お団子は耳たぶのかたさ
なんて美しい光。
高田先生の文章を読むといつも泣きそうになる。優しさが溢れすぎていて泣いたこともある。エッセイはもちろん怪談本でも、何を読んでもそこには確かに高田先生の光が灯っているからだ。優しくて、儚くて、揺らめきながら立ち昇る一筋の光。
長男の課題を改めて見直し、ざっとまとめた。大事なのはユーモアだぞ、優しさだぞと思いながら。そこには個性が、明るさが、前へと進む力が在る。
次男の社会見学に去年はどうにか無理くり行かせた。
今年は楽しみに行ってくれるかと思いきや「楽しみじゃない」、「学びに行くのにみんな真面目にしないで遊びに行くと思っている」と口を尖らせた。
なにー!楽しみじゃないだと!
楽しいかどうかは自分にかかっている!楽しいことを生み出せ!自分で楽しめ!
社会見学は勉強しに行くというていで遊びに行く行事じゃ
人生楽しんだもん勝ちど
楽しんで来い!
と、甘えん坊のお尻ペンペン火打石言葉で返した。
お弁当用に次男の好きなものばかり用意したのだと、胡瓜、長芋、白菜の漬物を見せると喜んでいた。お弁当を自分も一緒に作りたいから朝起こしてと言われて一緒に作った。お弁当を見て
「最高すぎる」
「いってきます」
と、笑顔で出掛けて行き、笑顔で帰ってきた。
見学し、学んだことをずっと話して教えてくれた。感想文もみっちり書いていた。学ぶことがすきなんだろう。猿山の中に放り込まれて大変なこともあろうが、ひとりひとりの違いを観察するのも楽しいぞと教えたい。
昼休み、海を見ながら微睡んでいたら電話がかかってきた。
ぼーっとしながら話した。
仕事帰りに友達のところに行ってまた話を聞いてもらった。
アーティスト脳友達との話に焚きつけられた。
晩ごはんをおいしいおいしいと食べていると、長男は社会情勢と宇宙の話をしてくるし、被せて次男が県はどうやって書くのか、人質とは何か、冤罪とは何かと聞いてくる。難しい話ばかりで次男には「辞書で調べてみたら」と返すと、先ず自分で考えてから調べる!って言ってて素敵!と思った。
昔は多重放送何チャンネルもいけて聖徳太子じゃんって思ってたけど、今はひとつの話にしか集中出来ない。ごはんの時の会話は大体カオス。話している時に言われても聞けない、終わったら話してと言っている。ついつい口に出すのも分かるけどね、聞けないからね。
長男がテストの話をしてきてビックリした。知らない間に長男のテストが始まっていた。
勉強しろしろ言う親がナントカって見るけど、自分は知らない親で笑った。次元が違った。
週末、遊びに行っていいか次男に聞いたら
「いいよ、おかあちゃんは楽しいの?」
「うん、楽しい」
「よかった、おかあちゃんには楽しくおってほしい」
と言われた。
楽しいよ、最近。そう言えば次男が怒っても怒り返さなくなっている。余裕が出来ている。しめしめ。
「満月だから瞑想しよう」
と、次男が言うので、一緒にして寝た。
そのまま次男のからだをさわさわしていたら「足の裏くすぐったい。ずっとしてて」と言うので、これがはびりすさんの言う全身マッサージなんかなあと思いながら撫でくり回した。
耳たぶのかたさを思い出す。
中秋の名月のお団子作りは逃した。また来年。
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いただいたチップでぼーっとしたり、遊んだりしてまた記事にします。わたしのシャレコウベは甘いか知らん。