもみたいに真ん中で喋らないのさ?」
「…………」

 息子の言葉は裁縫針のようにチクチクとフライの胸に突き刺さる。フライはぐっと顔を上げ、演説を続けるヴァン=ブランを睨みつけた。

「忘れるな。まずは話し合いだ。ザンパノに交渉をして……」
「その交渉には俺が行こう!」

 イシャータに続き、今度はフライの声が場を制した。フライはつかつかとヴァンに近付くと顔もくっつかんばかりにもう一度同じことを言った。

「ザンパノへの交渉は俺が行こう。こういう“社交的な営業回り”ならおまえより俺の方がうまい。そう思わないか?」
「……ふむ」

 しばらくフライの顔を確かめるように眺めていたヴァンだったがその目がゆっくりと横に逸れた。

「なんだよ、俺じゃ役不足とでも言いたいのか?」
「そうじゃない……フライ。その話の続きは後だ」

 カチャリ。コトコト──

 聞きなれない音がヴァンの耳に入ってきたのだ。

「みんなっ、隠れろ!」

 そう叫ぶが早いか三十匹の猫たちは蜘蛛の子を散らすように走り出した。ヴァンが放った鶴の一声におのおのが隠れ場所を求める。別段意識したわけではないのだがイシャータはヴァンを同じ縁の下に潜り込む形になってしまった。

 人間だ──

「ふん、思ったより早かったな」

 犬山イヌヤマの婆さん亡き後、この土地が誰のものになるかなどヴァンにとって知ったことではなかったが、早くも取り壊しの計画が進められているのは間違いないらしい。

 やはりぐずぐずしてる時間はなさそうだな──ヴァンは思った。

 人間たちが作業をしている間、三十匹の猫たちは気配を消し、張り子の虎のように動かなかった。

 そんな状況下のもと、ようやくイシャータはヴァンが帰ってきてからこのかた、初めて二匹だけになってしまっていることに気がついた。

 一度そんなことを意識し始めるとさらに胸の高まりが強くなり、心臓の音まで聞こえるんじゃないかと顔が熱くなる。ヴァンの匂いをこれほど近くに感じたのも初めてだった。

 土と太陽の匂いがした。御主人様がベランダに蒲団を干した後のような、そんな……

 その時、急にヴァンが振り向いたのでイシャータは思わずドキリとして目を逸らした。それを見てヴァンはくすりと笑いを噛み殺す。

「おまえは相変わらずだな。気が強いというかツレないというか……」

 ヴァンは母屋で作業する人間たちの動きを目で追いながらそう言った。

 一陣の風がごうと吹く。お婆さんが手入れしていたのだろう、花壇のひまわりがゆらゆらと揺れた。

 いつのまにか視界には自分の足があった。まただ。自分の足は嫌いだ。だって足が見えてるってことは自分が今、下を向いているということ──

「私ね……ノラになっちゃったの」

 ついはずみでぽつりと口に出てしまった。
 我ながら『何をいまさら』と呆れる。ヴァンだってきっとそう思ってるに違いない。

「それがどうした」

 だがヴァンの口から出たのはいつかと同じ言葉だった。

「俺は猫でおまえも猫だろ」

 他に言葉はいらなかった。
 そもそもなぜ私は今ヴァンと縁の下にいてこんなことを話しているのだろう。

 二ヶ月前、いや、一週間前だってそんなことこれっぽっちも想像していなかった。イシャータは何だか不思議な気持ちになった。

 何が起こるか先のことなど誰にもわからない。未来とはだから楽しいのか、それとも不安になるのか。

 そしてほんの少しこうも思った。

 ひとつだけ欲を言うのであれば“縁の下”というのは決してロマンチックな場所ではないな──と。


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