黒い絵 その1
Kさんはかつて不動産関係の仕事に就いていた。
今は全然別の仕事に就いていて、
それは元々やりたかった仕事ではないそうだが、
それでも忙しく充実した日々を送っている。
不動産関係の会社に就職するのは、
かつて彼女の夢だった。
しかし結果としてこの話を聞いた数ヵ月後、
彼女は会社を後にすることとなる。
その話を聞いたのがきっかけで、
不動産関係から足を洗ったわけではない。
理想と現実のギャップに苦しんだ、
とKさんは言っている。
そのギャップ部分には少なからず、
今から書く話が絡んでいることだろう。
Kさんが働いていたエリアの、
不動産業者間では比較的有名な話らしい。
Kさんも、
「あくまでわたしが担当したお客様の話ではないです」
と前置きして話してくれた。
仮にWさんとしよう。
Wさん一家は仲介業社の手引きで、
ある一戸建て中古物件を手に入れた。
築年数はいっていたが、
リフォームされていて内装は問題なかった。
すぐ近くに幼稚園も小学校も中学校もあり、
大型スーパーにもショッピングモールにも近かった。
都心部から離れていたが通勤に困るというほどでもない。
四歳になる一人娘・T実ちゃんのことも考えて、
多少田舎なのは緑が多いということで、
子育てにもいい環境に違いないと前向きに捉えた。
それから数年間、何の問題もなかった。
異変はT実ちゃんが幼稚園に入った頃にはじまった。
「その娘さん、T実ちゃんが、
お遊戯中に突然とりつかれたように奇声を上げるらしいんです」
上げだすと手に負えない。
先生達も必至でなだめすかす。
が、泣き叫び、暴れまくる。
そしてなぜかクレヨンと画用紙を求める。
先生達も困った挙句、
クレヨンセットをT実ちゃんに渡す。
すると途端に泣き止むのだ。
困惑する先生達を尻目に、
T実ちゃんはクレヨンセットから黒を一本選ぶ。
そして画用紙を、黒で塗り潰す。
見ている人間だれもが呆気に取られた。
しかしT実ちゃんは目を輝かせて、
ひたすら画用紙に黒のクレヨンをすり込んでゆく。
これを一日繰り返す。
わけを聞いても何も話さない。
「幼稚園の先生も、こんな行動は見たことないって。
そりゃそうですよね。
だからWさん夫婦に心療内科を紹介したって」
しかもヒステリックに暴れた時に、
止めようとした男の子に怪我をさせたという。
そのこともあって、
しばらく幼稚園を休ませることにした。
「でもT実ちゃんは家にいても落ち着きがなかったらしくて。
幼稚園の時と同じように、
画用紙とクレヨンを持たせると落ち着くんですって」
T実ちゃんはひたすら黒クレヨンで画用紙を塗り潰した。
毎日毎日、画用紙が無くなると、
同じサイズのチラシにでも何にでも黒を塗った。
<つづく>
