小説なんか読んでも無駄?
小説なんか読んでも無駄じゃない?
これはよく聞く意見だと思います。
なんで小説なんか読むの?と聞かれたら私は、
楽しいから!
以上です、最後までお読みいただきありがとうございました。(下に続きます)
一番の理由だけだとこうなってしまうのですが笑、そしてこれは、偽らざる本音なのですが、幼稚すぎるとツッコまれてしまうかもしれませんので(実際、私は精神年齢低めなのですが笑、自覚あります、はい)、ここからは、小説を読むことが重要な理由を書いていこうと思います。
◆ 小説はリアルでもある
小説なんて作り話でしょ?読んでも役に立たないでしょ?
こう言う意見をよく聞きますが、Non non non !
フィクションなのは細かい設定であって、描かれている出来事はリアルで起きていること多々ありなんです。
例えば、ウサギと亀の話、足が遅い亀を馬鹿にしていたウサギが、ゴール前で油断して寝ていたら亀に追い抜かれてしまったという、あの話。
「ウサギと亀」という設定はフィクションですが、「圧倒的に実力が上と思われていた側が油断して負けてしまう」ということは、リアルで何度も起きたことです。
今まで人間界でどれほど起きたことでしょうか?
そしてこれからも数えきれないほど起きると思います。
小説もこれと同じことで、設定はフィクションでも、描かれている出来事はリアルに起きていること、今まで何度も起きたこと、またはこれから起きることだったりするんです!
これを「役に立たない」と言うのは、「問題集なんかやっても数字はフィクションで、実際の試験とは違うんだから無駄だ」と言っているようなものです。
その問題集で解いたことの原理を理解していれば、細かい設定が変わっても、問題集で学んだことを応用して実際の試験も解けるのです。
小説も同じことです。
フィクションで学んだことが役に立つことは多々あります。
◆ 誰かの作り話なんて読んでて何が面白いの?
話の面白さとフィクション性に直接相関はありません。
むしろ、話を面白くするために、実話に脚色を加えてあることも珍しくありません。
あまり面白くない実話(失礼に聞こえてしまうかもしれませんが、実話は「起きたこと」であって、「人に面白いと思わせること」ではないので)も多々あり、面白いフィクションも多々あります。
漫画やアニメやRPGのゲームのストーリーを面白いと思ったことはありませんか?
漫画もアニメもRPGもフィクションが多いのにです。
そうです、「誰かの作り話なんて読んでて何が面白いの?」という意見は、そこに矛盾があるのです。
繰り返しますが、話の面白さとフィクション性に直接の関係はありません。
◆ 小説は嘘ではない
小説なんか嘘でしょ?という意見もよく聞きますが、小説=嘘ではありません。
実際に起きた事件や、著者の体験談を書いているケースも多々あります。
三島由紀夫の「豊饒の海」の四巻「天人五衰」だったかと思います。
「本多が子供の頃に学校から帰って、母親がホットケーキを作ってくれた。本多はあのホットケーキより美味しいものを大人になった今でも食べたことがない」というような描写があります。
あれは三島本人の体験談だそうです。本多の体験にしているだけで、つまり、このシーンに限れば、フィクションなのは細かい設定だけなのです。
また、リアルの世界では角が立たないように当たり障りのないことを言い、小説の中で自分の本当の気持ちをある登場人物に語らせているケースもあるかもしれません。
特にデリケートな話題で、社会的に少数派の意見を持っていると、リアルの世界では自分の発言として公言しにくいかもしれません。
そこで、登場人物の一人に自分の意見を語らせるのです。
この場合、小説の中で「嘘ではない、本当の気持ち」を書いていることになります。
時と場合によっては、リアルな会話以上に「本当のこと」が知れるのが小説だったりします。
◆ 人間の心理が学べる、他者の人生への敬意が育まれる
小説には色々な状況に置かれた色々な登場人物が出てきます。
そして、そんな登場人物の気持ちが書かれているので、いろんな人間の心理が学べるのです。
これも、かなり大きくて、私自身、小説のおかげで人間の心理が多少わかるようになってきてから、だいぶ楽になったことが多々あります。
碌でもない私が言うのもなんなのですが、どんな人にも今現在のその人の営みがあって、その人の人生があって、そのそれぞれの今の営みや今までの人生に対してのリスペクトと言いますか、他者への敬意のようなものが自分の中に育ってきたような実感があります。
