【残唐五代史演義伝】第五十四回 孫飛虎、鉄籠山にて敵軍を阻む
さて、孫飛虎はこの鉄籠山を守り、四名の将を配下に従えていた。この鉄籠山は道が通じるのは東と北の二方向だけ。東路は鎮州に直結し、北路は斜めに抜けて並州へ通じている。
そのほか四方はすべて高山に囲まれ、ちょうど連城のように閉ざされた要害である。もし山頂に五、六百の兵を置いて守らせれば、十万や二十万の大軍が来ても、落とすのは難しい。
このとき、孫飛虎が帳中に座していると、斥候が駆け込んで告げた。
「晋軍が到着しました!」
孫飛虎は配下の将たちに言った。
「先日、金井関の戴礼から鎮州へ救援要請が来たが、援軍が出る前に関は落ち、いま晋軍がここへ迫っている。鎮州にとっては、金井関とこの鉄籠山が喉元の要地だ。どちらかを失えば、もう一方を守るのは難しいだろう」
そのとき、曾杰が進み出て進言した。
「将軍、私見ながら申し上げます。いまは守りに徹し、打って出るべきではありません。
聞けば劉知遠の配下には、史弘肇と郭威という一騎当千の豪傑がいるとか。野戦で挑めば分が悪いでしょう。
我が山には十年分の兵糧があり、兵も数万おります。いまは路口を厳重に固め、鹿角や投石機を多く備えて防御を厚くすべきです。
晋軍は遠征で、補給にも限りがあるはず。ひと月もすれば退却を考えるでしょう。
その時を見計らい、精鋭で後方を突けば、勝ちは堅いと存じます」
しかし言い終わらぬうちに、蕭龍が進み出て言った。
「曾兄貴、なぜそこまで腰が引ける。いまや晋軍が接近し、民は恐れている。籠城ばかりでは天下の笑いものだ。
敵の陣はまだ固まっていない。先んじて一戦を挑み撃退すれば、民衆も安心し、我らの武名も天下に鳴り響く。
俺と弟の蕭鯨が出陣し、史弘肇・郭威を生け捕りにしてここに連れてきてやりましょう!」
孫飛虎はその意気を買い、兵一万を与えた。
蕭龍・蕭鯨の兄弟はすぐに甲冑をまとい、武器を携えて、威風堂々と出陣した。軍勢は鬨の声を上げて進み、哨兵はただちにその動きを中軍に報告した。
さて、劉知遠が帳中にいたところ、使者が来て告げた。
「敵が決戦を求めて参りました!」
劉知遠は尋ねた。
「誰か、これを迎え撃つ者はおらぬか?」
すると帳前から、郭威が進み出て奏した。
「拙者が相手をしましょう!」
劉知遠は彼に兵二万を授けた。
郭威はただちに甲冑をまとい、鉄矛を手に馬にまたがり、軍を率いて陣前へ駆け出た。そこで目にしたのは敵の二将。以下は、その勇姿を詠んだ詩である。
対対紅旗間翠袍 争飛戦馬転山腰
(向かい合う紅旗の間に翠色の戦袍が翻り、戦馬たちは争うように山の腰を駆け巡る)
日烘旗幟青龍現 風擺旌幡朱雀遙
(太陽の光に旗が輝き青龍が現れ、風に揺れる旌旗の彼方には朱雀の姿がはるかに見える)
二隊精兵誇勇猛 両員強将逞英豪
(二隊の精鋭は勇猛を誇り、両陣営の猛将は英豪ぶりを存分に見せつける)
蕭龍左下方天戟 右手蕭鯨偃月刀
(蕭龍は左手に方天戟を構え、蕭鯨は右手に偃月刀を振るう)
蕭龍は一騎で先んじて叫んだ。
「名を名乗れ、何者だ!」
郭威は応えた。
「我こそ晋の元帥・劉知遠様の麾下、郭威だ!お前は何者だ」
蕭龍は言った。
「俺は鉄籠山の総兵大将軍の牙将、蕭龍だ!」
そう言うなり、たちまち方天戟を振るって斬りかかった。郭威はこれを受け、矛で応戦し、一閃で蕭龍を刺し倒した。
弟の蕭鯨が兄の仇を討たんと駆け寄ったが、郭威は一閃、鉄鐧を振るってその頭蓋を砕き、これも討ち取った。
敗兵は山へ逃げ戻り、孫飛虎のもとへ報告した。
「蕭兄弟は、郭威に討たれました!」
孫飛虎はこれを聞いて色を失い、言った。
「以後は関を出るな。関門を固く守るのだ!」
一方、劉知遠は、敵が関に籠もって出てこないことに歯がみし、思うように進まぬ戦局にもどかしさを募らせていた。
だが、郭威が進み出て言った。
「いまは無理攻めよりも、周囲を囲んで兵糧を断つべき時にございます」
そのころ、鎮州の安重榮は、劉知遠がすでに金井関を破ったと聞き、針のむしろの思いでいた。牙将の張孟徳は、これ以上の戦は不利だとして降伏を勧めた。
だが董琦が前に出て言った。
「拙者に策がございます。契丹王に寵臣の阿思恭という者がおります。彼を通じて取り次ぎを求め、金銀宝物を贈って契丹王に我らの窮状を訴えましょう。
もし晋と和議を結ぶよう取りなしてもらえれば、皇帝も兵を退けましょう。さらに契丹と新たに盟を結び、兵馬を借りて長安を攻めれば、晋朝の天下を奪うことも夢ではありませぬ」
安重榮はこの策を良しとし、さっそく張雄と李勇を契丹へ遣わして阿思恭に謁見させた。
阿思恭は金銀宝物を受け取ると、翌日ただちに契丹王に拝謁し、安重榮の窮状をことごとく奏した。
これを聞いた契丹王は、使者として喬榮を立て、詔書を晋朝へ送り、劉知遠の兵を速やかに撤収させよと求めた。
この報が届くと、皇帝・石敬瑭は群臣を集めて尋ねた。
「この詔書、どう取り計らうべきか?」
桑維翰が進み出て奏した。
「契丹王からの正式の詔にございますれば、陛下はこれをお受け入れになるのがよろしゅうございます」
これに対し、景延広は強く異を唱えた。
「それはなりませぬ。鎮州の叛乱に対し、我らは兵を起こし、その罪を正さんとしております。しかも近ごろは連戦連勝、まさに勝利目前の折。ここで軍を退けば、これまでの功は水泡と化し、さらに災いの種となりましょう。陛下には、まずこの詔書をお預かりになるにとどめ、軽々しく従うべきではございません」
しかし、尚書の李崧は景延広とは逆に、詔に従い軍を引くべきと主張した。
こうして議論が割れる中、晋王はいったん使命を立て、劉知遠のもとへ赴かせようとした。だがその前に、景延広は密かに人を走らせ、劉知遠へ兵を引くなと伝えさせた。
そのころ、劉知遠が軍中で諸将と策を練っていると、急報が届いた。
「朝廷より使命が到着しました。詔旨を携え、軍を召還せよとのことです」
はたして劉知遠はいかなる決断を下すのか。
この先どうなるか、続きは次回にて。
明代の学者・李卓吾は語る。
劉知遠の兵は破竹の勢いを示し、孫飛虎・安重榮の両名は、その名を風聞に聞くだけで身を縮めて首を垂れた。
行き詰まった末に契丹へ助けを求め、命長らえようとしたのは、武の面ではすでに敗れていた証にほかならない。
景延広がこれに背き詔を退けたのは、叛臣に対する毅然たる態度であり、もしこれを赦せば、巣を壊された雛のように、乱はまた起こるであろう。
