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人はみな、オンリーワンの存在である

私たちは日々の生活の中で競争することを強いられます。
試験の成績であったり、年収の高低であったり。
周囲の人間と同じ価値尺度で勝負することを強制されて、ナンバーワンになることをもとめられます。少なくとも日本という国においては。
結果、競争に勝ったナンバーワンの人間が称賛され、競争で勝つことが正義だという考えを持ってしまう。

でも、よく考えると、ナンバーワン的な生き方というのは違和感を感じずにはいられません。
人間というのはそれぞれ持っている才能が違う
ある人はスポーツが得意であり、またある人は芸術が得意など、それぞれ異なる能力を持っている。能力だけでなく、コミュ力が高い人、コミュ力は低いが、その分感性が高い人など、性格面でも実に様々な人間が存在する。

才能や性格が皆異なる以上、生き方も皆違ってくるはず。
そう、本来、人はオンリーワンの存在なのです。
オンリーワンである以上、人それぞれ人生における目標や使命は異なります。
なので、周囲の人間と同じ価値尺度(試験の成績や年収、社会的ステータスなど)で生きることは理に反した生き方なんですよね。

だとしたら、教育の段階で人の持っている才能を伸ばすようにしなければなりません。
しかし、日本では、周りの人間に勝つことが正義であり、勝ち続けることで、良い大学に進学することができ、大企業に就職することができ、ひいては人生の「勝ち組」になるという思想を植え付けています。
その結果、社会に適合できず鬱になったり、自殺したりする人が後を絶たないという状況になっている。

オンリーワンの存在である人間をナンバーワンにしようとするから社会が機能不全に陥っているこではないでしょうか。
と、こんなことを書いたら、「オンリーワンは甘え!競争することで社会に活力が生まれ、経済が回るんだ!」と反論する人がいるでしょう。
これは経済という面でしか人間や社会を見ることができない愚かな発想だと思います。
同じ価値尺度で不毛な競争をさせるから、経済が回る一方で人間が犠牲になるのです。
というか、経済はもう回ってないですし。

人が持っている才能を社会に活用すれば、人間も幸福度が高くなり、世の中がもっと明るくなるのではないかと思います。
今日本に蔓延る閉塞感というのは、ナンバーワン的な生き方を強いられ、多くの人が犠牲になっていることが原因だと思います。

人は本来、オンリーワンの存在なのです。
持っている才能を徹底的に伸ばすことで、社会が良くなり、人間が幸せになり、文明が発展するのです。



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