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ずぶ濡れおじさん その2

声をかけるべきかどうか迷った。

ほんの2、3メートルくらいまで近づいた時、
それまで真正面を見据えていたおじさんは急に僕のほうにくるっと顔を向けた。

「にいちゃん」

唐突に声をかけてきた。
表情とは裏腹に、快活な声だった。

「……はい」

「迷ったんか?」

「……はあ。あの、すいません国道へは」

「この先の道はな」

僕の言葉を無視して、おじさんは自分が歩いてきた方を指差した。

「行かんほうがええ。危険や」

おじさんのTシャツには、ところどころ白い染みがあった。

「……危険……ですか?」

「危険や。にいちゃんみたいのには、特にな」


おじさんのTシャツからは、ぽたり、ぽたりと雫が落ち、
アスファルトを濡らしていた。

血、に見えた。

えんじ色のTシャツに白い染みがあるのではなく、
白いTシャツ全体が赤に染まっていたのだ。
ジーンズもじゅくじゅくに濡れており、
やはり血のように見える雫をサンダルに落としていた。

おじさんが歩いてきた道には、等間隔で血の足跡がついていた。


僕が何も言えずに固まっていると、

「そっちには行かんほうがええ」

と言って、また右足を引きずりながらびちゃ、びちゃ、と歩きはじめた。
Tシャツとジーンズからは雫を落とし続けていた。
曲がり角を左に折れ、おじさんの姿は見えなくなった。

『そっちは行かんほうがええ』

と言われたからといって、おじさんの後ろをついて行く気にもなれない。
僕は赤い足跡を踏まないように、おじさんが来た道を進むことにした。
なんてことはなかった。
すぐに車の往来の激しい国道に出た。排気ガスの匂いが、なんだか懐かしく思えた。僕の住むマンションからは、目と鼻の距離だった。


その日の夜に激しい雨が降ったせいか、翌日に現地を訪れたら血の足跡はきれいさっぱり消えていた。

わけがわからなかった。
あのおじさん、一体何だったのだろう?


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