見出し画像

長編小説「3色だんごの子連れ旅」 2-最終話

 ハープがにえとなって百と三年を祝っての「祀謝祭いしゃさい」を急遽中断し、数日の準備期間を経て今度は「鎮魂祭」がはじまった。

「お祭りがたくさんあるんだねぇー。あ、レン。ミント、あれたべたい」

 賑やかなブルードラゴンの聖地マリンリズムの町の広場。黒い衣服に身を包んだ人々が、談笑しながら祭を楽しんでいた。ハープの氷柱は倒壊したが、水の恵みの加護は途切れることはない。清らかな水が、残っているハープのわずかな魔力によってこんこんと湧き出ている。

 レンに手を引かれて歩いているミントが露店を指さした。

「また三色だんごかよ」

 よく食うな、とレンは微笑する。ぼくもまたたべたいです、とトレイも微笑んで言った。トレイは目元の裂傷によってしばらくのあいだ病床についていたが、いまはこうして歩けるようになっていた。

「レン……あの……」

 トレイはちょっと頬を赤らめて、隣のレンに声をかけた。

「ぼくは、もう歩けるから……そのぉ」

 そう言ったのは、トレイもレンと手を繋いでいたからだ。もう、小さな子供じゃないのに。屈強なファイターのようなレンの隣で手なんて繋いで歩いていたら、余計に自分が弱い存在に思えてしまう。

 でも、レンは眉を片方上げるだけだった。

「左目が急に見えなくなっただろ? ふらついて転んだら危ねぇだろ」
「ミントも手を繋いでるよ! トレイも繋いだっていいんだよ!」

 ミントがぴょんとジャンプをして言った。

 というわけで、祭で大勢の人が歩くなか、赤鹿のレザーアーマーを装備したレンは、両手に子供二人を繋いだ状態で露店巡りを楽しんでいた。

 水が豊富なこの土地では稲作が盛んだ。穀物を蒸して練りあげれば、もっちりとした弾力のあるだんごに変身する。この町では特に、彩り豊かな三色だんごが名物となっている。

 ぱくん、もぐ、もぐ、もぐ、ごっくん。

——よしよし、ミントのやつ、ちゃんと噛む回数が増えてるな

 ミントのたべっぷりを横目で見ながら、レンは安堵する。
 ちなみに出会った当初は「ぱくん、もぐ、ごっくん」で終わっていた。

 ミルキーピンクの髪をしたレン、淡いミント色の長い髪を後ろで三つ編みにしているミント、クリーム色の短髪のトレイ。三人は仲良く広場にあるベンチに横並びに座っていた。
 膝上には露店で買い漁った三色だんごがずらりと並んでいる。

「もむ。んんん、おいしいぃぃー」

 頬をつやつやと上気させてトレイがうっとりとする。
 レンはトレイの表情を見やり、口角を上げた。

 ずっと降り続いていた霧のような雨は薄まっていた。すん、とトレイが大きく息を吸うと、すがすがしい空気が肺いっぱいに入り込み、ここ数日滅入っていた気分も霧散するような気がした。

 トレイは思い出す。

『あなたはLucky girlね』

 猫のようにつり上がった瞳を悲しげに伏せ、ハープの妹のブルードラゴン、マリンバはトレイに言っていた。

「……ラッキーね」
「あぁん?」

 トレイが空を見上げながらつぶやくと、隣のレンが怪訝な表情でトレイのほうを見た。

「……マリンバさんに言われたんです。あれほどの毒のダメージを受けても、ぼくの命が消えることはなかった。ダーク・ウィッチというすごい相手に狙われても、ぼくはただの人間なのに、生きていた……」

 レンは目を見開いた。

——あの女、トレイの過去も知らないで……!

「マリンバがそう言ったのか? ラッキーだと? よくそんなことを……」

 トレイは首を横に振り、続けた。

「ぼくは生きていて、こうしてまたレンとミントと三色だんごをたべることができている。それに、どうしてか四大ドラゴンのうち、レッドドラゴンにもグリーンドラゴンにもブルードラゴンにも、会えておしゃべりまですることができてるんです」

——それはそうかもしれない。が、しかしだ

 レンはトレイを見る。串にささっただんごをたべるのも忘れ、トレイがどんな気もちなのかを想像しようとした。

 トレイの過去はわりと悲惨である。貧しい村に生まれ、コボルトという犬のような顔を持つモンスターに奴隷として共に暮らすことを強いられ、その上オークの襲撃によってコボルト、そして元いた村の人たちまでもを失ってしまった。
 それから頑張亭がんばりていという定食屋で幼いながらも働いていたが、レンを追いかけて戻ったときには店は焼けており、これもオークによる被害だったのだが、再び生きていく場所を失った。

「……ラッキーか、なんて、人がどうこう言えることじゃねぇよ」

 レンはつぶやく。トレイはそれを聞いて、にっこりとうなずいた。

「はい。だからマリンバさんに言われて気づきました。ぼくは、自分が幸運なんだなってことに。いろいろあったけど、左の目も見えなくなっちゃいましたけど、でもいまはとっても嬉しいんです。いろいろあったからこそ、いまが幸運なんだろうなぁって思えるんです」

 きっと、いつも幸運に生きる人には分からない。
 それが当たり前と思ってしまうから。
 トレイは違うと感じた。から。
 三色だんごがおいしい。それだけでも、確かな価値を感じる。

