見出し画像

【残唐五代史演義伝】第五十三回 黄文宝、金井関を欺き戴礼を斬る

 さて、黄文宝こうぶんほうは策を授かり、人馬を率いて関へ着いたころには、すでに夕暮れであった。
 彼は関門に向かって大声で叫んだ。
「開門せよ!」
 敵楼の上にいた兵は、それが黄文宝こうぶんほうであると見て取り、すぐさま戴礼たいれいに報告した。
 戴礼たいれいは言った。
「夜も更けている。真偽の見極めが難しい。今は門を開けるな」
 さらに報告が入った。
黄文宝こうぶんほう様は晋の陣を抜け戻り、重要な密事を申し上げたいとのことです」
 戴礼たいれいはみずから関楼に上って確かめると、たしかに黄文宝こうぶんほうであった。そこで門を開かせ、中へ通した。

 黄文宝こうぶんほうは帳中に入り、戴礼たいれいに拝し、深く頭を垂れて言った。
「先日は兄者の忠言に背き、捕らわれる不覚を取りました。
 しばしは従うふりをしていましたが、敵陣に火を放つ機会をうかがっていたのです。ちょうどその折、長安ちょうあんからの使者が来て、晋の皇帝が重病、劉知遠りゅうちえんを早々に召し戻すとの報。
 晋軍は帰国の支度に追われ軍心は乱れています。その隙に私は馬を一頭盗み出し、辛うじて脱出してまいりました。今こそ敵営に討ち入り、一気に功を挙げる好機。兄者と私で、今夜こそ奴らの営を急襲いたしましょう。成功は疑いありません」
 戴礼たいれいはしばし考え、言った。
「晋軍の策略ではあるまいか?」
 黄文宝こうぶんほうはきっぱり答えた。
「この耳で確かに聞きました。策略などありえません。まずは私が兵を率いて先に向かいます。兄者は後詰として援軍をお出しください」
 戴礼たいれいはその言を信じ、ただちに命を下し、全軍に陣を引き払って出撃するよう伝えた。晋軍を奇襲するべく、夜のうちに関を発った。

 一方、劉知遠りゅうちえん史弘肇しこうちょうに兵五千を率いさせ、金井関きんせいかんの下に伏せさせた。こう言い含めた。
「敵が出てきたらすぐ突き、関を奪え。これがそなたの戦功となるだろう」
 史弘肇しこうちょうは答えた。
黄文宝こうぶんほうは降ったばかりで、腹の底がまだ読めません。元帥、どうか十分ご用心を」
 劉知遠りゅうちえんは言った。
「わが軍令に従えばよい。あとは見てのお楽しみだ」
 史弘肇しこうちょうは不満を顔に浮かべつつも、命に従い兵を率いて下っていった。

 さらに、劉知遠りゅうちえんは全軍に命じ、四方に伏兵を置かせた。
「号砲が鳴ったら、すぐ一斉に攻め入れ。敵を包囲して逃がすな。営中はもぬけの殻にしておけ」
 一方その夜、黄文宝こうぶんほうが兵を率いて先行し、ほどなく戴礼たいれいも到着した。時刻はすでに三更に近かった。
 黄文宝こうぶんほうは言った。
「晋軍は三つの陣に分かれています。私は左の陣を攻め、兄者は右の陣を攻め、最後に中央の陣で合流しましょう」
 戴礼たいれいはうなずき、
「それでよい。まずはそなたが先に攻めよ」
 黄文宝こうぶんほうは一騎、先頭に立って鬨の声を上げ、左営へ突入した。戴礼たいれいも右営に攻め入ったが、そこはもぬけの殻であった。
 彼は心中で思った。
「晋軍はもう撤退したのか……?」
 不審に思いながら中央の営へ向かったが、黄文宝こうぶんほうの姿は見えない。部下に探らせると、戻ってきた報告はこうだった。
黄文宝こうぶんほう様の行方が分かりませぬ」
 戴礼たいれいは愕然として叫んだ。
「しまった、奴の姦計にかかったか!」
 すぐに命じて兵を返し、関へ戻ろうとした。
 そのとき、晋軍の陣から突如、号砲が天をつんざき、火の光が山野を照らした。四方から晋の兵が潮のように押し寄せる。戴礼たいれいはこれ以上の戦いを恐れ、力ずくで血路を開いて金井関きんせいかんの下まで逃げ戻った。
 しかし金井関きんせいかんには松明が煌々とに焚かれており、ひとりの将が高らかに叫んだ。
戴礼たいれいよ、なぜ降伏せぬのか!」
 関を奪っていたのは、史弘肇しこうちょうであった。
 戴礼たいれいはこれを見て、もはや南へは逃げられぬと悟り、馬を西へ向けて駆けた。だが、その前方には郭威かくいが立ち塞がっていた。両将、馬上で相対し、わずか三合交えたところで、郭威かくいの矛が一閃、戴礼たいれいを討ち取った。残兵はみな武器を捨てて降伏した。

