映画『山の音』 同じ鎌倉でも小津とは異なる義父と嫁の物語(ネタバレ感想文)

監督・成瀬巳喜男、原作・川端康成、脚本・水木洋子。
これ、重要なポイントのような気がするんです。
『山の音』(やまのおと)は、川端康成の長編小説。老いを自覚し、ふと耳にした「山の音」を死期の告知と怖れながら、息子の嫁に淡い恋情を抱く主人公の様々な夢想や心境、死者の夢を基調に、復員兵の息子の堕落、出戻りの娘など、家族間の心理的葛藤を鎌倉の美しい自然や風物と共に描いた作品。繊細冷静に捕えられた複雑な諸相の中、敗戦の傷跡が色濃く残る時代を背景に〈日本古来の悲しみ〉〈あはれな日本の美しさ〉が表現されている。
原作小説は読んでいないのですが、連載開始は1949年(昭和24年)。
映画はその5年後の1954年(昭和29年)に製作されています。
引用したあらすじにもある通り「敗戦の傷跡が色濃く残る時代」なんですが、その5年間に世の中がどのくらい変化したのか分かりません。
なにしろ昭和29年には『ゴジラ』が上陸してますからね。
この「敗戦の傷跡が色濃く残る時代」が皮膚感覚で分からないものですから、いろいろ理解が及ばない。「戦争未亡人」はまあ理解できるんですが、私が思う以上に「死」が身近にあった時代に、自身に死期が迫っている主人公という設定なんだと思うんです。
んー、映画を観ている範囲では、イマイチ理解できなかったな。
私が想像するに、川端康成の視線、それはおそらく山村聰に投影されていると思うのですが、本来はもっと「エロ」いんじゃないかと(笑)
それを水木洋子と成瀬巳喜男が女性映画に仕立て上げているように感じるんです。
この映画の一年前が『東京物語』(53年)で、原節子の義父は笠智衆だったわけですよ。
枯れた笠智衆(とはいえ49歳)に比べて、山村聰(本作時点で44歳)はグッとエロいんですよ。
原節子と笠智衆に何かが起きるとは思えないけど、山村聰となら何かが起きても不思議はない。そういうウヒウヒ感がある。
でも、成瀬&水木が女性映画にしちゃったからウヒウヒ感がない。残念。
多分、私の映画の観方が間違ってるんですけどね。
(2025.03.22 神保町シアターにて鑑賞 ★★★☆☆)