 レンたちはだんごをかじる。
 もちもちと、やわらかい、幸せの味。

「……トレイ」
「はい、何ですか?」

 レンは言い淀む。でも言いたかったことは、伝えねばならない。

「…………守ってやれなくて、すまなかった……!」

 レッドスピネルの瞳がまっすぐにトレイを見つめる。
 マリンバにも言われた。レッドドラゴンのレンにとって、人間との時間はほんの一瞬の出来事に過ぎない、と。ハープが贄になって百年、それ以前にハープと歩んだ年月が百年ほど、生まれてから大きくなるまでにだって相当の年月が経過している。

 ただ、確かなことはある。
 レンにとって、ミントも、トレイも、ほんとうに大切な存在なのだ。

 トレイは眉を下げ、首をふるふると振った。

「また来年も、再来年も、ぼくはみんなでおだんごをたべたいです……!」

 レンがトレイをがしっと抱き寄せた。両手に三色だんごの串を持っていたミントもかき抱いた。広場のベンチで、三人が頭を寄せ合って抱擁を交わしているのはさぞ人目を引いたことだろう。

 上空からレンたちを眺めていたマリンバは、背の蒼い翼をはためかせ、ぴゅうるりと大きく旋回した。

 彼らがどんな言葉を交わしていたのかはもちろん聴こえやしないが、それでもマリンバは覚悟を決める。
 比べるのは、姉のハープではなく、過去の自分。
 これから自分がどのように生きたいのか。
 ひとりの人間の子供との出会いで、マリンバの価値観は大きく変化した。

——あなたはLucky girlね

 そう言ったのは、彼女に向けてだけではなく、己に対してもそう。
 きっと、変えられる。そう思えた。
 考え方を変えられる。自分なら。

 マリンバは旋回しながら風を浴びる。
 贄になれば飛ぶことも、風のやわらかさも、自然の音も、なにもない。

 存分に堪能する。


「あ、そうだ、レン」

 ひとしきりぎゅうぎゅうと抱きしめあったあと、トレイは思い出してレンに尋ねた。

「どうした?」
「えっと、ガールって、何ですか?」
「ガール?」

 レンは小首をかしげた。

「そりゃ小さい女のことだろう」

 レンのこたえに、トレイは目をぱちくりさせた。


   ***


 それからさらに季節が巡り、ブルードラゴンを祀る神殿が修復され、マリンバの氷柱が建造された。
 広場にある石碑に新しい文字が刻まれた。
 人々が再び恵みの加護を享受できる日が続いていく。

 いつかの旅の途中。
 レンとトレイとミントがマリンバの氷柱を拝みに神殿へと立ち寄った。

「結局、マリンバさんは贄になることを選んだんですね」

 トレイが、残された瞳でマリンバを見て言った。

「トレイ、見て! マリンバおねいさん、きれいだよぅ!」

 柱の前で、ミントが元気にジャンプをして言った。

「………………」

 レンだけが、無言だった。
 贄が怖いと言っていたマリンバ。だが目の前の、時が止まったマリンバの表情はとても穏やかで、迷いのないすっきりとした顔で目を閉じていた。

 トレイとミントはマリンバを見ながら胸元の巾着袋にそっと触れた。

 それは二人にとっての「たからもの」だった。

 レンは透き通った氷の檻に閉じ込められた、いまにも動き出しそうなマリンバを眺め、「げぇっ……あいつ……!」と苦笑した。

 文字の読めないトレイとミントには分からなかったが、マリンバは白くて薄いマントをまとっており、マントの裏側にはこう書かれていた。

『贄の存在価値を再構築するときはいつか訪れる』

 未来に向けての投げかけ。マリンバのせめてもの抵抗なのか。

 それから、レッドドラゴンのレンはぎょっとした。
 マリンバは首から足元までを覆うふんわりとした純白のドレスを着ていたが、腿のところで大胆なスリットが入っており、その白い肌にも文字が刻まれていた。それはドラゴン族がかろうじて読めるであろう古代文字だった。

——マリンバ……お前、これはいやがらせか……ッ!?

 レンががっくりと肩を落とした。
 彼女の太ももに書かれていたのは、
『わたしの最推しキャラ
 カムイ・オーグルナーブ
 超絶優男×イケメン×しかもわりと強い』
 というもので、ところどころにハートマークが鮮やかに散っていた。

「かわいい! ハートだよぅ!」

 何も知らないミントが呑気にのたまう。

「帰ろう」

 レンは二人を置いてわりと速いスピードで神殿から去ることにした。
 一刻も早くここから出たかった。
 あんなものが今後何十年も人様に見られるのかと思うと泣きそうだった。

「レン、どうしたの?」

 息を切らせながら走ってきたトレイが尋ねる。

「いや……まぁ、とりあえず、だんごでも食うか」


 ぴぃ、ぴぃ、とのどかな小鳥のさえずりが聴こえる。

 レンの、だんごでも食うかの提案に、ブルードラゴンの聖地マリンリズムで、トレイとミントの元気な声が響き渡った。

「さんせーいっ!」
「さんせーいっ!」

 レンたちは今日も旅を続ける。

 子連れの旅が、続いていく——……。



(第二章 おわり)


次のお話はこちら↓

「3色だんごの子連れ旅」マガジンはこちら↓

#小説 #ファンタジー小説 #連載小説 #長編小説 #ライトノベル #私の作品紹介 #創作 #育児 #家族 #ドラゴン #魔法 #命 #食事 #旅 #おやつ #食物連鎖 #共生 #3色だんごの子連れ旅

いいなと思ったら応援しよう!

pekomogu 数ある記事の中からこちらをお読みいただき感謝いたします。サポートいただきましたら他のクリエイター様を応援するために使わせていただきます。そこからさらに嬉しい気持ちが広がってくれたら幸せだと思っております。

この記事が参加している募集