「PFASを使う側」が、「やめる技術」で世界初へ——半導体材料の実力者・富士フイルム
「富士フイルム」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、写真やカメラではないでしょうか。
けれど、いまの富士フイルムを支えているのは、写真だけではありません。
ヘルスケア、医薬品、そして半導体をはじめとする高機能材料。写真フィルムで培ってきた化学や精密加工の技術を、まったく違う分野へ展開しながら成長してきた企業です。
今回の企業シリーズで注目したいのは、その富士フイルムが進める「脱PFAS」です。
なぜなら同社は、半導体材料というPFASが重要な機能を担ってきた分野のメーカーでありながら、いま、そのPFASを「使わない材料」の開発を進めているからです。

そして2026年4月には、さらにその先へ。
PFASだけではなく、フッ素を含む原材料そのものを使わないネガ型ArF液浸レジストを世界で初めて開発しました。
「PFASを使う産業」の中から、「PFASに頼らない技術」が生まれ始めています。
今回は、その意味を見ていきます。
「写真の会社」が、半導体の材料メーカーへ
富士フイルムは1934年、「富士写真フイルム」として創業しました。
大きな転機となったのが、2000年代に急速に進んだ写真のデジタル化です。
写真フィルム市場が縮小するなか、同社はフィルム事業で蓄積してきた技術を、医療、医薬品、化粧品、高機能材料などへ展開していきました。
その代表的な成長分野のひとつが、半導体材料です。
富士フイルムは現在、
・回路形成に使われるフォトレジスト
・半導体表面を平坦化するCMPスラリー
・CMP後の洗浄に使うポストCMPクリーナー
・ポリイミド
・高純度プロセスケミカル
など、半導体製造の幅広い工程に材料を供給しています。
半導体材料事業の売上は、2021年度から2024年度まで年率約20%で成長。
同社は2030年度までに、この事業の売上高を5,000億円規模、2024年度比で約2倍に拡大する目標を掲げています。
つまり半導体材料は、富士フイルムにとって「写真に代わる新しい柱」のひとつになっているのです。
ところが、半導体にはPFASが欠かせなかった
ここで、PFASの問題につながります。
以前の記事「半導体業界とPFAS」でも紹介したように、半導体製造では、PFASを含むフッ素系材料がさまざまな工程で利用されてきました。
そのひとつが、回路パターンを形成するためのフォトレジストです。
特に先端半導体で使われる「ArF液浸露光」では、非常に微細な回路を正確に形成する必要があります。
従来のArF液浸レジストでは、
「酸を効率よく反応させる」
「ウエハー上に水が残ることで起きる欠陥を抑える」
といった目的で、PFASが使われてきました。
なかでも重要なのが、レジスト表面の撥水性です。
水を使うArF液浸露光では、この性能が製造品質に関わります。
だからこそ、
「PFASをなくせばいい」では済まない。
PFASを取り除きながら、これまでPFASが担っていた機能まで別の材料で実現しなければならない。
ここに、半導体分野の脱PFASの難しさがあります。
まず「PFASフリー」へ。そして、さらに「フッ素フリー」へ

