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長編小説「3色だんごの子連れ旅」 3-03

第三話 追悼の雨、兵たちの苦悩


 何日も雨が降っていた。
 ミントが小さな手のひらを空へと向けると、ぽ、ぽ、ぽっと極小の粒がやわらかく弾けた。

「何だか、追悼の雫のようですね……」

 隣でトレイも空を見上げ、つぶやいた。

「さすがに続いているな。……ま、誰を追悼しているのか、だな」

 頭が濡れるのも構わずにレンは草をむしった。
 宿屋の外、花壇に生えた雑草をしゃがんで取っている。
 ぷち、ぷちっ。なかなか終わらない。

「レン、それ、お仕事?」
 ミントが尋ねると、レンは作業の手を止めずに首肯した。
 レンは、宿のおかみに頼まれて雑草抜きの手伝いをしているのだった。
 頼まれたらできる限り引き受ける。それがたとえ草抜きであっても。

 追悼の雫とは、世界のどこかで魔力を提供しているドラゴンの命が失われたときに降る雨のことである。霧のようなふんわりとした雨が何日も続く。それはまるで、にえと呼ばれたドラゴンを追悼してくれているような……。

——ブルードラゴンの贄はマリンバだ。彼女は数ヶ月前に儀式をしたばかりだからまず違うだろう……

 レッドドラゴンの贄は期間を厳密に決めている。きっちり三十年。レッドドラゴンは合理的、平等を好む種族だ。次代の贄の選別、切り替え時期を議論する時間をすこしでも減らすため、また、すべての贄の任務期間が不平等にならぬよう、三十年経過したら必ず次の贄へと交代するのだとか。

 残る、亡くなった贄の可能性は、グリーンドラゴンもしくはホワイトドラゴン。贄になってからそれぞれ何年ほど経過しているのか。どちらの国からもやや遠いこの町では、詳しい情報はまだ出回っていないようだった。

「お、ミント、手伝ってくれるのか」
「うん!」

 ミントが嬉々として草抜きを手伝ってくれた。

「がーっ、それは残さんといけない大事な草だっ!」

 さっそく引っこ抜こうとしたのが雑草ではない奴だった。
 レンはため息をつく。

——そろそろ、ホワイトドラゴンの聖地にでも行ってみるか

 ホワイトドラゴンを祀っている国の中央には、真っ白な城がある。白代城しろしろしろと呼ばれる美しいその城を中心に、城下町が城をぐるりと取り囲み、さらに城壁がそびえ立ち、周辺には小さいがたくさんの集落が存在する。

 ちなみにトレイが以前働いていた定食屋は、この国の端っこの町にあった。すぐ近くの森にはオークやほかのモンスターはいるものの、城の騎馬兵が常に警戒体勢をとっており、守備は厳重だった。……のはずだった。

「ホワイトドラゴンに会えるかは分からんが、そろそろ出発してみるぞ」

 ミントに大事な草を抜かれる前に、わりと速いスピードでレンは雑草取りを完了した。「もう終わったぞ」とレンが言うと、「やったぁー! ミントね、いらない草を四本も抜いたよぅ!」と四本の指を立ててミントがにっこりと笑った。

 旅の準備。

 何よりもまず必要なのは、ミントの小腹対策用の焼菓子調達である。

 トレイも気合いは十分。両手をぎゅっと握りしめた。


   ***


 白き城内。
 ここは白代城と呼ばれている。
 海に面した町から取り寄せた貝殻を粉にして、壁一面に塗布している。これは見た目を白色に統一するという目的以外にも、調湿効果、消臭効果なども兼ね備えた、実に理にかなった文化でもあった。

 カツン、カツンと硬い音を響かせて、魔道士らしき者が歩いていた。

 通路の最奥からやや手前の扉——きらびやかな装飾が施された重厚感ある扉には、丸い輪をくわえた獅子のようなドアノックがあった——を魔道士らしき者がノックすると、室内から「入れ」との一声が聞こえた。

 魔道士らしき者は部屋の主の正面に、かなりの距離をとって立ち、恭しく一礼をした。部屋には、その主とフルアーマーに身を包んだ騎士らしき者がほかにもいた。

 フルアーマーの騎士が口を開いた。

「よくぞ無事に戻った。さっそくで申し訳ないが報告をお願いしたい」
「ハハッ」

 魔道士らしき者は傍らに持っていた分厚い紙束を抱えなおし、中身を開いて読み上げた。

「オーク殲滅後、下級モンスターの数は爆発的に増加しております。増加したモンスター一覧については後ほど資料をお渡しいたします。ご一読いただければと思います。そして我々討伐隊が現地調査をした結果、オークと類似しているもので、色や習性が異なる亜種のオークを何種類か発見しました。それらオークの亜種、そのなかでも特にいままでのオークよりも剛健なものについては、我々は名前をつけて常時警戒している状態となっております」