 郭威かくいは兵を整えて金井関きんせいかんへ戻り、史弘肇しこうちょうと合流した。ちょうどそのころ夜も明け、劉知遠りゅうちえんも大軍を率いて入関し、民を安撫した。
 郭威かくい史弘肇しこうちょうはそれぞれ戦功を上奏し、賞を受けた。

 その折、史弘肇しこうちょう劉知遠りゅうちえんに尋ねた。
「元帥は、なぜ黄文宝こうぶんほうの策が成功すると見抜いておられたのですか?」
 劉知遠りゅうちえんは答えた。
黄文宝こうぶんほうが最初に降ったとき、その顔つきや身のこなしから器量のある男だと分かった。だからこそ命を赦し、将として用いた。そうすれば心も自然とこちらに向く。
 もともと金井関きんせいかんの守りは彼の担当だ。地の利も人心も、彼ほど知る者はいない。そこで策を問うと、自らこの計を献じた。腹の底から出た言葉だと見た。ほかの者にはできぬ働きゆえ、疑わず用いれば、こちらは彼を信じ、彼もまたこちらを裏切らない。結果、数万の兵を動かすより価値ある功が得られたというわけだ」
 史弘肇しこうちょうは感じ入り、深々と頭を下げて言った。
「元帥の深謀遠慮、私どもの及ぶところではありません」

 劉知遠りゅうちえんは伝令を飛ばして軍を進ませた。号砲が一発鳴り、大軍は金井関きんせいかんを後にした。
 数日進むうち、やがて鉄籠山てつろうざんが間近となったため、劉知遠りゅうちえんは陣を張るよう命じた。
 さて、鉄籠山てつろうざんを守っていたのは孫飛虎そんひこである。配下に四人の副将ふくしょうがいた。
 ひとりは蕭龍しょうりゅう方天戟ほうてんげきを振るう猛者。
 もうひとりは弟の蕭鯨しょうけい。兄弟はともに澤州たくしゅうの出で、もと緑林りょくりんの徒だったが、孫飛虎そんひこに召されて麾下に入った。
 また、鄆州うんしゅうの出である曾杰そうけつ劉真りゅうしんの二人もいた。曾杰そうけつは智略に優れ、劉真りゅうしんは武芸に秀でる。両名は安重榮あんじゅうえいの推薦で押衙将おうがしょうとして孫飛虎そんひこのもとに派遣され、この山岳の要害を守っていたのである。

 はたしてこの難所をいかに攻めるか、続きは次回にて。


 明代みんだいの学者・李卓吾りたくごは語る。
 ただ黄文宝こうぶんほうひとりの力で、弓も矢も使わずして金井関きんせいかんを得た。
 その手際、まさに唾すれば手に落ちるようであった。

いいなと思ったら応援しよう!