AIの時代だからこそ語学が重要な理由
「AIの時代なのに英語っているの?」
「もうAIがあるんだから英語なんて勉強しても無駄じゃない?」
「AI翻訳の方が速く正確だから語学の価値は下がるでしょ?」
こんな意見を耳にすることもあるかと思いますが、私は、むしろAIの時代だからこそ語学が重要だと思います!
そこで、私が思うAIの時代だからこそ語学が重要な理由を書いていきたいと思います。
その言語をその言語のまま楽しめる!
私は個人的にこれが一番大きいです!
もともと私は、シャーロック・ホームズなどの英語の小説を英語のまま楽しみたい!というのが英語を本格的に勉強するようになった動機で、もちろん翻訳で特に問題ない文章も多く、翻訳だからダメなんてことは全くありませんが、やはり原文でしか味わえない趣やニュアンスのようなものが時にはあることもまた事実です。
例えば「魔貫光殺砲!」を英語に訳しなさいとなると、かなり難しいのではないでしょうか?
ドラゴンボールのピッコロの必殺技の一つですが、「Demon penetrating lightning killing canon!」と直訳すると、英語の「demon」という言葉と、日本語の「魔族」という言葉に、ニュアンスの違いが出てきます。
言語は全ての単語が一対一で、equivalentに対応するわけではなく、翻訳は一番の近似値を提示しているものなので、どうしても限界があるのかもしれません。(逆にいうと、そんな制限の中で、素晴らしい翻訳作品に仕上げてしまう翻訳者の方には脱帽ですね!)
俳句なども同様で、他の言語に訳すと、そもそも五七五ではなくなってしまいます。
もう一つ有名な例を挙げると「ラスコーリニコフ」があります。
ドストエフスキーの「罪と罰」の登場人物ですが、ロシア語の「ラスコローチ(расколоть)」は「分裂させる」という意味だそうで、「引き裂かれマン」とか「自己矛盾男」のような響きがあるそうです。
これも原語を知らないとただのロシア人の名前にしか見えませんが、原語を知っているとより理解できる一例です。(ロシア語は、2026年3月現在、私もわからないのでこうしたニュアンスを掴むことができていません。ただ、次に学ぶならロシア語がいい!と思っているくらい興味がある言語です)
そして、どれだけAIで瞬間同時翻訳ができても、それは「自動外部出力」なので、本人の脳がその言語を理解しているわけではなく、脳に直接言語をインストールでもできない限り(これは現時点ではかなり大変とのことです。言語というのは脳全体の神経ネットワークが徐々に構築されていくことで身につけていくものだそうで、テクノロジーで一気にやろうとするのには多くの課題があるそうです)、自分で時間をかけて身につけることでしか、その言語をその言語のまま楽しむことは難しいようです。
もう一つの世界の捉え方を新しくインストールできる
これも大きいと思います。日本語には日本語の世界の捉え方が、英語には英語の世界の捉え方があり、それぞれ違うので、私も英語を学び始めてから世界の捉え方が、変わったというより増えました。
サピア=ウォーフの仮説とか言語相対論とか言われているそうですが、世界の捉え方は言語によって規定されている、言葉が違えば世界の捉え方も違う、というのは個人的には確実にあるような気がします。
虹の捉え方などが言語相対論の典型的な例として色々なところでよく引き合いに出されます。
「虹」の絵文字「🌈」
突然ですが、これ何色(なんしょく)だと思いますか?
すぐに答えてください。
こう言われると日本人の多くがおそらく「7色」と答えると思うのですが、実際に拡大してみてください。
そうです!
「6色」しかないのです。
現在の主要なPCやスマホでは6色に統一されているようで、文化によって虹は7色とも6色とも5色とも思われており非常に興味深いですね。
このように、言語が世界の捉え方を決めているところがあるので、別の言語を学ぶということは別の世界の捉え方を学ぶことにもなり、視野を広げてくれます。
答えはAIが与えてくれるけど、問いは人間が発するもの
これも大きいのではないでしょうか?
