【残唐五代史演義伝】第八回 晋王、兵を起こして中原に入る
晋王は宴を開き、程敬思を厚くもてなした。
すでに十日あまりが過ぎたが、一向に兵を挙げる気配はなかった。
ある日の宴席、酒も半ばにさしかかった頃、程敬思は席を外し、晋王に進み出て言った。
「大王、いつになれば兵を動かされますか?」
晋王は答えた。
「今は寒さ厳しく、大地は凍てつき、草木も枯れている。
このような時に人馬を進めるのは困難だ。
春を待ち、陽気が和らぎ、草が青くなり、砂も温まってから出陣するのがよいだろう」
程敬思は慌てて進言した。
「救援は一刻を争います!
中原の民は大王の出陣を、旱魃のときの雨のように心待ちにしております。
一刻の遅れが万民の苦しみを増すばかり。
どうかご熟慮を!」
そのとき、晋王の背後から、一人の女性が高らかに声を上げた。
「なんと情けない!
僖宗陛下は今、まさに危機のただ中にあるというのに!
私が男だったなら、即刻軍を率いて賊を討ち、中原の民の期待に応えてみせるものを!」
程敬思は声の主に目を向けた。
そこに立っていた女性は──
貂裘《ちょうきゅう》に翠の帽子、まるで塞外へ赴く王昭君のよう。
頬は杏のごとく、唇は桃のように紅く、古の美女・賈才人を思わせる。
その朱唇がわずかにほころべば、まるで熟れた桜桃が微笑むよう。
白く整った歯がちらりと覗けば、それは砕けた玉のごとき輝き。
腰には湘の裙《くん》を締め、歩む姿は呉宮の西施を思わせた。
歩く姿は軽やかで、まるで蓬莱の仙女のようだった。
この女性こそ、晋王の正妃、劉媳である。
彼女は双剣を自在に操り、軍中でも勇敢無比、誰も敵わぬ女傑であった。
晋王は不機嫌そうに言った。
「お前は婦人の身。なぜ軍のことに口を挟むのだ?
分をわきまえよ!」
劉媳は怯まず言い返した。
「大王は大唐から厚恩を受けております。
ならば、一刻も早くその恩に報いるべきではありませんか?
来春まで待つなど、何事でしょう!
今、関外の各鎮の英雄たち、諸侯たちが続々と集結しているとか。
もしその中の誰かが黄巣を討ち取ってしまったら──
大王はどんな顔で朝廷に出向くおつもりですか?」
晋王はしばし黙考し、やがて大きく頷いた。
「……お前の言う通りだ!
よし、ただちに軍を動かそう!」
こうして号令が下り、李嗣源は兵糧を整え、炒めた麦粉を用意させた。
二つの軍営にいた沙陀の兵士たち、総勢四十万を動員し、翌日の辰の刻、太鼓の音とともに軍勢は金蓮川を出発し、平原を目指して進んだ。
その様子は、旌旗《せいき》が空を覆い、剣戟《けんげき》が銀のごとく輝き、 人も馬も躍動し、その威容はまさに壮観だった。
しばらく進むと、前方の斥候が馬を駆けて戻り、報告した。
「すでに黒河に到達しました!」
程敬思は密かに考えた。
(晋王様は、北地の繁栄に満足している様子。
中原への進軍に、まだ迷いがある……。
よし、この黒河にまつわる故事を語ってみよう)
そこで、程敬思は言った。
「大王、この黒河の故事をご存じですか?」
晋王は答えた。
「俺はただの武人だ。そんな話を知るはずもない」
程敬思は微笑み、語り始めた。
「この話はすでに史書にも記されております。
昔、漢の元帝に仕えた妃、王昭君という方がおりました。
その美しさはこの世のものとは思えぬほどでしたが、
奸臣毛延寿が彼女の肖像を偽って描いたため、
彼女は北方の匈奴の単于に嫁がされることとなったのです。
王昭君は匈奴へ向かう途中、この黒河に差し掛かりました。
しかし異国へ渡ることを拒み、この河に身を投げたと伝えられています」
晋王が耳を傾ける中、程敬思はしみじみと語り、
一篇の詞『木蘭花』を詠じた。
望昭君漸遠流粉涙濕征鞍
(王昭君の姿は遠ざかり、白粉の涙が頬を伝い、旅の鞍までも濡らした)
塞雁南飛行人北渡無限関山
(雁は南へ飛び、人は北へと向かう。その間にはいくつもの関山が連なる)
煙花頓成消索問琵琶今後與誰彈
(都の華やぎはあっという間に消え去り、琵琶は誰のために奏でるべきかも分からない)
惟有清風明月教人怨恨長安