 報告を聞き、フルアーマーの騎士は尋ねた。

「名前はなんとつけた?」
「ストロングオークと名づけました」

 そのままだな、とフルアーマーの騎士は思ったが口を謹んだ。
 もっと凶悪なオークが出たらどうするのだろうとも思った。

「近隣の町村の報告を」
「ハハッ」

 魔道士らしき者は大仰にこたえる。

「村のうち二つが壊滅。町のうち一つに多大な被害が出ております」

 二つの村がなくなってしまった。
 その事実はあまりにも重く。人の命が亜種のオークによってあっけなく消えていってしまったのだ。
 騎士は沈黙し、うつむいた。

「…………さがってよい。資料だけ置いていけ」
「ハハッ!」

 魔道士らしき者は再度深く一礼し、静かに退席していった。
 室内には重苦しい雰囲気だけが残される。

「……フラウよ。貴公の判断が誤りだとはわしは思わん。だが、あまりにもこれでは加護の意味が問われることになってしまうであろう」

 フラウと呼ばれたフルアーマーの騎士に向けて、主が言った。
 純白騎士は天を仰いで吐き捨てる。

「ならば最善は……一体何だったというのかッ!」

 ホワイトドラゴンの加護は幸運の加護。
 目に見えぬそのあやふやなものに縋り、望みをかけて我々は国家をあげてホワイトドラゴンを崇め奉ってきた。古来より続く未来への望み。

「…………レン、お前ならどうしたというんだ」

 むかし、ゴブリンを殲滅させようと討伐隊が立ち向かった先に、偶然レンがいたことがあった。進軍する前のわずかな憩いのひととき。翌日にはゴブリンとの血みどろの戦いが待っている。隊員は皆、酒と肴を楽しみ、朗らかに談笑していた。
 その、どこかの酒場にて、レンはひとりで酒を嗜んでいた。
 討伐隊隊長のフラウは、一瞬でレンの強さを見抜いた。
 凛とした雰囲気、誰とも馴れ合わぬ孤高の後ろ姿が妙に気になり(もちろんミルキーピンクの髪色も目を引いた)、フラウは声をかけた。
 強いファイターは力を誇示する者もすくなくはない。
 戦歴や功績、身につけているこだわりの武具などの話は一切なく、レンは、ただ静かにブドウ酒をのむだけだった。話をしていたのはほとんどフラウのほうだった。

『なぜ…………争いは終わらないんだ』

 酒の入ったグラスを持ち、レンは小さくつぶやいた。
 フラウは返した。

『決まっているさ。相手が先にこちらに害を与えるから、迎え撃つだけだ』

 討伐隊が結成されたのも、そもそもの発端はオークやゴブリンが民を襲ったからだ。民や町や村を守るのは、国の兵であれば当然だろう。

『殲滅……? だからといって、何かをすべてなくしてしまおうとするのは、短絡的ではないのか?』
『害を与えるモンスターは生まれながらにして害だ。善悪の判断すらないモンスターを討伐し、人々が安全に暮らせるようにすることの、何が悪いというのだ。レン!』

 ダンッ、と酒グラスをテーブルに叩きつけて、酔いのせいもあったのかもしれないが、酒場でフラウはレンに怒鳴った。そのときのレンはひどく落ち着いていて、それがさらにフラウの癪に障った。

『…………終わらない、か……』

 酒場で座りながら、ここではないどこかを遠く見つめているような。
 レッドスピネルの瞳を翳らせ、レンが、たった一杯のブドウ酒をとても大切そうにゆっくりと味わっていた記憶。


 腿から下の片脚を失ったフラウは、現在は現地調査の隊に就いていない。
 フラウはフルアーマーで隠れた兜の隙間から、眼光を光らせた。

「ホワイトドラゴンの主に、会いに行きたいと思います」

 国の主はゆっくりと首肯した。杖の上に重ねたしわだらけの両手を、わずかに持ち上げて杖を振り降ろす。

 カンッ!

「…………行け、フラウ……! オーク殲滅は人間同様ホワイトドラゴンの総意でもあったはずだ。なぜ、このような苦しみを我々だけが味わわなくてはならぬのか、会って満足のいく説明をもらってくるがよい!」

 この国の主も高齢で先はそう長くはないだろう。
 跡を任す息子、娘にはせめて安穏な世を残してやりたい。
 だが、物事はちっともうまく進まない。

「…………ホワイトドラゴンめ……!」
「…………ホワイトドラゴンめ……!」

 国の中枢部にて人間二人が苦々しくつぶやいた。



(つづく)


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(準備中 🍡 毎週水曜日更新予定)

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