富士フイルムは、この課題に段階的に取り組んできました。
2024年4月には、PFASを含まないナノインプリント用レジストを発売。
さらに2025年7月には、PFASフリーのネガ型ArF液浸レジストを開発しました。
そして2026年4月23日。
もう一段踏み込んだ技術を発表します。
それが、
世界初の「フッ素フリー・ネガ型ArF液浸レジスト」
です。
ここで大切なのが、
「PFASフリー」と「フッ素フリー」は同じではない
という点です。
PFASフリーは、PFASに該当する物質を使用しないこと。
今回のフッ素フリーはさらに踏み込み、フッ素を含む原材料そのものを使用していません。
富士フイルムによれば、フッ素を含まない原材料だけで構成しながら、独自の機能性分子を使うことで必要な撥水性を確保。
さらに、従来のフッ素系材料を使った製品と同等のレベルで、微細な回路パターンを形成できることを確認したとしています。
PFASを別のフッ素系材料へ置き換えるのではなく、
「フッ素そのものに頼らず、必要な機能をつくる」。
ここが、この技術の大きなポイントです。
写真フィルムで磨いた「分子設計」が、脱PFASにつながった
そして興味深いのが、この技術を支えたものです。
富士フイルムが活用したのは、長年培ってきた機能性分子の設計技術でした。
写真フィルムは、光に反応する物質を精密に制御しなければ、美しい画像をつくることができません。
どんな分子をつくるのか。
どこに、どのような機能を持たせるのか。
富士フイルムは、写真フィルムの開発を通じて、こうした分子レベルの材料設計を長年積み重ねてきました。
その技術が、
「フッ素を使わずに撥水性を持たせる」
という、半導体時代の新しい課題に生かされたのです。
かつて写真をつくるために磨いた技術が、時代を越えて、最先端半導体の環境課題を解く技術につながっている。
富士フイルムという企業の面白さは、ここにあるように思います。
一製品だけではない。PFASフリー化は広がっている
さらに注目したいのは、今回のレジストだけの取り組みではないことです。
富士フイルムは、半導体材料のポリイミドや、イメージセンサー向けのカラーフィルター材料などでもPFASフリー化を進めています。
2026年5月には、PFASフリーのネガ型ArF液浸レジストが「第32回 半導体・オブ・ザ・イヤー2026」の半導体用電子材料部門で優秀賞を受賞しました。
そして同社は今後、半導体製造の前工程・後工程の双方で、製品からPFASをなくすための技術開発を進める方針を示しています。
ここまで見ると、単なる「環境対応製品を一つ開発した」という話ではありません。
半導体材料メーカーとして、PFASを使わない材料体系そのものへ移行しようとしている動きとして見ることができます。

「使う側」が変わらなければ、PFAS問題は動かない
PFAS問題というと、どうしても「汚染された水をどう浄化するか」という話に目が向きがちです。
もちろん、除去や分解技術は重要です。
しかし、その一方で考えなければならないのが、
「そもそも、使わなくて済むものは減らせないか」
という上流側の対策です。
PFASを使う。
環境へ出る。
回収する。
除去する。
分解する。
この流れの一番上にある「使う」という段階を変えることができれば、その後の環境負荷そのものを減らせる可能性があります。
だからこそ、富士フイルムの取り組みは興味深いのです。
PFASを使ってきた産業の当事者だからこそ、
PFASが担っていた機能を理解し、その機能を別の技術で置き換える。
脱PFASに必要なのは、単なる「禁止」だけではなく、こうした技術なのかもしれません。

まとめ——PFAS時代を先取りする「変身企業」
富士フイルムをPFASという視点から見ると、少し違った企業像が見えてきます。
写真フィルムから医療・高機能材料へと事業領域を広げてきた企業。
いまでは、半導体材料を重要な成長分野に位置づける企業。
そして、PFASが使われてきた半導体材料を供給する側でありながら、自らPFASに頼らない材料を開発する企業です。
しかも、その原動力のひとつになったのが、かつての主力事業である写真フィルムで培った技術でした。
ただし、まだゴールではありません。

2026年4月に発表されたフッ素フリーのArF液浸レジストは、顧客へのサンプル提供が始まった段階です。
これから顧客企業で評価され、実際の量産工程で採用され、どこまで普及するのか。
そこは今後を見ていく必要があります。
それでも、
「PFASを規制されたから減らす」のではなく、
「PFASがなくても成立する材料を技術でつくる」。
この発想は、これからのPFAS対策を考えるうえで、とても重要だと思います。
「便利なフッ素」に頼ってきた産業が、その便利さを別の技術でつくり直せるのか。
富士フイルムの挑戦は、その問いに対するひとつの答えになり始めています。
もっと詳しく知りたい方へ
富士フイルムの半導体材料事業や、フッ素フリーレジストの取り組みは、公式サイトで紹介されています。"写真の会社"のもうひとつの顔を、ぜひのぞいてみてください。
▶ 富士フイルム 半導体材料事業 https://www.fujifilm.com/jp/ja/business/semiconductor-materials/overview
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※本記事は公開情報(富士フイルム ニュースリリース・公式サイト、各種報道等)にもとづく紹介記事です。数値は決算・報道等を参照しています。投資を推奨するものではありません。