文学作品が描く、人の切実さや実存への誠実さに触れてきたからなのかもしれません。
ただ、その反動でか、いわゆる「自己啓発」のようなものが苦手になってしまいました苦笑
私の勘違いかもしれませんし、あの業界の語り手の方にも、誠実で素敵な方は、たくさんいらっしゃると思いますが、他者の今までの営みや人生を、退屈な生き方とか、不幸な人とか、居場所を間違えてるとか、暗くなったとか、人間関係が浅いとか、与えていないとか、あまり貢献していないとか、自己啓発的観点からの裁きのようにラベルを貼ることに、強い違和感を覚えるようになってしまいました。
ああいった言説は、他者への敬意に著しく欠けるような気がしてしまうのですが、これは私がなにか思い違いをしているのでしょうか?(人のことを言えるような人間でないくせに、こんなことを思ってしまうのがリアルな私です笑)
そしてここで「人間の心理が学べる」につながるのですが、ああいう方達も「もしかしたら、誰よりも不確実性を恐れているのかもしれないな」と理解できるようになってきたのがあります。
「他者に、居場所を間違えているとか暗いとか人間関係が浅い」というのは、「自分が正しい側であることを確認することで、実存の揺れを固定化して安心しようとしている」という心理だったり、
「他者を、あの人は与える姿勢がないとかあまり貢献していない」というのは、「自分は与えている貢献していると確認することで、人生の本来的無意味さから自分の心を守ろうとしている」という心理だったり、
こういうことも文学をある程度読んできて、わかるようになってきました。
私自身ちっとも誠実に生きてこれなかったと思うので、「お前が言うか!」という感じかもしれませんが笑(恥ずかしながら、「誠実さ」ということについて考え始めてからまだ10年も経っておりません笑)
この辺りのことは、本当は書こうかどうか迷いましたが、小説を読んできて、自分の中に起きたリアルな変化なので、書かせていただきました。
勝手に人を分析すること自体も失礼かもしれませんし、特定の作品や個人・団体を否定する意図は一切ありません。
あくまで、「小説を読んできたことで私の内面に起きた変化」という文脈に限った話としてお読みいただければと思います。
それに、私が何か誤解をしているのかもしれませんよね笑
◆ 最後はやっぱり楽しいから!
また最初に戻りますが、なんといっても、面白い小説を読むことは最高に楽しいのです!
春は、自然が花開いた風景描写がきれいで爽快な読後感の本を、雨の日には、雨の曲を聴きながら雨のシーンが印象的な作品を、夏は、子供の頃の夏休みを思い出すような、または南の島が舞台の作品に没頭し、秋は、なぜかミステリーが読みたくなるので、秋が舞台のミステリーを、冬は、雪に閉ざされた洋館が舞台の話を!
こんな楽しいことはなかなかありません!
幼稚と思われるかもしれませんが笑、上記の他の理由が全部なくても、「楽しいから!」というだけで、私にとっては十分な理由です!
それでは最後に、読書に関する、私の一番好きな名言の一つをご紹介します。
小説を読むことを無駄などと言われて傷ついていたり、読書したら行動しなきゃダメだなどと言われて悲しんでいる方がいらっしゃったら、ぜひ以下の言葉を!
Lisez donc, mon fils; les sages qui ont écrit avant nous sont des voyageurs qui nous ont précédés dans les sentiers de l'infortune, qui nous tendent la main, et nous invitent à nous joindre à leur compagnie lorsque tout nous abandonne. Un bon livre est un bon ami.
著:Bernardin de Saint-Pierre
君、だから本を読みなさい。私たちの先人のペンを執った賢者たちは、辛い道を先に歩んだ旅人で、私たちに手を差し伸ばし、全てに見放されたような時でさえ、仲間に加われと招いてくれる。良い本は良い友だよ。
各記事のヘッダーは「みんなのフォトギャラリー」からお借りしています。制作者様へ、素敵な画像ありがとうございます!
