ホワイトアスパラガスが告げる春
これは、何の前触れもなく始まる。
ある日マルシェに行くと、冬の間見慣れた根菜類や柑橘類の間に、突然、白い塔のような束が現れる。
そう、ホワイトアスパラガスだ。
「ああ、春が来たんだな」と思う。
Je vais au marché.
— プチドラ@フランスでこころ豊かな生活を満喫中 (@Petite_Dra) April 15, 2021
春の風物詩
ホワイトアスパラガス
朝市でちょこちょこ見かけるようになってきた。 pic.twitter.com/gfIkVFT5AG
最初は「白いアスパラガスなんて、緑のより味が薄いだけでしょう」と思っていた。
だが、グリーンアスパラガスとは違う、ほのかな甘みとやわらかな食感が特徴だ。
今では市場でそれを見つけると、胸が高鳴るようになっている。
人間というのは、住む場所の空気を吸って変わっていくものなのだと、改めて思う。
この時期のマルシェには、ほかにも春の恵みがあふれている。
新じゃが、新玉ねぎ、そら豆、グリーンピース…..。
どれも軽やかで、みずみずしく、鮮やかだ。
いつものマルシェの角を曲がると、八百屋のマリーさんが私を見つけた。
「おや、マダム来たね。いいのがあるよ」
そう言って、彼女は誇らしげに白いアスパラガスの束を指さした。
「今年も待ってたのよ」
「知ってるよ」
なんとなくだけど、私が春になるとホワイトアスパラガスを求めて来ることを、彼女は覚えてくれているような気がする。
言葉を交わさなくても伝わる関係が、異国の地での安心感につながっている。
家に帰って、ホワイトアスパラガスの皮をむく。
繊維質の外皮を丁寧に、でも無駄なく剥いていく作業は、どこか禅的な時間だ。
日本を離れて久しいが、こんなとき、「和」の感覚が蘇る。
鍋に湯を沸かし、塩を多めに入れる。
フランス人の夫は「ホワイトアスパラガスは海水くらいの塩加減で茹でるべきだ」と主張する。
細かいことにこだわる彼の性格は、料理に関してはありがたいが、時にはウザい。
茹で上がったアスパラガスをお皿に並べ、溶かしバターと塩だけのシンプルな味付けで食卓に出す。
夕暮れの光が差し込むダイニングで、春の味を噛みしめる。
翌日は日曜日。
近所に住む日本人の友人とフランス人の旦那さんが遊びに来る。
彼女たちのために、ホワイトアスパラガスと新じゃがいものポタージュ、
キャベツのファルシ、そして市場で見つけた初物のいちごを用意した。
フランスの定番は**「アスパラガスのオランデーズソースがけ」**。

軽く茹でたホワイトアスパラガスに、卵黄とバター、レモンを合わせた濃厚なソースをかける。
シンプルだけれど、春の贅沢を感じられる一皿だ。
あるいは、グリビッシュソースを添えてみるのもいい。
刻んだ茹で卵に、ケーパーやコルニション(小さなピクルス)、デジョンマスタードを混ぜた爽やかなフレンチソース。
ホワイトアスパラガスのほろ苦さと相性抜群で、口の中に春の訪れを感じる。

ワインと一緒に楽しめば、それだけでちょっとしたごちそうになる。
どっちの作り方にしようかなぁ。
「この白アスパラガス、日本だといくらぐらいだろうね?」
友人の言葉に、会話は日本語とフランス語が混ざり合う。
料理もまた然り。
和の繊細さとフランスの大胆さが同居する我が家の食卓は、きっと私自身のアイデンティティそのものなのだろう。
窓の外では、柔らかな春の陽射しが庭の木々を照らしている。
日本では桜が咲き始める頃、ここフランスではホワイトアスパラガスが春の訪れを告げる。
異国で暮らす私にとって、この白い茎を見つける瞬間は、毎年変わらぬ春の醍醐味になった。
人生は、思いがけない場所に連れてくるものだ。