確かに今の時代、AIに聞けばほぼなんでも答えてくれますが、聞かないと答えてはもらえず、問いを立てられる力が必要になり、それは語学や読書によって(もちろんそれだけではないでしょうが)磨かれることも多いと思います。
AIの使い方によってAIから何を得られるかが大きく変わり、それはそのまま人生を変えるくらいのインパクトがあるかもしれず、普段、AIに何を聞いているかがとても大きな意味を持つ気がします。
そして、言語を学ぶことで、いろいろな問いを立てることができるようになるのではないでしょうか?
手間をかける喜び
AIでなんでもできてしまう時代だからこそ、時間をかけてわざわざ自分でやることに価値が出るというのもあると思います。
いまでも、車があるのにマラソンを走る、その辺に新鮮な野菜が売っているのに家庭菜園をする、写真があるのに絵を描く(今回お借りしたヘッダー画像のタイトルから気づきを得ました!たしかに絵が描けると世界中の人とコミュニケーションできます!)、メールがあるのに手紙を書く、などなど、手間をかける喜びはテクノロジーでスキップしてしまうと味わえなくなってしまいます。(もちろんAI生成画像も素敵な作品がたくさんあります!)
言語を身につけていくプロセスはとってもたのしいものですし、できるようになってくる喜びもまた格別で、例えば、ピアノも、自動演奏はしてくれるけど、自分でピアノを弾く喜びは、自分で練習して身につけないと得られないのではないでしょうか?(私はピアノは弾けませんので笑、想像の話です。でもおそらく当たっているのでは?と思います)AIが勝手に自分の指を動かしてくれたところでたぶん同じで、自分の脳で自分の指を動かし主体的に自律的に弾く喜びは、自分で練習しないと味わえないのではないでしょうか?
語学も一緒だと思います。
相手の言語への敬意
AIが翻訳してくれる時代だからこそ、相手の言語を学んで相手の言語で話そうとする姿勢は相手への敬意になるというのもあると思います。
やはり、完璧ではなかったとしても、相手がこちらの言葉で話そうとしてくれることは敬意を払ってもらっているような気がして嬉しいのではないでしょうか?
みんながAI自動同時翻訳を使うからこそ、それを使わずに、AIの完璧な言葉ではない自分の言葉でコミュニケーションを取ろうとする人は際立つかもしれません。
「翻訳が自分に合わない問題」を避けられる
これも文学好きにとって、大きいのではないでしょうか?
翻訳者の文体が自分にはしっくりこない時に、原語で楽しめない場合は、その翻訳で読むしかなくなります。
これはおそらくAIでも同じで、AIはデータから平均値や最適解を出力することが多く、その翻訳が自分に合わない時、自分に合うように変えてもらうと今度は原文から遠ざかってしまうという問題が起きる可能性は低くないような気がします。
でも原語で読めればこれらの悩みからも解放されます!
最後はやっぱり、単純に、語学って楽しい!
楽しいで始まり楽しいで終わる、私の幼稚さが露呈されているのかもしれませんが笑、やはり英語ができると、英語の小説を英語で読んで楽しめるようになり、英語の曲もより深く味わえるようになり、綺麗な発音で英語の歌を歌えるようになり(私は音痴ですが笑)、英語のドラマや映画をより楽しめるようになる(字幕はパッと見てわかってもらう必要があるため文字数に制限があり [1秒間に4文字だそうです] 、実際のセリフとはかなりちがうことも珍しくありません。逆にいうと、そんな制限の中であれほどまでに内容を伝えているのにはこれまた脱帽ですね!)、などなど楽しいことがいっぱいです!
ただ逆に言えば、言語を道具としてしか捉えていないし、道具としてしか使わない、そして多様な世界の捉え方や他者への敬意などは読書や実体験で培っている場合は、確かにAIで十分かもしれません。
自分にとっては言語は道具に過ぎないので、別に楽しみたいとか思わないのでAIで十分だ、だから自分には語学学習の必要はないという判断も十分に合理的です!
あなたはどう思いますか?
※ 私の主観に基づいた考察ですので、内容に完璧な正解を求めるものではないこと、ご了承ください。
※ トピックについてや文法や単語などなど、ネットで調べながら書いています。AI(主にブラウザ版GoogleのAIモードGemini)の助言も受けています。AIとの対話で得た気づきも含まれます。
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