(ただ、清らかな風と冴えた月が残り、人々の恨みは長安に積もるばかり)
梨花不奈風寒葉落粉香散
(梨の花は寒風に散り、香りさえも失われた)
問長安彩鸞人去也想神仙何日到人間
(長安に問う。あの彩りの鳳車に乗った人はもうこの世にいない。神仙よ、いつ人間界に降りてくるのか)
試問他愁知多少投黒河流水潺潺
(彼女の悲しみはいかばかりだったか。黒河に身を投じたとき、流水はただ静かに潺潺と響いていた)
さらに詩を一首加えた。
黒河流水響潺潺不断陰雲蔽玉関
(黒河の水は絶え間なく流れ、潺潺と音を立てる。暗雲がたれこめ、玉門関は隠れて見えない)
紅粉無顏從北虜琵琶死後向誰彈
(美しい姿は異民族に従わされ、その後の琵琶は誰のために奏でればよいのか)
晋王は深くため息をつき、感慨深げに言った。
「世の中には、このような烈女がいたのか……。
彼女がこの地で命を落としたとは、なんとも惜しい!」
程敬思はすかさず言葉を続けた。
「たった一人の女子ですら、中原の繁華を惜しみ、この地に留まることを拒んだのです。
ましてや、大王が目指すべきは、大唐の天下ではありませんか?」
晋王は大きく頷いた。
「……汝の言う通りだ!」
さらに数里進むと、目の前にそびえ立つ一つの高台が見えた。
その威容はまるで天に届かんばかりだった。
晋王は尋ねた。
「ここは何という場所だ?」
程敬思は答えた。
「ここは、かの『李陵台』です」
晋王はさらに問いかけた。
「なぜ、ここにあるのだ?」
程敬思は説明した。
「昔、漢の元帝が李陵を直北へ派遣し、蘇武を救出しようとしました。
しかし、李陵はこの地で自刎し、後世の人々がその忠義を称えてこの台を築いたのです」
これを証す詩がある。
曠野雲低恨満懷 長安西望李陵台
(広々とした野に雲が低くたれこみ、胸には恨みが満ちてくる。長安の西を望めば李陵台が見える)
関河万里秋風起 黄葉一天鴻雁來
(果てしない関河に秋風が吹き、空いっぱいに黄色い葉が舞い、雁が飛んでくる)
持節還郷悲壯士 屈身降虜歎庸才
(節を帯びて故郷に帰る壮士には深い悲しみがあり、 異国に身を屈した者には才なき者の歎きがある)
賢愚千載春秋筆 懶上雲楼酌酒杯
(賢者も愚者も、いずれ『春秋』の筆に記される。雲楼に登り、酒を酌むことすら億劫に感じる)
晋王は感慨深げに言った。
「汝は直北に来たことがないはずだ。なのになぜ、この地の故事を知っているのか?」
程敬思は微笑しながら答えた。
「私は『通鑑』を熟読しております。
そこに記されたことを知らぬはずがございません」
晋王はため息をつき、静かに言った。
「私はただ兵法を誇りとしてきたが、忠臣や烈女の事跡についてはまったく知らなかった……」
程敬思はさらに続けた。
「これらは皆、先朝の遺跡にすぎません。記録に残されたに過ぎず、誇るべきことではありません。
ですが、この先にある『蘇武廟』こそ、真の忠臣を祀る場所です!」
晋王は驚き、尋ねた。
「それは、どういうことだ?」
程敬思は説明した。
「蘇武もまた、漢の武人です。
元帝は彼を直北へ派遣し、郷土への貢納を催促させました。
しかし、蘇武は単于に捕らえられ、降伏を迫られても決して屈しませんでした。
そこで単于は、彼を北海へ追放し、こう告げたのです。
『牡の山羊が子を産んだ時、お前を帰してやろう』
蘇武はこの言葉を受け、漢の節を守りながら羊を牧し、
氷雪を食み、毛織物を噛み、十九年もの歳月を耐え忍びました。
その忠節を讃え、夷人たちは廟を建て、彼を祀ったのです」
これもまた、詩に詠まれている。
漠漠平沙際北天 忠臣困此実堪憐
(果てしなく広がる砂の原が、北の空と地平線で溶け合い、その極地に囚われた忠臣の姿はまことに哀れでならない)
餐氈齧雪終帰漢 持節曾經十九年
(毛氈を食い、雪を噛んで飢えをしのぎ、それでもなお節を守り抜き、十九年を経てついに漢へ帰還した)
明代の学者・李卓吾はこう語る。
李克用は兵を挙げて賊を討ち、国のために殉じようとする志を抱いていた。
その妻・劉妃が出陣を促し、救援を訴えたのも、まさしく女傑といえるだろう。
