日本銀行 大阪支店 旧館
日本銀行大阪支店は、西日本における日銀の母店であり、大阪府・和歌山県・奈良県を担当区域とする。また東京の本店が災害等で機能しない場合のバックアップとしての役割も担う。日本銀行本店が1882年10月10日に設立されてまもなく、大蔵卿の松方正義に対して大阪支店の設置を願い出た結果、本店設立の69日後の12月18日、旧東区今橋5丁目(現在の大阪倶楽部の場所)に開設された。
江戸時代この地には島原藩蔵屋敷があり、明治初期には関西財界の指導者五代友厚の別邸があったそうだ。「日本銀行 大阪支店 旧館」は、この島原藩蔵屋敷跡地に建つ20世紀初頭の西洋建築で、日銀大阪支店の顔とされる施設のこと。明治時代の歴史的建築物が多く残る大阪市中心部の中でも、金融街であった中之島を象徴する存在だ。ドーム型屋根と三角屋根を組み合わせたネオ・ルネッサンス様式の威容は、東京駅丸の内駅舎などを手がけたことで知られる日本の近代建築の第一人者・辰野金吾の設計によるもの。ベルギー国立銀行をモデルにしたとされている。100年を超える美しい洋館は、中にある記念室で詳しい歴史を知ることができる。
昭和の時代、業務空間拡大のため、一時は高層ビルへの全面建替えも計画されたが、3面の外部の壁面と内部の重要な部分を保存し、西側敷地に新館を新築した。1982年、新館が竣工。同時に旧館の保存・復元工事が行われ、ほぼ現在の形となる。本店本館ほどではないものの、大阪支店旧館も上空から「円」の字に見えなくもない形だったが、1980年から1982年の改築工事の際、「円」の字の下半分にあたる旧館西側が解体され、ほとんど「円」の字に見えなくなった。
旧館(1903年建築)は、ベルギー国立銀行等をモデルに建設された、緑青の色が美しい円屋根をもつ石造りの2階建て本格的洋風建築で、歴史的な銀行建築として知られる。実際の業務はほぼ全て新館(1982年竣工)にて行われており、2014年時点では約300名が勤務している。
水都大阪の水運の要を担った堂島川と土佐堀川に挟まれた中之島、そして大阪のメインストリート・御堂筋に面して建つ近代建築。古くは各藩蔵屋敷が立ち並び、現在も大阪を代表するビジネス街である。大阪市役所本庁舎と御堂筋を挟んで向き合って建っている。大阪のランドマークの一つとなっている大阪支店旧館は、緑青が美しいドーム屋根など重厚な外観で、支店が築いてきた歴史を感じさせ、市民にも親しまれ、予約すれば、旧館の内部や新館の営業室などを見学することができ、年間5千人の見学者が訪れている。
